106 ジーザン防具店
翌日、俺はニコラを伴い「ジーザン防具店」にやって来た。
前日に爺ちゃんの店に行くことを父さんと母さんに報告すると、父さんと母さんは話を聞いた直後から料理の仕込みを始め、先程出来上がったばかりの極上の料理を手渡された。
今回も家族四人で会いに行こうという案が父さんから出たんだが、以前の大暴れの結果を踏まえて俺たち二人だけにしてもらった。
ちなみにイケメンで性格も穏やかな父さんが、爺ちゃんに目の敵にされるのには訳がある。
父さんと母さんは幼馴染でそれは仲睦まじく、いつかは結婚するのだろうと誰もが思っていた。
しかし父さんの両親が流行り病で早世すると穏やかなモラトリアムが一転、一人残された父さんは十三歳の若さで宿屋を切り盛りしていかなくてはならなくなった。
さすがに当時十三歳の若造が一人で切り盛り出来るほど店の経営は甘くはなく、周りに頼れる親戚もいない。店を畳むことも考え始めた父さんだったが、その窮状を知った母さんが店に押しかけ、住み込みで父さんを支えることを選んだ。
連れ合いを早くに亡くし、一人娘の母さんを溺愛していた爺ちゃんは住み込まなくても支えられることがあるだろうと家に戻るように説得したが、母さんは実家には戻らないの一点張り。父さんも母さんが心身ともに支えとなっていたので追い返すことは出来なかった。
そうしてなんだかんだで店の経営が安定した頃、母さんが俺たちを妊娠。爺ちゃんは娘を取り戻すのを諦めたんだそうな。
それから父さんは何度も爺ちゃんと話し合う場を作ったんだが和解の兆しは見せず。母さんの出戻りを不可能にする決定打となった俺たち双子に対しても、爺ちゃんは頑なな態度だ。
でも、ずっとこういう状況なのも良くはないだろう。父さんも母さんも普段は口に出さないが、孫連れの爺さんをお客さんに見かけると少しだけ悲しそうな顔を見せる時がある。
そういうわけでついでではあるが、少しは状況が良くなればいいなと思って爺ちゃんに会いに来たわけだ。
ジーザン防具店の前に立つ。さほど大きくない店構えだが、所狭しと商品が立ち並んでいる。
防具と言っても鉄製の物は少なく、旅人が気軽に装備できるような革製品がメインのようだが、なぜだか子供用の小さいサイズの物が多い気がする。……以前はこんなには無かったと思うんだけどな?
「おじゃましまーす……」
「らっしゃい、ここはジーザン防具店……、あん? お前らジェインとこのガキ共か。何しに来やがったんだ」
訝しげな顔をする、金色の長髪を後ろで束ねたいかつい中年ジーザン。俺たちの祖父だ。それにしても俺の知ってるおっさんっていかつい人ばかりだな。ジェインは父さんの名前だ。
「お、お爺ちゃん、こんにちは。今度ね、一週間ほど旅に出るので、旅に必要な装備を揃えにきたんだ」
「は? ジェインはお前らみたいなガキを外に出歩かせるのか? まったく大した親だな。……それとな、俺は爺ちゃんって呼ばれるような歳でもねえ」
まぁたしかにまだ四十歳前後だもんな。とはいえ母さんが十代前半で俺たちを産んだのだから仕方ない。爺ちゃん呼びは甘んじて受け入れてもらおう。
「……それでね、僕たちも一週間の長旅って初めてだから、何が必要かもよく分からないんだ。その辺を見立てて欲しいんだけど」
恐る恐る言ってみた。爺ちゃんは自分の頭を乱暴に掻き息を吐くと、俺たちの方をギロリと睨む。
「……そうだな、まずは足元だな。しっかりとした革靴がいい。だがいきなり新品を履くと間違いなく靴擦れを起こすからな。……クソッ、もっと早く来いってんだ!」
怒鳴り散らしながらも爺ちゃんは商品棚から迷うことなく、二足の小ぶりな革靴を取り出し床に並べる。そして何やら魔道具らしい物を近くに寄せると、靴をバンバンと木の棒で叩き始めた。
