114 おっぱいは収納スペース
「僕は槍なんて使えないよ?」
俺の反論にセリーヌが呆れた顔をする。
「なに言ってるのよ。魔法でいいじゃない。村長さん、魔法でも参加できるわよね?」
「そうじゃな……。槍が使えないなら他の者とは別行動になるとは思うが、マルクは一人でも大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ! 少年は土魔法で石をビュンッ! って飛ばして、ずっと遠いところからカイを狙っていたテンタクルスを一撃でパカーン! って倒したこともあるからね!」
サンミナが太鼓判を押してくれた。すると村長は目を丸くしながら、
「なんと、もう仕留めたことがあったのか! それなら何の問題もなかろう」
どうやら魔法を使っても構わないようだ。それなら自らを鍛えるという俺の旅の目的からしても、セリーヌの提案は断れない。こうして俺の参加も決定した。
――――――
夕食後、サンミナからデリカに槍が手渡される。以前の魔物漁で漁師が使っていたのと同じ、三メートルほどの長さの物だ。
デリカとしては本当は剣を使いたいんだろうが、剣と槍ではリーチが違いすぎる。皆が槍を使ってる中で剣を使うには一人で突出しないといけないため、集団行動では危険を伴う。槍を使うことにデリカの異論は無いようだった。
ちなみに俺の装備は爺ちゃんに貰った革靴とマントの他に、簡素な革の胸当ても着込んでいる。爺ちゃん曰く、動きやすさを重視した物なのであまり防御力をアテにするなとのことだが、何も装備しないよりは全然マシだろう。
今回湖に向かうのは、俺、デリカ、セリーヌ、ニコラ、カイ、サンミナ、メルミナ。
狩りに参加するのは俺とデリカとカイで、残りは見学だ。メルミナは初めて狩りを見学するらしくカイが良いところを見せようと張り切っている。
林を抜け湖に向かうと、すでに漁師たちが集結していた。相変わらず暑苦しい集団である。大半が上半身裸で、鍛え上げられた身体を見せつけるように胸を張っていた。ニコラが顔をしかめる。
『うへっ、デリカはあのムサい男連中に混ざるんですよね。私なら断固拒否したいところです。……しかしデリカがあの男臭い連中の中に混ざって汗まみれというのは、なかなか妄想が捗りそうではありますね。お兄ちゃんはどう思います?』
知らないよ。ニコラの毒電波をスルーして、マッチョ軍団の方へと歩く。すぐにカイが俺たちを紹介してくれた。
「今日はこの二人が魔物漁に加わることになったから。村長の許可も得ているよ」
カイの紹介を聞き、以前も一度会ったことのある一番の親分格らしい壮年の大男が、俺たちを上から下までじろじろと見やる。
「村長が言うなら構わないんだがよ。大丈夫なのか? こんな女子供で」
侮るのではなく、眉を下げ心配しているような顔だ。良い人だね。
「デリカと言います。皆さんの足を引っ張るようなマネはしません。ですからお願いします!」
そう言って頭を下げるデリカ。慌てて俺もそれに続く。
「マルクです。僕は魔法を使うので邪魔をしないように、端っこのほうで一人でやってます」
「はあ? 一人で!? そりゃあ無謀だろうよ」
親分格が大仰に驚くと周囲もざわめき始めた。
「危険だ」「魔物を知らなすぎる」「ウチのガキより小さいぞ」「今からでも止めたほうが」
否定的な意見が多い。当然だと思う。なんと言っても俺は八歳だもの。どうしたものかと考えていると、セリーヌが俺の前に駆け寄る。
「あー、待って待って。この子なら大丈夫よ。もし何かあればC級冒険者の私が責任を持つわ」
「C級冒険者だと!?」
親分格の声にセリーヌが頷くと、胸の谷間からギルドカードを取り出す。男たちの視線がセリーヌの胸に釘付けになるが、慌ててギルドカードに目を移す。
「本当だ」「すげえ」「C級冒険者を初めて見た」「俺はギルドカードを見るのも初めてだよ」
男たちが口々に言葉を交わす。C級っていうことはBとかAとかもあると思うんだが、相変わらずC級ってすごいらしい。親分格が腕を組みながら、なおも心配そうな顔を崩さずに俺に問いかける。
「……分かった。それじゃあ本当に一人でいいのか?」
「うん、それでいいです」
「よし、それじゃあ端の方で勝手にやってろ。デリカと言ったな、お前はこっちに来い」
そうしてデリカは他の男たちと一緒に移動を開始した。おっと、デリカに渡しておきたい物があった。
「ああ、待ってデリカ」
少し緊張した面持ちで歩いていたデリカが立ち止まる。
「なに?」
「これ貸したげる」
俺は首に下げている銀鷹の護符を取り出す。
「これがデリカを守ってくれるよ。一度も発動したことないけど、たぶん」
「何よそれ。でもありがとう」
少し笑いながら自分の首にかけ、急いで男たちの後を追いかけて行った。
――――――
「よし、それじゃあ始めるぞ。お前ら準備につけ!」
湖から少しばかり離れた場所に、沿岸に沿うような形で数人の集団が横並びに幾つも出来上がった。各々の集団の背後には松明が置かれるが、俺のところには置かれてはいない。照明魔法があるので遠慮した。
俺はぽつんと一人で端っこに陣取る。隣の集団には緊張した面持ちで槍を手に湖面を見つめているデリカとカイがいた。これなら何かあった時にすぐ駆けつけられると思う。
とはいえ、そもそも自分の方で精一杯という可能性もあるんだけど……。危なくなったら離れたところから見学しているセリーヌが何とかしてくれると信じたい。
月明かりだけがほのかに周囲を照らす中、次々と松明が灯される。そしてカーンカーンカーンカーン! と拍子木の音が周辺に鳴り響いた。
イカイカフェスティバルの始まりだ。




