128 パワーレベリング
ひとまず危機は去ったので全員馬車から降り、頭の吹き飛んだグラスウルフに近づいた。自分のしでかしたことながら、間近で見るとグロい……。さすがにグロ耐性もついてきたので、近づけないとか直視出来ないってことはないけれど。
「ねえ、これってこのままアイテムボックスに入るのかしら?」
セリーヌが死体を指差し尋ねる。そう言えば魔物の死体をそのまま入れたことって一度もないな。
「分からない。とりあえず試してみるね」
いつも物を収納するのと同じ感覚で、頭の吹き飛んだグラスウルフに手を向けると、スッとその姿が消えた。どうやら普通に収納出来たようだ。
「出来るのね……。もう何度言ったか分からないけど、本当にアイテムボックスは便利ね~。当日持ち帰るならともかく、数日かけての移動中に狩った魔物なんてのは皮を剥いだり血抜きしないとすぐに痛むし、嵩張るわ重いわで大変なの。やっぱりマルクは冒険者に向いてると思うわよ~」
うーん、魔物を狩ること自体は、遠くから当てるだけなら嫌いじゃないんだよな。ただいつも遠くから当てられるだけで済むとはさすがに思えないので、いまいち乗り気にはなれない。
「まぁ将来のことはそのうち考えることにするよ」
デリカのように、夢に向かって頑張っている人の前でこんなことを言うのは恥ずかしいけど、今の俺の正直な気持ちだ。秘技先送りである。気まずいから話題を変えよう。
「ところで回収するのって、向こうで負傷してるヤツもだよね?」
「もちろんよ。トドメを刺してくれる?」
少し離れた場所で今も瀕死でうずくまっているグラスウルフなら、あっさりとストーンバレットで仕留めることが出来るだろう。しかしこれはようやく訪れた、デリカにほんの僅かでもエーテルを稼いでもらうチャンスだ。
「それならトドメはデリカにお願いしていい?」
「えっ? 私?」
いきなり振られたデリカが声を上げる。
「ん? 別に構わないけど、どうして?」
「デリカに少しでも実戦経験を積ませてあげたいんだ」
昨晩広場で言った、俺も応援するという言葉を思い出したんだろう。デリカは俺の方をじっと見つめると、少し顔を綻ばせ、そして引き締めた。
「うん、頑張るわ!」
そう言うとさっそく片手剣に手をかけて、瀕死のグラスウルフに向かって駆け出そうとする。
「ちょっと待って! 一応これも持っていって」
俺は立ち止まったデリカに銀鷹の護符を手渡そうとしたが……、あれ? 昨夜は気付かなかったけど、美しく輝いていた銀色がなにやら少し黒ずんでいるような? 汚れがこびり付いてるわけではないんだが。
「セリーヌ、これって」
「あら、どうやらマナが切れかけているみたいね」
セリーヌが護符を見るなりなんてこともないように答えた。どうやら護符は充電式というか充マナ式? らしい。俺がさっそく護符にマナを込めてみると、うっすらと護符が緑色に光り、その後に元の美しい銀色に戻った。
結構ごっそりとマナを持っていったな。デリカで一回、俺で一回発動しただけなのに。どうやら燃費はあまりよくないらしい。
「待たせてごめん。気を付けてね」
「ありがとう。行ってくるわ!」
今度こそ護符を手渡すと、それを首にかけたデリカが瀕死のグラスウルフに駆け寄る。そして足を止めるとゴーシュの剣で首を一突き。
次の一匹はデリカに反撃を試みたが、うまくバックステップで爪を避けるとすばやく距離を縮めもう一匹を仕留めた。
なんだかこうやって弱った獲物にトドメだけ刺させるのって、ネトゲのパワーレベリングをしている気分になるね。ニコラ曰く大してエーテルは稼げないらしいけど、それが無くとも少しでも実戦経験の足しになればいいと思う。
「へえ~。剣術道場に通ってるんだっけ? 十二歳にしてはやるわねえ」
「デリカお姉ちゃんすごーい」
セリーヌとニコラが感心した声を上げる。まぁ俺じゃ剣を持たされたところで、それこそへっぴり腰でツンツンするのが関の山だな。
自分の情けない姿を想像していると、ふとセリーヌにへっぴり腰を治す方法を聞こうと思っていたのを思い出した。
「そういえばヌシと戦ってる時にへっぴり腰だったってメルミナに言われたんだけど、ああいうのってなんとか治せないの?」
「あら、そんなの気にしてるの? マルクはまだ小さいし、実戦もそれほど多くはないんだから、多少は腰が引けるのは仕方ないと思うわよ。デリカちゃんなんかは腰の入った戦い方をしてるけど、きっと道場で何度も痛い目にあってきた結果でしょうし」
セリーヌは慰めるように俺の頭に手を乗せる。
「確かに腰が引けてても上手く回避出来るわけじゃないし、それどころか足腰に力が伝わりにくくて良くないわ。でも数をこなせばそのうち心と体が覚えていくものよ。精進することね~」
「そっか。がんばるよ」
結局は場馴れするしかないらしい。次にメルミナに会う頃までには笑われないようになっていればいいな。
そんな話をしている間に、デリカは四匹全てを始末し終えた。さっそくデリカが倒したグラスウルフを次々と収納していく。
アイテムボックスの中身がご覧の有様になった。
グラスウルフの死体 首無し
グラスウルフの死体 右前足欠損
グラスウルフの死体 両前足欠損
グラスウルフの死体 右後足欠損
グラスウルフの死体 右後足欠損
なんとも殺伐としたラベリングだ。そこでまとまるように働きかけると、
グラスウルフの死体 五匹
このようにまとまってくれた。こっちの方がまだマシだな。
「マルク、どうしたの?」
おそらく一人で変顔をしてたのだろう俺を気にして、セリーヌが声をかけてくれる。
「いや、なんでもないよ」
「そう? それじゃこれは後日にでも冒険者ギルドに持っていって売りましょうか」
「これってどれくらいの値段になるの?」
「そうねえ~。肉は安いだろうけど、毛皮は結構需要があるわね。状態も悪くないし、一匹あたり金貨2枚くらいかしら」
五匹だと金貨10枚だ。結構高いな。
「まあ解体をギルドに任すと、そこから手間賃を取られちゃうんだけどね。でも解体はめんどくさいし、このまま持って帰れるなら、解体は任せたほうが絶対いいわね」
確かにグロ耐性が付いてきたとはいえ、解体はまだまだ俺にはレベルが高すぎる。アイテムボックスで持ち込んで手間賃を払えばやってくれるなら、それに頼ったほうがいいだろう。
「あっ、マルク。これありがと!」
セリーヌと話を終えると、デリカが近づき自分の首から護符を取り外した。その首筋は汗で光っている。ほんの僅かな時間の戦闘だったが、真剣に挑んだ結果だろう。そして俺の首に護符をかけ直してくれた。
自然に俺より背の高いデリカの胸が目の前に迫ることになるんだが、何とはなしに見たところ相変わらずデリカの胸は発展途上のようだった。
デリカがんばれ、がんばれ。俺は二重の意味でデリカのこれからの成長を祈った。




