129 初めての野宿
グラスウルフの襲撃を退けた後、他の魔物からの襲撃を警戒したものの何も起こらず、気が付けば日が暮れ始めていた。
いつの間にか緑一色だった草原は姿を消し、土の地面にポツポツと雑草が生える程度の風景が続いている。
早朝から昼食休憩を挟んで夕方まで――。こんなに長時間馬車に乗ったのは初めてなので、さすがに疲れたな。ニコラも俺の隣でぐったりとしている。セリーヌやデリカは慣れた様子でケロっとしているけど。
若干ダレながらも日課となっている石玉作りを続けていると、ふいにセリーヌが口を開く。
「デリカちゃん、馬車を止めてくれる? 今日はこの辺で野宿にしましょうか」
そう言うと馬車が止まらないうちから軽やかに荷台から飛び降り、背中を大きく反らして体を伸ばした。
「ん~……さてと。暗くなる前に野宿の準備を始めましょ。マルク出番よ~」
俺はもちろん馬車が完全に止まってからゆっくりと降りると、ニコラが俺の肩に手を乗せながら、俺よりも更にゆっくりのそのそと馬車から降り始めた。それを見ながらセリーヌに尋ねる。
「野宿って初めてだからよく分からないんだけど、どんな感じにすればいいの?」
「そうねえ……。全員で雑魚寝が出来る小屋でも作ってくれればいいわ。マルクなら個室も作れそうだけど、安全面からしてもオススメしないわ。デリカちゃんも構わないわよね? マルクが一緒でも」
「えっ? え、ええ! もちろん構わないわ!」
馬の世話をしていたデリカが挙動不審気味に答える。以前、草原で一緒に寝たのが精一杯の様子だったし、年頃の女の子なら仕方ないね。俺は生暖かい目でデリカを見つめた。デリカは俺のそんな視線に気付かず、耳を赤くしながら馬にブラシを当てている。
ひとしきりデリカを愛でた後、俺は土魔法で「アイリス」で一泊した時のような半球型の建物――ドームハウスを大きめに作成した。ついでになんとなく前世で見かけたことのある動物を模したドームハウスっぽく、屋根部分にくまさんの耳も付けてみる。
「これでどう?」
「十分よ。その耳みたいなのはよく分からないけれど。グリズリー?」
「へえー。なんだかかわいいわね」
この世界ではくまさんをマスコットとして愛でる文化はないらしい。とはいえ、デリカからは好評のようだ。案外かわいいもの好きなのかもしれない。
「ついでに柵も作るね」
ドームハウスから10メートルほど離れると、そこからドームハウスを中心にぐるっと歩きながら高さ1メートルほどの柵を作成して周囲を取り囲んだ。
高く作ると視界を遮るし、かと言ってこれくらい低いと殆ど意味がないとは思うが、なんだか囲まれてないと落ち着かないのだ。
「あらま、結構大掛かりなものを作ったわねえ。魔力は大丈夫なの?」
「うん、ヌシのエーテルの影響かな? 以前に比べて疲れはないみたい。そういえば寝ている間の見張りとかはどうするの?」
「私が周囲を感知しながら寝るから平気よ。後でマルクにもコツを教えてあげるから練習しましょうねん」
さすがセリーヌ。寝ながら気配察知とか達人っぽいな。俺にも出来るものなら是非とも習得したい。
感心しているとニコラにくいくいと袖を引かれた。
「お兄ちゃん、トイレー」
先生はトイレじゃありません。
「その辺で……。ああ、柵で全部囲っちゃったからか。どうしようかな」
『もしかして私たちが見える範囲に留めるためにこの柵を? さすがに引くレベルなんですけど』
『違うわ。ちょっと待ってな』
ニコラにあらぬ疑いをかけられた俺は、柵のすぐ近くの地面を土魔法で柔らかくすると、地面に一立方メートル程度の穴を掘った。柔らかくした土をアイテムボックスに収納するだけなので穴掘りはラクチンだ。
次にその掘った穴に板を乗せるように土魔法で蓋をして、蓋の中心に十センチ程度の穴を空ける。そして穴につながるように椅子――というか便座を作成して、周囲から見えないように囲いを作る。
水魔法を使えないデリカの為に水桶とひしゃくも用意。更に臭い消しになることを期待してE級ポーションを2本分、穴の中に流し込んでおいた。
仮設トイレの完成だ。
「これでどう?」
「はー、ほんと。野宿とは思えないわね……」
セリーヌは仮設トイレを見ながら呆れたように呟いた。
「お兄ちゃんありがとー」
ニコラはさっそく仮設トイレに向かって走り出した。けっこう切羽詰まってた状態だったのかもしれない。正直すまんかった。
「ニコラちゃんの次は私が入らせてもらおうかしら」
「あっ、それじゃその次は私で!」
女性陣が続けて仮設トイレに並ぶ。どうやら思った以上に好評のようだ。
喜んで使ってくれる様子を眺めるのは製作者として大変誇らしい気分になるが、さすがにトイレを利用しているのをじっと見つめているのはマズいよな。
「それじゃ、僕は夕食の準備をしてくるね。希望はある?」
トイレの順番待ちをするセリーヌに尋ねる。
「うーん、お肉がいいわね~」
「わかったー」
俺もちょうど肉が食べたいと思っていた。夕食はバーベキューにしようか。




