117 ヌシとの戦い
俺はヌシと向き合った。ヌシは未だにバカの一つ覚えの様に、浮いている光球に向かって触手を振り下ろす。光球の真下の地面は触手の衝撃と水分でぐちゃぐちゃだ。ふいに触手が地面を激しく打ち、その振動が俺の足元まで響いてきた。
……俺の位置からは触手は届かないと思うけど、念のために更に数歩下がっとこうかな。
『ぶふーっ、めっちゃ腰が引けてますよ』
仕方ないだろ、めっちゃ怖いんだぞ。
ヌシは数歩下がった俺に目もくれず、触手を振り回している。よし、光球にご執心のうちにぶっ放してやろう。普通のテンタクルスを見た限り、アイツらの弱点は眉間だ。
「石弾!」
俺はがら空きの眉間に、九個セットのストーンバレットを全力で撃ち込んだ。
ボムンッ!
厚い古タイヤをハンマーで殴ったような音がすると、その衝撃でヌシの身体が激しく揺れ水しぶきが上がる。
しかしヌシの眉間を貫くことは出来なかった。イカ特有の軟体ボディが威力を吸収しているのだろうか。ヌシは触手を振り回すのを止め、呆然と立ち尽くしている。
今のうちに追撃するベきだろう。更にランスバレットを撃ちこむ。こちらも九個セットだ。
風切り音を鳴らしながら飛び出したランスバレットは、狙い通りに眉間に突き刺さる。しかし眉間に剣山を生やした様に見えるだけで、ダメージを与えたようには見えないが――
「ガオオオオオオオン!」
いや、少しはダメージは与えられたようだ。ヌシの大きくて黄色く濁った目がギョロリと動き、初めて俺を捉えた。触手で眉間のランスバレットを拭い落とすと水面を激しく叩き続け、苛立ちを発露させている。うおお、怖えぇ……。
こうなったらとにかく押し切るだけだ。ストーンバレットとランスバレットを交互に撃ちまくる。
すると触手がテンタクルスの頭部を覆うように動き防御行動をとった。どうやらある程度の知能があるみたいだ。
ボフッ!
頭部を覆う触手にストーンバレットが着弾する。着弾の衝撃で触手が揺れ動くが、触手を貫通したり一部を吹き飛ばしたりはしない。ランスバレットの方も刺さりはするが切断には至らない。そして傷つきながらもヌシは触手で頭部のガードを続けている。
こうなると直接眉間が狙えない。ひたすら攻撃を加えていけばそのうち触手を分断することも出来るかもしれないが、触手全てを切り離していくより俺の魔力が尽きるのが早いかもしれない。なんと言っても触手は10本もあるのだ。
……それともうひとつ懸念もある。
親分格はヌシは陸に上がらないって言っていたが、急所を防ぐ知能があるなら陸に上がって来る可能性もあるんじゃないか? 触手で頭部をガードしたままこちらに突進してきたらヤバそうだ。……なんだか不安になってきたぞ。
「石壁」
俺は念の為、沿岸に3メートルほどの高さのバリケードを複数設置する。これでひとまず安心――した途端に、テンタクルスが突進を始めた。
そしてバリケードが乗り越えられず、八つ当たりのようにストーンウォールに体当たりを続けている。うおい! 危ないな! 間一髪だったじゃないか!
「親分さん! 湖から出てきそうだよ! 出ないんじゃなかったの!?」
俺が親分格に抗議をすると、親分格は困惑したような声で、
「い、いや、ヌシをここまで痛めつける野郎なんて、今までいなかったしな……」
なんてこった。あんまりアテにならない話だったようだ。俺にとっては湖から出ないってことだけが心の拠り所だったのに。
このままではそのうちバリケードを突破して俺に襲いかかってきそうだ。しかもそうなる前にとどめを刺したいのに、触手のガードに阻まれて決定打が撃てない。
魔力が尽きるまで闇雲に攻撃を続けるか? もしかしたら俺の魔力が尽きるよりも先に触手を全部撃ち落とせるかもしれない。それとも大怪我をしないうちにギブアップして、セリーヌに助けを求めたほうがいいのだろうか?
そんなことを考えてながらひとまずストーンウォールを増築していると、ニコラから気の抜けた声で念話が届く。
『お兄ちゃーん、そろそろ倒してくださいよー。私はお腹が空いてきました』
『倒したいのは山々だけどさ。こっちの攻撃があんまり効かないんだよ。ギブアップしていい?』
『なに情けないこと言ってるんですか。ほら見てください、あのヌシを。ああいうボスキャラは格段に美味しいのが定番です。早く食べさせてくださいよ。……あー、でも硬そうですし、捌くのはお兄ちゃんがやってくださいね』
『今から勝った後の話をするのはフラグになりそうだから止めてね。まあ硬いだろうから、倒せたら俺の包丁で捌くけど……』
……あっ、そうか!
ニコラの方を振り返る。腕を組み二度三度と頷きながら「フォッフォッフォッ、ワシの真意に気付いたようじゃな」と言いたげな老師感を醸し出している。いや、ふつうに言えよ。こちとら一応命がかかってるんですけど?




