101 いたずら
翌朝、俺はお風呂小屋の二階に作ったドームハウス状の建物の中で目覚めた。なかなか風呂を取り壊すタイミングが無かったので、結局二階に寝床を作ることになったのだ。
昨日はお風呂小屋の前に作ったベンチにまるで銭湯の番頭のように座り、続々とやってくるお姉さん方への説明と案内に明け暮れた。風呂の管理を放棄してさっさと寝ても良かったんだろうけど、なんだかんだで喜んでくれるのは嬉しいのでついついサービスをしてしまったのだ。
F級ポーションは二日酔いに効果があると言う。E級を投入した風呂は酔い冷ましに効いたらしく、その上に美容効果があるということでお姉さん方の喜びもひとしおのようだった。
昨夜の俺はベンチに座りながら、たびたびお湯を沸かしたり継ぎ足すために裸のお姉さん方がわんさかいるお風呂小屋の中にも入って行った。そういうのは風呂の中にいるニコラにやってもらおうと思ったんだが、ニコラ曰く――
『向こうは気にしてないんだから、こっちも気にしなかったらいいじゃないですか。それにこれも魔法とその他もろもろの特訓だと思ってください。今後もヘタれて私の憩いの時間と空間を奪われでもしたら困りますし、これを機に少しは慣れて貰わないと』
そんな風に言われてため息までつかれると、さすがに俺も男としての意地があるわけで。やってやるぞと思ったわけです。
そうして何度もお風呂小屋にお邪魔している間に、罪悪感みたいなのは無くなった気がする。ゴブリンを倒しまくってる間に忌避感が無くなってきたように、俺はそれなりに順応性が高いんじゃないのかと自画自賛したね。
俺を焚き付けたニコラはカミラ宅にお泊りだ。まぁこの機会を逃すような奴じゃないので納得である。
長かった昨日の夜を思い出しながら、お泊り用の布団をアイテムボックスの中に片付けた。
さてと、起きた時間は外の景色を見る限り、まだ早朝と言っていい時間のようだ。普段起きる時間と変わらない。習慣ってすごいね。
そんなことを考えてると外から声が聞こえた。
「マルク君、起きてる?」
ドームハウスから顔を出すと、パメラがこちらを見上げていた。
「おはようパメラ。昨日は遅かったのに早起きなんだね」
先に寝るように勧めたんだが、パメラも最後まで付き合ってくれた。まだ眠たくないと言いながら、ベンチではうつらうつらしていたのは微笑ましかったね。子供は夜更かしに憧れるみたいなところもあるので、気持ちは分からんでもない。
「うん、いつもこのくらいに起きてるから」
どうやら俺と一緒で染み付いた習慣のようだ。俺はドームハウスから出て階段で地上に降りた後、軽く伸びをして身体をほぐす。
「今日は帰る前に朝食を食べていってね」
「ありがとう、ごちそうになるよ。ところでニコラは?」
「まだお母さんの部屋で一緒に寝てるんじゃないかなあ」
そうじゃないかと思ったが、やっぱりカミラと一緒に寝たんだなアイツ。
「どうする? 起こしてこようか?」
「いや、いいよ。寝かせてあげて」
実は起きていて色々と堪能してる可能性がある。仮にニコラの朝食が抜きになったなら、帰る途中にでも適当に食べさせてやればいいだろう。
「それじゃあマルク君の分だけ朝食を作るね。それじゃ店に入ろ?」
「分かった。でも先にコレを片付けてからね」
俺はお風呂小屋を指差した。そして風呂場の水をアイテムボックスに入れた後、小屋を分解して砂にすると、それもアイテムボックスに収める。作るのは時間が掛かったが、片付けるのはあっという間だった。
小屋をあっさりと片付けた様子にパメラが少し驚いていたようだが、気を取り直して俺を店内に案内する。真っ暗でシンと静まり返った店内。パメラが照明の魔道具を起動させたんだろう、すぐに薄明かりが灯った。
「それじゃあ、そこに座って待っててね」
指定されたのは、初めてパメラと出会って一緒にハンバーグサンドを食べたのと同じソファーだ。
しばらく待ってテーブルに置かれたのはオレンジジュースと白パン、ベーコンエッグ。ありふれたメニューだが、朝食は凝ったものよりもありふれたものの方が嬉しいね。
礼を言い、さっそく二人で横に並んで食べ始める。するとパメラが言いにくそうに切り出した。
「昨日はその……お風呂のこと、忘れてね? お風呂に入るとかわいくなれるって聞いて、ちょっと無理したかも……」
そういえばポーション風呂の効果だろうか、昨日までより肌の色艶がよくなってる様に見える。少々引きこもりがちで肌は青白かったからな。
「……ふーん。でも忘れるって言ったってどのことかな? 分からないなあ」
俺は少し大げさに首を傾げると、心当たりをひとつづつ挙げていく。
「お風呂に沈みそうになったことかな? それを引き上げた時に変な声を上げたことかな? 手をつながないとお風呂から出れなかったこと? それとも一人で体が拭けなくて僕が手伝ってあげたことかなあ?」
次々と挙げていくと、パメラの顔が次第に赤く染まった。そして少し涙目になりながら俺に問いかける。
「マルク君いつもやさしいのに、どうして今日はいじわるするの?」
「……パメラをかわいいと思ったなら、いじわるしたほうがいいんじゃないかって思ってね?」
そう言ってニヤっと笑うと、からかわれたのに気づいたパメラは怒ればいいのか照れたらいいのか分からなくなったらしく、うーっと唸りながら俯いて俺の胸をポカポカと叩き始めた。
フハハハハ! パメラと会った時にやられた冗談をやり返してやったわ!
俺が満足感に浸りながら、パメラの照れ隠しを甘んじて受け止めた。