どうやら魔道具からは蒸気が出ているらしい。蒸気で革を柔らかくするようだが、あんなに叩いて大丈夫なんだろうか。
しばらく店内にはバンバンと打撃音のみが響き渡り、俺たちは一心不乱に靴を叩き続ける爺ちゃんを眺めていたが、ふいにその動きが止まった。そして靴の棚の近くにあった小壺からゼリー状のものを取り出すとそれを靴に塗り込み始める。
そして二足分を塗り込み終えると、ようやくこちらに振り返った。
「このまま馴染ませるから、もう少し時間がかかる。その間に別の物を選ぶぞ」
「おい、マ……男のガキの方はアイテムボックスがあったな。だがそれでも小物入れがあると何かと便利だろう。腰に巻けるポーチをくれてやる。女の方はガキでも女だからな。男向けの無粋なポーチより可愛らしいやつを選んでやるよ」
そう言うとまた別の商品棚からポーチを引っ張り出し、ポイッポイッと俺とニコラに投げ渡した。
爺ちゃんに投げ渡されたポーチは無骨なデザインだが、しっかりした黒っぽい革で作られていて丈夫そうだ。正直かなりかっこいい。ニコラのものはピンクの革で出来ており花柄のワンポイントまで付いている。おしゃれと実用性を兼ね備えた一品だ。
俺たちは腰にポーチを巻いてみると、爺ちゃんは口に手を添えてそれをじっと見つめる。
「うっ……、後はそうだな……。マントだな。どこに行くかは知らねえが、いいマントがあれば日差しを遮ることも寒さを凌ぐこともできるし、そんじょそこらの獣になら襲われても歯を通さない。安物で済ませると損をする部分だ」
そして爺ちゃんは店の奥まで引っ込み、しばらくして大人用のマントを二つ持ってきた。
値札が付いていたのでチラッと見ようとしたが、すぐに爺ちゃんが値札を取りぐしゃぐしゃにして適当に投げ捨てた。一瞬だが金貨ウン十枚と見えたような?
「あ、あの僕たちあまり高いものは――」
「――は? ガキ共から金なんか取れるかよ! どうせ売れてねえ代物だ。このまま捨てるくらいならくれてやるよ」
吐き捨てるようにそう言うと、頭を掻きながら店の奥へと引っ込んだ。すぐに飲み物と菓子の入った皿をトレイに乗せて戻ってくると、
「今から子供用に仕立て直すから少し待っとけ。おら、そこの椅子に座ってろ。菓子を持って来てやったから騒ぐんじゃねーぞ」
トレイを接客用に備え付けた小さなテーブルの上に置いた。そしてすぐさま踵を返すと、店の奥にある作業台にマントを乗せて手入れを始めた。
俺は椅子に座りジュースを飲みながら、ニコラに念話を送る。
『……なあ、これってさあ~』
同じくジュースを飲んでいるニコラがコクリと頷く。
『グランパはウチの店の前を通って、こちらをチラチラ見ながら通り過ぎるのが日課になってますよ。たぶん一日も欠かしたことないんじゃないですか。知られたくなさそうだったので、知らんぷりしてましたけど。空き地にも何度も来てましたよ』
『やっぱりそういう系?』
『そういうアレです。……しかしポーチを身に着けた私たちを見てニヤけたり、高価なマントを貢いでくれたり、そろそろツンも限界みたいですね。――この辺でしっかりとデレさせてやりますか』
ニコラは髪をかきあげながら不敵に笑うと、大御所の貫禄たっぷりにゆっくりと椅子から降りた。
そして作業台でマントの丈を短くする為に、道具を使って丁寧に折り目をつけていた爺ちゃんにトコトコと近づく。
気配に気づいた爺ちゃんが手を止めてニコラを睨んだ。
「あ? 邪魔だから離れてろ」
ニコラは気にせずに天使の笑顔を浮かべると、
「おじーいちゃんっ」
足にひしっとしがみ付いた。
すると爺ちゃんは――
――鼻血を出したかと思うと白目を剥いてぶっ倒れた。




