102 お礼
しばらくパメラにポカポカと胸を殴られていたが、それが一向に止む気配もなく、そろそろ止めたほうがいいのかなと思った矢先に裏口の扉が開いた。
「あらあら、お邪魔だったかしら? 二人ともおはよう」
裏口から入ってきたのはカミラとカミラの足元にまとわりついているニコラ。パメラは二人の姿を認めると腕をピタリと止め、二人の分の朝食を作りにパタパタと厨房へと駆けて行った。
パメラも止むに止まれずキリがいいところを模索していたのかもしれない。うーん、かわいいねえ。それを見送りながらカミラに挨拶をする。
「おはようカミラさん。この前パメラに聞いたんだけど、この時間はいつも寝てるんじゃないの?」
「それが今朝はスッキリと起きられたのよね。お風呂のお陰かしら?」
ほうっと息をつきながら答えるカミラ。ポーションも入っていたし案外そうかもしれない。わりと万能だな、すごいぞポーション風呂。
「それにね、昨日あれだけお世話になっておきながら、私が見送りもせずに寝てるだなんて大人として格好がつかないじゃない」
カミラは自嘲気味に笑うと表情を改めた。
「マルクちゃんのお陰で兵士のみなさんにも存分に楽しんでいただけることが出来たわ。本当にありがとう。心から感謝するわ」
そう言うとカミラは見惚れるほどに綺麗なお辞儀をした。さすがは接客のプロ、今までこんなに綺麗なお辞儀は見たことがなかった。
前世で見たやり手の先輩営業マンの押し付けがましいお辞儀ではなく、見るだけで感謝の気持ちが溢れ出るようなお辞儀。これが見れただけでも手伝いの価値があったかもしれない。
「今回はギルおじさんに言われて手伝ったことだから。よかったらおじさんにサービスしてあげてね」
「ふふ、本当にしっかりしてるわね。双子の妹のニコラちゃんはこんなにも甘えん坊さんなのに」
そう言ってカミラがニコラの頭を撫でると、ニコラはカミラの腰に抱きつき蕩けた顔を晒していた。
『はあ~。プロの女の人はやっぱりひと味もふた味も違いますねえ。……決めました。将来はお兄ちゃんのお金でこういうお店に通いつめたいと思います』
『そんなの絶対に許さないからな。絶対にだ』
俺はニコラの言葉で将来に一抹の不安を感じた。
パメラが二人分の朝食が運んでくると、四人で雑談をしながら朝食を始めた。カミラがパメラに俺の胸を叩いていた理由を尋ね、パメラが「内緒」と答えると、カミラは「私にも言えない秘密が出来たのね」と嬉しそうに笑う。この母娘もほんと仲がいいよね。
しばらくして和やかなムードで食事が終わった。……そろそろ帰る頃合いだろう。
「それじゃ僕たちは帰るね」
俺がソファーから立ち上がり店の入り口の扉の方に向かうと、パメラが「またね」と手を振る。
するとカミラがパメラになにやら耳打ちをした。真っ赤になったパメラはしばらく動かなくなったかと思うと、ソファーを揺らす勢いで突然立ち上がる。
まるで内気な少女が意を決して学級委員に立候補したような決死の覚悟を感じるんだが、一体何が始まるのコレ。
そしてカミラに背中をポンと叩かれたパメラが俺の方へとゆっくり近づいてきた。その顔は今まで見た中で一番赤いんじゃないかというくらいに赤く染まっている。
「こ、今回のお礼。お金はいらないって聞いたから……!」
緊張しているような震えた声でそう言ったパメラは俺の肩に手を添えると……、そっと頬にキスをした。
そしてものすごい早さで裏口から外に出て行った。あっけにとられた俺はただ呆然とパメラを見送る。
するとカミラがニヤニヤしながら腕を組む。
「ふふ、マルク君にしては珍しい顔が見れたわね」
俺は今どんな顔をしているのだろうか。自分じゃよく分からないけれど、少なくとも悪い気分じゃない。頬に微かな感触とパメラが近づいた時の残り香がまだ残っている。
俺はキスされたのと反対側の頬をポリポリと掻いた。
「……えっと、お礼は確かに頂いたってパメラに言っておいて。それじゃ帰るね」
「はぁい。いつでも遊びに来てね」
まだニヤニヤしているカミラに見送られながら、俺とニコラは店の外に出た。途端にニコラから念話が届く。
『私はカミラママが本当の義母になるのもアリだと思います』
『お前ね、デリカの時も同じようなこと言ってたけど、そういうのはまだまだ早いからね』
『はぁ。ヘタレは不治の病なんですかね……』
ニコラとの念話を打ち切り周辺を眺める。まだ朝の早い時間帯。飲食店が多いらしいこの周辺は、未だに人の姿も無く静まりかえっている。
急にこの時間帯なら既に騒がしいであろう実家のことが気になってきた。今頃は朝食の準備につきっきりで、店前の掃除までは手が回ってないかもしれない。
「それじゃあ早く帰って家の手伝いをしようか」
ニコラに向かってそう話しかけると、ニコラはスンッと表情を消し、
『いえ、私は帰って二度寝します。友達の家で頑張ってお手伝いをした翌日……。今日ならきっと許されると思うのです』
そういやコイツはそういう奴だったわ。俺はため息をつきながらもニコラを引き連れ帰路を急いだ。




