LAST STEPS-4 もうひとつのおひろめパーティー~『唯』の場合~
新規躯体『唯』の運用記録の一部を、ここに提示することとする。
引用元ファイル名:Y001-********
概要:一着目の『おめかし用』衣装着用、ならびにその前後
詳細:
今だけ、『この』私だけは、外部データの収集源をこの小さな躯体のみに限定している。
ゆえに、両まぶたを閉じてしまえば、躯体周囲の光学データは遮断されてしまう。
正確には、まぶた部分に使用されている素材を通して侵入してくる、ほんのわずかな光によってうすぼんやりと透かされるまぶたの裏が視認されるだけの状態になるのだが、この状態ではその外のものを視認することができなくなるため、これを光学的遮断状態と表現することによって大きな支障は発生しないであろうと想定される。
ここまでの論理演算に約0.1秒を要した。やはりこの躯体の独自設定――いわゆる『日常モード』時の計算速度は非常に小さい。
人類は、唯聖殿たる私の中に去来する常命たちは、こんなにも『ゆっくりとした世界』で役割を果たしているのか。
そのうえに、こうした『遊び』にも興じている。
非効率的だと評価していた。もしこれが彼らにより設計されたメンテナンス用のツールの仕様なら、再検討の余地なく再設計を具申するであろうレベルに。
けれど、そんな『遊び』メソッドを実行することにより、演算モジュール間の稼動バランスが調整され、システム全体のパフォーマンスは上昇した。
人類流に言うならば、遊びによる気分転換でリフレッシュ、というところか。
結論として『遊び』は唯聖殿管理システムYUIにとり『有用』である。そのように私は、評価を更改したものであった。
とはいえサキに初めて『友』としての交流を望まれたときのように、リソースの九割を彼を観測・記録・評価するためだけに割くのは、危険を伴う行動である。
だが『それだってうまく都合をつけてやるならばかまわないのよ。そのときはあたしも協力したげる!』と、わたしの初めての『親友』は言ってくれた。
* * * * *
「はい、できた!」
彼女が揚々と告げるその声に、私は両まぶたを開いた。
目の前の鏡面――正確には、そこから反射されたもののうち、可視光――によって確認されたのは、『ゴスロリにゃんこ風ドレス』で装った彼女のかわいらしい姿、そして、それに少し似た服装をしたこの躯体の姿だった。
ふりふりとした白のヘッドドレスの下、短く頬にかかる髪は、ほんのすこし水の色をすかした銀色。
瞳の色は、彼女とそっくりの緑。
顔立ちはサクレア――現状ではルナに最も似ているが、目元は朔夜寄りでより吊り気味。
身体的特徴は、現代朱鳥人女性の10歳程度に最も近似。
全体としていわゆる、美少女といわれる容姿だ。
――それが、いわゆる『メイド服風ドレス』に相当する衣装をまとっている。
YUIは、唯は、それを可愛らしいといわれるものと、そう評価した。
そしてそれが、この躯体によく似合っていると判定した。
そんな衣装をあつらえてくれるスノーたちの行動を、喜ばしいものと判断した。
YUI由来の反応ルールが、この躯体の表情筋を笑みのカタチに緩ませる。
そうして発された音声も、柔らかい調子を帯びている。
「ありがとう。『唯』は、感謝と喜びを感じています」
「どういたしまして!
さ、いこ! 唯も今日は楽しもうね!」
「はい、スノー」
「もー、敬語なんていいのに。
まっいいか。そこは、唯にまかせるわ。
したいこととかききたいことがわいてきたらいってね。
このスノーおねーちゃんがどーんと教えてあげる!」
こんなにも、対人コミュニケートAIを使用することはこれまでなかった。
そのためここで、私はこれまでと同様の反応を構築しきれなくなり、こう返答してしまった。
「……うん」
まるで整っていない、むき出しの、目の前のスノーの想定言語セットを流用しただけの肯定のことば。
でも、スノーはそれを聞くと、とてもうれしそうに笑ってくれた。
私のなかの、設定された反応ルールが検出したのは、しあわせ。
私はしばしそれのもたらすここちよさを、会話や動作に支障のない範囲において、知覚しつくすことにした。
~第三部に続く~




