143 集落の朝
「見学?」
翌朝、全員が起床し朝食を食べに行く前に、さっそくセリーヌにストーンリザードの巣の討伐の見学を切り出してみた。
「うん、駄目かな?」
「もちろんいいわよ~。なんなら冒険者に掛け合って、討伐に参加してみる?」
「うへ、そこまではいいよ」
「ふーん、相変わらず慎重ねえ。あんたくらい私が余裕で守ってあげるのに」
そう言ってくれるのは嬉しいけどね。何も知らない俺が足を引っ張るのは目に見えてるだろうし、なにより八歳の子供がC級冒険者のコネでいきなり参加して、冒険者の皆さんがいい気分で仕事をやれるわけないしな。
「……ま、気が変わったらいつでも言いなさいね」
「うん。いつもありがとうセリーヌ」
「いいってことよん」
セリーヌはにっこり微笑むと、俺の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「セリーヌお姉ちゃん、ニコラにもやってー」
「はいはい~。かわいいかわいい」
ニコラのおねだりに応じてセリーヌがニコラの頭を撫で回し、ニコラは流れるように腰に抱きついてセリーヌをクンカクンカしている。そんな様子をデリカが一歩引いた場所から眺めていたんだが、セリーヌが一声。
「……デリカちゃんもやっとく?」
「わ、私はいいから!」
「んふふ、そう? 遠慮しなくてもいいんだけどね~」
顔を赤らめたデリカはブンブンと首を振った。少し羨ましそうな表情をしていたのにね。
――――――
「よう、おはよう!」
宿の一階に降りて朝食を食べているとネイがやってきた。俺たちが挨拶を返すと空いてる座席にドカっと座り、地面に着かない足をブラブラさせる。
「それじゃ、メシを食ったら案内しても大丈夫か?」
「ええ、おねがいするわん。……あっ、ネイちゃんは朝食は食べた? まだならおごるから一緒にどう?」
「おっ、それじゃあ遠慮なくもらおうかな。おばちゃーん! あたしにもここと同じヤツおくれ!」
ちなみに今朝は無難に白パンと目玉焼き、ソーセージといったメニューだ。厨房から顔を出した女将さんが声を上げる。
「あいよ! 出来上がるまでしばらくかかるから、その間こっちを手伝っとくれよ!」
「ったく、しゃーねーな。ちょっと行ってくるわ!」
席を温める暇もなくネイがすっ飛んで行った。朝から元気だね。
――――――
一緒に朝食を食べた後、ネイが店の手伝いを終えるまでしばらく待つことになった。
手伝いが長引いた原因は、宿の旦那さんが昨日の山賊の件で衛兵が詰めている近くの小さな町まで通報に出向き、人手が足りなかった為だ。元々は自分たちが女将さんに通報をお願いしたせいだと言えるので、逆に少し申し訳ない気分でネイの手伝いが終わるのを待っていた。
そしてネイの手伝いが終わり、宿を出てビヤンの店へと向かった。
集落の大通りをネイを先頭に俺たちがぞろぞろと付いて歩く。子どもたちが集まってどこかに遊びに出かけるように見えなくもないが、セリーヌもいるので何だか奇妙な光景になっていた。
そうしてぞろぞろと歩きながら集落の様子を眺めていると、露店が立ち並ぶ一角を見かけた。どうやらガラス製のコップや小物を売ってるようだ。
しかし鉱山が閉まっている影響だろうか、住民の財布の紐は堅いようで、あまり繁盛しているとは言えない。
だが値札を見ると、とても町ではこの値段で買えないような安い値札が付いている。ビヤンも行商ではこの手の商品を扱っているのだろうか。この値段ならこのまま露店で買って、よそで転売しても十分な儲けになりそうだ。
「ビヤンさんって、ガラス製品の行商でファティアの町に来ていたのかな」
俺が尋ねるとネイが振り向きながら答える。
「ああ、そうだよ。他にはあたしの家は鉱山から採れる鉱石でちょっとした金物を作ってるんだけど、それもビヤンに卸したりしてるんだ。結構町じゃ売れてるみたいだぜ」
「ガラスが特産って言ってたけど、ネイの家はガラス職人じゃないんだね」
「ああ、この集落にはガラス職人はたくさんいるし、それにドワーフって言ったらやっぱり鍛冶だろ!」
ネイはそう言って胸を張る。こっちの世界でもドワーフって鍛冶のイメージなんだなあ。そのわりにネイは家業ではなく酒場の手伝いをしているのは、何か理由があるのかな。
「っと、着いたぜ。ここがビヤンの家。ちなみに隣があたしん家だ」
ネイが指差した先には地味でこじんまりとした商店が鎮座していた。隣にあるネイの家はいかにも工房といった飾りっ気のない無骨な様相で、店先にはツルハシや大型のハンマーなんかが置かれている。なるほど、武器とか防具とかじゃなくて、鉱山で使うような道具を中心に作ってるんだな。
「おーい! 昨日言ってたファティアの町の使いを連れてきたぞー」
俺が目的地そっちのけでネイの家を見ていると、ネイがビヤンの家に向かって声を上げた。
「おお、いらっしゃい。入っておくれ」
店の中から聞こえた温厚そうな声に従い店内に入る。店の中は様々な雑貨で溢れんばかりだった。
特に商品棚に隙間なく詰め込まれている、ガラス製の様々な形のグラスやジョッキが目を引いた。仮に地震でも起きようものなら被害は甚大だな。
そんな店内の中央では、杖を片手に持つ中年男性が椅子に座りながら俺たちを出迎えてくれていた。




