150 ウェイケル
俺が頭をからっぽにして湯船に浸かっていると、ニコラも湯船に入ってきた。
『BDでは消えます』は使っていない。何度も言うが、どうでもいいことではある。しかしあれはピカピカとやたら目立つので、無いなら無いで気になるのだ。
『「BDでは消えます」は使わないの?』
俺が尋ねると、ニコラはわざとらしくしなを作りながら胸と股間を隠した。
『「複製人形」を使ったので魔力切れです。他にも仕切りに穴を開けるのに大分使いましたしね。今なら乳首券が発行されますが、どうしますか?』
『別にいらないから……。「複製人形」ってのはさっきのダミーのことか。ずいぶん魔力をたくさん使うんだね』
『お兄ちゃんの魔力の量からすれば微々たるもんですよ。私は繊細なのです』
『それなら鍛えればいいのに……』
『私が努力して自立出来るようになれば、お兄ちゃんに寄生出来なくなるじゃないですか』
『そうなのですか』
その辺は今更言っても仕方ないのでスルーするに限る。
そうしてしばらく何も語ることなく湯船でゆっくりしていると、空間感知に魔物らしき物体を感知した。
「マルクー、やっちゃうわね~」
隣の風呂からセリーヌの声が聞こえると、その直後にファイアアローが仕切りを越え塀を越え、夜空を割るように炎の残像を残しながら真っ直ぐ飛び去っていく。
数秒後、空間感知から魔物の反応が消滅した。魔物を見なくとも一発で命中させたらしい。本当にすごい。
「どう? 大丈夫だったでしょ?」
「うん、すごいなー。セリーヌは」
「私だってたまにはいいところを見せないとね~」
仕切りの向こうからセリーヌが笑いを帯びた声で答える。たまにどころかいつもいいところしか見てないと俺は思うんだけどね。
俺を持ち上げてくれてるのは分かるんだけど、魔力の量にはそれなりに自信はあっても、セリーヌの技術にもニコラの技術にも全く届かない。
筋トレばかりして実技を磨かないスポーツ選手みたいなもんだ。なんとか技術も磨いていきたいところだけど、どうすればいいんだろう。
そんなことを考えながらダラダラと湯船に浸かっていたら、女湯のデリカがそろそろ風呂から上がると言い出した。どうやらあまり長風呂はしないタイプらしい。結局そのタイミングで全員が風呂から上がることになった。
――――――
しばらく土魔法の椅子に座って体を冷まし、後片付けをして宿へと戻った。
宿の扉を開けると丁度酒場がピークの時間帯。しかも待望の冒険者がやってきたということで、それを見物がてら飲みに来た鉱夫もやってきて、昨日以上に繁盛しているようだった。
ちなみに何故冒険者の見物にこの酒場を訪れるかと言えば、単純な話でラックたちのパーティもこの宿を利用しているためである。
俺たちにこの宿を紹介したのはリザだし、そりゃそうなるよね。風呂に入る前に部屋の外でラックにばったりと会って、その事実が判明した。
俺たちが宿の中を歩いていると、酒場の中心のテーブルに座っている冒険者らしい革鎧を着た若い男がこちらに声をかけてきた。
「おっ、セリーヌサンじゃないか」
「あら、ファティアのギルドで見た顔ね。誰だったかしら」
「おいおい~、C級入り目前と言われている青豹団の団長のウェイケルを忘れたってのかい? はは、冗談キツいぜー」
ウェイケルとやらが肩を竦めると、テーブルを囲んでいるパーティメンバーがドッと笑った。楽しそうでなによりだね。セリーヌがそれをスルーして問いかける。
「あんたたちが明日の巣穴討伐に行くのよね?」
「ああ、そうだよ。本当なら俺たち五人だけでもよかったんだけど、リザサンが五人じゃ認められないっていうんで、近くにいたラックに声をかけて、それでラックが弟を連れてきて……それでようやく許可が出たんだよ。確かにこっちじゃ殆ど仕事してねえけど、信用して欲しいもんだぜ」
「そういえばラックたちは?」
「ああ、明日に備えて装備の手入れをしたらそのまま寝るそうだ。もっと余裕を持って欲しいところなんだけどな」
「そう、明日はがんばってね。それじゃ」
セリーヌは聞くべきことは聞いたとばかりに踵を返すと、慌ててウェイケルが呼び止める。
「ちょっ、待ってよ! そこの子供たちは帰らせてさ、セリーヌサンも飲んでいかない?」
「ウェーイ、いいこと言うじゃん」「そうだよ、飲んでいきなよ。な、ウェーイ!」「ウェーイ! 今夜は閉店まで騒ごうぜ!」
ウェイケルが誘うや否や返事を待たずにパーティメンバーが椅子を動かし、あっと言う間にセリーヌの席が作られた。ウェーイはウェイケルのあだ名だろうか。会話の中に組み込まれると不思議とイラっとするね。
セリーヌまで同じように思った訳では無いんだろうが、
「私たちももう寝るのよ。それじゃあね」
手をひらひらと振りながら、さっさと階段を上がってしまった。デリカとニコラもそれに続く。
ウェイケルたちは一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直してウェイウェイと騒ぎ始めた。変に絡んだりはしないらしい。これは本能的に長寿タイプ。
というか、これからここで晩飯を食べる予定だったんだけどな。セリーヌは酒も楽しみにしてただろうに、よっぽど一緒に居たくなかったのだろう。
仕方がないので、給仕で酒場を駆け回っていたネイを呼んだ。すぐに空のジョッキをトレイに乗せたネイがやってくる。
「ん? どした?」
「なるべく小さい酒樽1個売ってくれる? 部屋でセリーヌが飲むから」
「あいよ。ちょっと待ってくれよなー」
――――――
ネイから小ぶりな酒樽を購入して、アイテムボックスに入れずにそれを抱えながら部屋へと向かった。風呂でセリーヌの実力を見た後だからだろうか、せめて少しでも体を鍛えたくなったのだ。
「はい、酒樽を買ってきたよ」
俺が扉を開けながら酒樽を見せると、セリーヌはパァァと顔を輝かせる。
「あら~、気が利くわねえ。やっぱりマルク大好きよ~」
セリーヌは近づいたと思うと酒樽ごと俺を抱きしめた。風呂上がりの体は普段よりも温かく、それが一層セリーヌの肌を柔らかくしているような気がした。とても離れがたい感触だったが、酒樽を押し付けるようにしてセリーヌから逃れる。
「はい、酒樽持ってね。それより、あの人たちって……」
「ああ、前にマルクがやっつけた賞金首あるじゃない? あの時に賞金首目当てでファティアの町にやってきて、そのまま根付いた連中ね。だからあまり知らないけど…… まあ素行は冒険者にしちゃ普通だけど、実力はどうだかね……。正直不安だわ~」
酒樽を自分の椅子の横へと置きながらセリーヌが息を吐いた。
「まだラックがリーダーならマシだと思うんだけど、どうやら補充メンバーみたいな扱いのようだしね。こりゃ明日は荒れるわねえ」
他人事のようにセリーヌが言った。そしてよくよく考えてみれば他人事なことを思い出した。
せめてラックやジャックに怪我が無ければいいんだけど……。俺はテーブルに晩飯の準備をしながらセリーヌと同じように息を吐いた。
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