144 ビヤン商店
「座ったままですまない。今日は少し傷が痛むものでね」
温和な顔つきの中年男性は、申し訳無さそうに頭を下げた。
「ええ、構わないわ。それじゃさっそくだけど、ファティアの町のオカールさんから手紙を預かってるの。サドラ鉱山集落の行商人、ビヤンさんで間違いないかしら?」
「ああ、私がそのビヤンで間違いないだろう。なにか身分を証明する物を持ってきたほうがいいかな?」
「んー……。ネイちゃんを信用するわ。はい、これが手紙」
セリーヌはあっさりとビヤンに手紙を渡すと、ビヤンがさっそく封を切り中身を改めた。俺の隣ではネイが腰に手をあてて何度も強く頷いている。信用されたのが嬉しいらしい。
しばらくするとビヤンは手紙を折りたたみ、苦笑いをしながら懐に収めた。
「やれやれ、『無事なら連絡くらい入れろ。それとガラス製品が不足してるから早く持ってきてくれ』だそうだ。全くお優しいことで涙が出るよ。……とは言っても、鉱山はもうすぐ何とかなるんだろうが、馬車に乗ると足に響きそうだし、行商に出向くのはもう少し治ってからにさせてもらうがね。オカールにもそう伝えておいてくれるかい?」
添え木を包帯で巻いた足を見つめながらビヤンが息を吐いた。
「おじさん、足はまだ治らないの?」
「ああ、鉱山から迷い出てきたストーンリザードに襲われた時に、足を噛まれて骨がポッキリと折られてしまったんだ。食いちぎるほどの力が無かったことは不幸中の幸いだったんだがね。今は治療院で回復魔法をかけてもらってはいるんだけど、もうしばらくはかかるらしい」
ビヤンは添え木を包帯で巻いた足を、俺の方に突き出して見せてくれた。
治療院か。お金を払って回復魔法で怪我を治してもらえる施設だ。術者の腕も値段も施設によってピンキリらしいんだけど、二ヶ月かかってまだ骨折が治ってないなら、それって回復魔法効いてるの? と思わなくもない。しかし魔物に噛まれたのなら、普通に事故で骨折するよりも酷い状態だったのかもしれないのか。
うーむ。骨折の治療かあ……。捻挫や火傷、腰痛に切り傷なんかは治したことがあるけれど、骨折はまだ回復魔法を試したことがない。……ちょっと試してみたいな。きっと今より悪くはならないだろうし、お願いしてみようかな。
「おじさん、僕少しだけ回復魔法が使えるんだけど、よかったら使わせてもらってもいいかな?」
「はは、坊やの歳で回復魔法? いいとも、やってごらん。……懐かしいな。私も坊やくらいの歳の頃には、そうやってよく魔法使いごっこをやったもんだよなあ」
遠い目で昔を懐かしむビヤンをスルーしつつ、許可が出たのでさっそく使ってみる。
昨日はネイの切り傷の深さに焦って直接触れて治したけど、やっぱり治療で直接傷に触れるのは、相手も痛いし自分にも血がついたりするので良くない。これからはなるべく直接触れないように気を付けながらやってみよう。
こういうのも実際やってみて気付くことだよなあ。人間なんでも体験してみることが大事だね。
俺は光属性のマナを練り込むと、ビヤンの折れた足から数センチ離れたところからマナを放つ。とにかく俺の回復魔法で一番大事なのは、光属性のマナを大量に傷に注ぎ込むことだ。
ニコラ曰く繊細なコントロールが出来れば少ないマナの消費で効果的な治療が出来るようになるらしいが、俺にそこまでの技量はない。そもそもその辺はどうやって練習すればいいんだろうね。マナを注ぎ込むのはポーション作りで数え切れないほど繰り返しているので、手慣れてはきているんだけど。
――っと、集中集中。
俺の手とビヤンの折れた足の間が光属性のマナの影響で輝く。この輝きをもっと、ビヤンの負傷した箇所に持って行くように……。
「……え? 本物?」
ビヤンが変な声を上げる。そうだと思っていたけど、やっぱり信じてなかったんだなあ。まぁ期待させて駄目だったら相手に悪いので、信じていないくらいの方がこっちも気が楽なんだけどね。
しばらくマナを放出した後、なんとなくの手応えを得たのでマナの放出を止めると、ビヤンの足が纏っていた光がふっと消えた。
「おじさん、どうかな?」
ビヤンは唾を飲み込むと、ゆっくりと椅子から片足で立ち上がり、更にゆっくりと折れた方の足を地面にそっと乗せた。そして少しづつ体重を加えていく。
「……痛くない。た、立てたぞ」
目を丸くしながらビヤンが呟いた。
それを見たニコラがワーイと歓声を上げると、ビヤンの周りをぐるぐると駆け回りながら喜びを露わにした。
「立った! 立った! おじちゃんが立ったー!」
お前、それが言いたいだけだよね。俺はため息をつきながらニコラを見つめた。




