100 長い一日
お風呂の興奮が冷めやらないお姉さん二人の声が風呂場に響く。
「んっ……。それにしても本当に気持ちいいわねえ」
ロングヘアお姉さんエルメナが頭の上で手を組んで伸びをする。薄明かりの中に浮かび上がるそのシルエットがとてもセクシーです。これくらいなら罪悪感が沸かないというのも我ながら小心者だと思う。
「今日は大変だったけど、最後に得したねー。あんなにいっぱい兵士さんが来るとは思わなかったよ。……そういえば、兵士さんに変わった人が一人いたね」
「もう、そんなこと言っちゃ駄目よ」
「だってー、一人だけシルバーバングル付けてなかったし」
シルバーバングルっていうのは例の銀色の腕輪のことかな。それじゃあ領主のことだ。
「……ああ、あのお客様ね。コレット、ああいう人が太いお客様になってくれるのよ。人を見る目を養わないと駄目ねえ」
「ううーん、確かにかっこよかったし、お金も持ってそうだったけどさあ。何だか私の心の中まで見透かされてるようで、好きになれなかったな」
「あなたの好みではなく、あなたがお客様の好みにならないとね。まぁ私も苦手なタイプだけど」
エルメナがふふっと笑う。あの領主、イケメンだったけどいまいちモテてなかったみたいだな。正直ざまあみろと思わなくもない。いいことが聞けてスカっとしたね。
「それに……、私たちよりもマリーちゃんの方をじっと見ていたのも何だか気持ち悪かったよ」
おっと、それは聞きたくなかった情報だ。ずっとマークされていたんだろうか、怖すぎる。
そうしてお姉さん方のお話に耳を傾けていると、いよいよパメラの顔がふにゃふにゃと危うい感じになってきた。そろそろ出たほうがいいだろう。
「パメラ、そろそろお風呂から出ようか」
「ふにゃ、まだ入っていたい……」
そんなにお風呂が気に入ったのか。でももう限界だろうコレは。
「駄目だよ、もう出ないと」
「……わかった」
パメラは不服そうに言ったものの、力が入らないのか一向に立ち上がる気配がない。さっきみたいに脇に手を入れて引き上げるとまた驚かれそうだな。
「それじゃ引っ張ってあげるから手を出して」
「ん」
手を差し出すと掴んできたので、ぐいっと引っ張り上げた。エルメナが心配そうに声をかける。
「あらあら、パメラちゃん大丈夫なの?」
「ちょっとお湯とポーションにあたりすぎたのかも。先に出るね」
「ふふ、パメラちゃんに太いお客様を取られちゃったわね」
「マルク君は将来稼ぎそうだよね。甲斐性があるなら二人でも三人でもいけるよ! マルク君、お店でご指名待ってるからねー」
冗談を言ってる二人に愛想笑いをしながら、そのまま手をつないで脱衣所までパメラを連れて行った。濡れたまま未だにぼうっとしているパメラにタオルを出してやる。
「はいこれ」
「んー」
タオルを手渡したものの動く気配がない。未だに夢見心地のようだ。仕方ないので俺が代わりにわしゃわしゃと髪を拭いてやる。
いつの間にかニコラの魔法が解け、平たい胸族が顔を出していたがパメラが気づく様子もなかった。一応そっと視線を外した。
しばらく髪を拭いているとパメラがようやく自分から動き始める。後はパメラに任せて俺も自分の着替えを始めた。
「先に出ておくね。ごゆっくりどうぞ」
「はーい、言われなくともゆっくりするともー」
着替えが終わり、お姉さん方に声をかけてお風呂小屋から出た。ニコラから返事は無かったが、きっと最後まで一緒にいるつもりなんだろう。
大分狭くなった裏庭に土魔法でベンチを作り、しばらく涼むことにした。アイテムボックスからコップと冷えた水を取り出しパメラに差し出す。
「ありがと」
まだふらふらしているパメラがしっかり受け取ったのを見守った後、自分用に同じものを取り出した。思っていたより喉が渇いていたらしく、一気に飲み干してしまった。
パメラを見ると、水分を補給したことでやっと理性が戻ってきたのか、コップを持ったまま落ち着かない様子でそわそわとしている。どうやら先程までのことを思い出して恥ずかしさで悶えているようだ。今はそっとしておいてあげよう。
「ふうー」
大きく息を吐く。行進を見に行って、悪ガキに絡まれて説教して、手伝いに行って、変な領主に会って、手伝いが終わって、風呂を作って、風呂に入った。これでようやく長かった一日が終わるらしい。
後は三人が風呂から出るのを待って、お風呂小屋を潰した後に寝床を作って寝よう。今日は泥のように眠れる自信がある。
ひとまず夜空を見ながら、三人が風呂から上がるのを待っていると――「アイリス」の裏口の扉が開く音がした。音の鳴った方に顔を向ける。
「あら? この建物は何かしら?」
新たなお姉さんがこちらに近づいてきた。
――ここから続々と仕事上がりのお姉さん方にお風呂を楽しんでいただくことになる。結局俺が眠ることが出来たのは、「アイリス」が閉店し、カミラが最後に風呂に入ったのを確認してからのことになった。
ついに百話まで到達しました! これもひとえに読者の皆様のお陰だと思っております。よろしければこの機会にブックマークをしていただけるとすごく励みになります。感想やレビューも大歓迎です!




