122 宴会場
俺が何だか納得のいかない気分で風呂から上がり、当然のように混浴を主張したニコラがサンミナママと一緒に上がった頃、カイが再び村長宅を訪れた。
「迎えにきたよ。……どうかな、眠くない?」
子供はもうとっくに寝ている時間帯だ。カイが心配するのも当然と言えるが、ヌシと戦った直後に少し眠ったからか、全く眠気は無かった。
「僕は平気だけど、ニコラはどう?」
「ニコラも平気ー」
にっこり笑ってニコラが答える。まぁ村までの移動中はずっと寝てたしな。あまり遅くならない限り大丈夫だろう。
「そうかい、それじゃあ行こうか」
「はーい」
「いってらっしゃーい」
俺とニコラはツヤツヤになったサンミナママに見送ってもらい、村広場へと向かった。
――――――
村広場に到着。以前シーソーと滑り台を設置したこの場所は、既に立派な宴会場と化していた。
広場全体を囲う様に松明が立てかけられ、たくさん設置された木製のテーブルの上には様々な料理や酒が並び、村人たちが笑いながら酒を酌み交わしている。
「おおっ、主役が来なさったぞ!」
もう大分出来上がってるらしい赤ら顔の村長が俺たちを見つけ、大声で周囲に呼びかける。途端に会場がざわめき立ち、広場中の人々が一斉に俺を見つめた。
「あんな小さな子が? 冗談だろ」「いや、漁師の殆どが見ていたらしい」「ああ、俺は見たぞ」「ウチの子供と同じくらいの歳よね」「滑り台を作ったのはあの子と聞いたが」
おおう、当然と言えば当然だけど、めっちゃ注目されてるな……。多くの視線に集めてしまった俺は、とりあえず周囲に向かってペコペコとお辞儀をした。胸を張って堂々と、なんてとても無理だねコレは。
『デビューしたてのプロボクサーみたいですね』
俺は決してホモゾンビではない。ニコラをスルーしつつも注目されて落ち着かない。気分を紛らわすために知り合いがいないか探してみると――
「あっ」
すぐ近くのテーブルでセリーヌを発見。セリーヌは俺と目が合うと小さく手を振り、手に持った酒をグビリと一飲みする。少し酔っているらしくほんのりと赤い顔は色っぽい。
ちなみにセリーヌのすぐ近くでは三十路くらいの男が地面にうつ伏せになって倒れていて、傍らでヒゲのおっさんがオロオロしていた。
このような光景には既視感がある。ウチの食堂でセリーヌに良からぬことをしようとした男の末路として何度も見てきたヤツだ。最早何も言うまい。
「マルク、起きたとは聞いてたけど、もう大丈夫なの?」
「うん。お風呂にも入ったし、気分はスッキリしてるよ」
「あら、もう先に入ったのね。私も後で入らせてもらうわ。ヌシの解体を手伝ったから、体がなんだかテンタクルス臭くて……」
セリーヌが自分の手の甲や腕をスンスンと嗅ぐと、
「えー、どんなにおいー? 嗅いでみたーい!」
すかさずニコラがセリーヌに巻き付いてクンカクンカと嗅ぎ回った。相変わらずナチュラルにセクハラが出来るチャンスは逃さないな。
「こーらっ、やめなさい」
いつもはわりとニコラに好きにさせているセリーヌだが、さすがに今は近づいて欲しくはないらしい。体をねじり逃れようとするが、ニコラがまるで軟体生物の様に絡みつくと念話が届いた。
『フヒヒ、美女からほのかに漂うイカの臭い……』
ニコラが何を考えているか想像がついてしまい、頭を抱えそうになる。ほんとウチの妹がすいません……。
「もー。……そうそう、マルクにはコレを渡しておくわ」
ニコラを剥ぎ取ることを諦めたセリーヌが胸に手を入れると、小瓶をいくつも取り出した。中には真っ黒な液体がたっぷりと詰まっている。
「あんたが危うく引っ被りそうになったヌシの墨よ。墨袋から採れるだけ採っておいたわ。漁師さんたちに聞いたんだけど、墨は普通のテンタクルスでも毒らしくて、墨袋を抜き取ってから料理するらしいの。こういう魔物の体液は何かに使えたりするから、とりあえず貰っておきなさい」
フグ毒みたいなもんかな? この辺は前世のイカとは違うな。
「わかった。ありがとう」
礼を言いながらアイテムボックスに収納する。するとアイテムボックス内では
グレーターテンタクルスの墨
と表記された。ヌシってそんな名前なんだね。
俺とセリーヌの会話が一段落ついた頃、広場の向こう側から荷車を引いた村人が現れた。それに気付いた村長が声を上げる。
「さて! そろそろ皆でアレをいただこうか!」
村長の前に届いた荷車には、やたら大きい触手が一本載っていた。どうやらヌシの触手のひとつのようだ。
そして触手が設置された台の上に置かれると、どこからともなく現れたテンタクルス売り場の爺さんが包丁一本を手に持ち、台の前に陣取った。まるでマグロの解体ショーの様だ。
「……あっ、結構硬かったし、手伝ったほうがいいかな」
「大丈夫よ。死んだせいか、普通のテンタクルスと変わらないくらいの硬さになってたわ」
そうなのか。死ぬと解体しやすくなるなんて親切設定だな。どうせなら生きてる時から柔らかくあれよと思うけど。
爺さんが鮮やかな手つきで触手を捌く。次々と切り分けられていく切り身が、隣に設置された鉄板の上にどんどん投げ入れられる。熱された鉄板からはジュウウウウウウウウウ! と心地よい音が鳴り、すぐに食欲が刺激される匂いが漂ってきた。
「おおおおお、なんだこの匂い!」「やべ、もうヨダレが止まらねえ!」「匂いだけでいくらでも飲めるな!」
どうやら日々テンタクルスを食べているセカード村の住人でも、ヌシの切り身は別格のようだ。
広場中にいい匂いが充満しだした頃、俺は村長の手招きに応えて村長の側に近寄る。村長は俺の肩を抱くと周辺の村人に向かって声を張り上げた。
「皆の衆、聞くがいい!」
それまで騒がしかった広場がシンと静まり返る中、村長が続ける。
「長年……、そう、ワシが幼い頃から湖に住み着き、我らの漁を邪魔してきたセカード湖のやっかい者は、聞いての通りファティアの町からやって来たマルクによって討伐された! 今日はセカード村の歴史に刻まれるであろう喜ばしき日じゃ! 皆の衆、今夜は思う存分飲んで騒いでこの日を祝うとしよう!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
村長がなみなみと酒の注がれたコップを掲げると、村人たちも一斉にそれに応える。どうやらここからが本番らしい。村人たちは今まで以上に飲んで騒いで宴会を楽しみ始めた。




