LAST STEPS-3 お尋ね者たちのティーパーティー~奈々緒の場合~
朱鳥国から逃げ出した『ファミリー』の若、捨てられた生体兵器なエージェント、亡命してきたサイエンティスト。
そんな三人が晴れの日の朱鳥の目に付くことは、さすがにはばかられる。
というわけで俺たちは、人目を避けるようにしておひろめパーティーの日をすごしていた。
といっても辛気臭く部屋に閉じこもってるのももったいない。
せっかくのお城暮らしなのだ。本館三階のテラスにティーテーブルを出し、お茶会としゃれこむことにした。
「なんか、未だに信じられねえな……
ナナと俺がこうして、まったり茶してるとか。
おまけに俺におにいちゃんまでできてるとか。」
アズことアズールが、二杯目のお茶を手にそんなことを言う。
「アズが宰相になってからは忙しすぎて、お茶一杯飲みきる時間もあるかないかだったもんね……」
すると、亜貴がにこーっと笑って突っ込んだ。
「へー。梓にとって俺はおまけなんだー。ふーん?」
「ぶほっ?!
いや、そそそそれはちがう! それはちがうぞおにいちゃん!!
おにいちゃんはおにいちゃんであっておにいちゃんはおにいちゃんだから!!」
「ならばよーし♪」
うん、俺にはよくわからない。
でも、二人は本当に仲がよくて、毎回見ていてほっこりする。
口ではこんなやりとりしてるけど、亜貴はアズをほんとうに大事にしている。
転寝していれば毛布をかけてやり、風呂から上がれば大好きなフルーツ牛乳を飲ませ、ドライヤーで丁寧に髪を乾かしてやる。
そんなときの慈しみに満ちた表情と手つきは、俺の母さんそっくりだ。
そしてアズのほうも、心底信頼しきったようすで身を任せてる。
こんなことをいっては失礼だが、奴の顔にここまで安らかな表情ができることを、知り合ってから数千年、俺は始めて知ったのだった。
「ほんとに二人は仲いいね。
アズ、亜貴んとこに転生できてよかったね」
「……ああ。
おとーさんとおにーちゃんが俺を蒼馬家の子にしてくれなかったら、……
それこそ手の付けらんねえ殺人鬼か世紀末覇王になって、騎士長サマにぬっ殺されてたわ」
「お前、かわいかったもん。
ほっぺたなんかぷにぷにで、おっきな目にはなーんの曇りもなくて、ちっちゃくてかわいい手で俺にだっこせがんできたりしてさ。
……ほんと、あのぶっそーな廃墟街のまっただなかで、よく無事で生きててくれたよ」
「よ、よせやい……」
アズがそういって照れる様子は、王都の外れで初めて会ったときを彷彿とさせた。
でも、そのときやつはもう、中高生ぐらいの姿だった。つまり。
「……見てみたいかも」
すると亜貴は目を輝かせ、一瞬でアルバムアプリ(多分オリジナル)を起動した。
「見るっ?! まずこれが」
「ふぁっ?!」
スマホの画面に表示されたのは、完全に予想を凌駕する愛くるしさだった。
黒髪黒い目、推定二歳か。ほっぺたはふわふわのぷにぷに。くりっと賢そうな、澄み切った瞳。思わずだっこしてつれて帰りたくなる可愛さだ。
以前サクやんにみせてもらった、子供時代の写真に勝るとも劣らない。
「ちょっ、やめてー! 子供んときの写真とか恥ずかしいしぬるー!」
「たかだか一年ちょっと前の写真だろ? でもってこっちがー」
「いやあああ!!」
そして十分後。
「……いま出せるのはこんな感じかな。
よければもっと探してくるよ」
「わー、絶対見せて絶対! 楽しみにしてるっ!」
ニコニコの亜貴とほわほわの俺とは対照的に、アズはテーブルに突っ伏してぷるぷると震えていた。
「うああ……みられた……
俺の全てを……生まれたまんまの俺の姿を……」
「いつもメンテのときはマッパだろ。いまさらなに言ってんだ」
「ぎゃー! もうおれメンテにいけないっ!」
「はいはい。
っじゃー、おじゃま虫はこのへんで。
あとは若い二人でゆっくりなー☆」
「えっちょ?!」
「ああああだからちがー!!」
亜貴は最後に俺までからかうと、満足そうに席を立った。
テラスに残されたのは俺たち二人。
なぜか誤解されたりするが、俺たちはただの親友だ。照れなきゃいけない理由なんてこれっぽっちもない。
けど、亜貴にそんなふうに言われてはなんだか気恥ずかしい。アズのほうもまったくおにーちゃんのいじわるドS、なんて自分のつま先眺めてぶつぶつ言ってる。
しかし席を立つでもなく、もじもじと頭をかくと、もう一度座りなおした。
「あー……。
そのさ。
おにーちゃんたちは育ての親として俺を溺愛してっし、被害こうむった側じゃないからあーだけどよ……。
正直なとこ、どうなんだ?
作戦でとはいえ、俺はサンザンなことをした。でもって、アレは俺の本性だ。
またああいう場面になったら、俺は確実にああなる。
お前のこともボコした。此花を釣るためのエサとして扱った。
お前らがあそこで、俺に勝てなかったら。情けねえガキのままだったら、本気で俺は……
普通なら恐れる。排除しようとするのが普通だ。
……無理してねえか? 板ばさみになってねえか、ナナ?」
「え?
そんな! だいじょうぶだよ!
だって、俺はそれ以上にアズに助けてもらってんだよ?
たしかにまだ制御環つきじゃあるけど、ここまでがんばってきて、だいぶ信用してくれる人も増えたし……
そりゃ、七瀬としてはそれなり含むものはあるみたいだけどさ、それだって時間の問題だよ。
それに、カイルさんやゆきさんは前世からの家族みたいな……」
「そんなじゃねえ。
俺はあいつらをただ、適材適所として配置しただけだ。
……ほんとうに、それだけだ。
騎士長サマが言ってただろ。俺が大事にできたのは、ナナキだけ。
他のやつらには、受け入れてもらえる素地なんかねえ。
此花だってあの当時の記憶を手に入れたら、騎士長以上に俺を忌み嫌う。それだけのことを、俺はしたんだ」
うつむくアズは、かすかに震えていた。
やつは自分で思うよりも深く、過去を恐れ悔いている。
けして、そうとは口にしないけれど。
「……だいじょうぶだよ。
サクやんはね、お前が思ってるよりずっと、ずーっと、でっかいやつなんだ。
お前のその恐れも、きっと吹っ飛ばしてくれるよ。
だって今はお前も、『サクレアの家族』だろ?
サクやんは“家族”を見捨てない。スノーさんもそれをうけいれてる。
大丈夫、お前と俺は、きっと過去をすすげるよ」
そう告げると、アズはほっと優しい目になった。
左目は、生まれ持った黒。右目は、炎の赤と木の葉の緑が出会ってできた、あたたかな金色。
「ナナ……」
そんな美しい両目で俺を見つめ、満ち足りた声音で俺の名を呼ぶ。
そうして、こちらにむかって手を伸ばし……
ぴき、と凍りついた。
俺の後ろを指差して。
「……なにあれ」
ふりむけば、アズの指している先。
南東、はるか沖合いの海面がボコボコと白い。広範囲にわたりあわ立っているようだ。
足元から響く、振動と地鳴りは徐々に大きくなっていく。
まるで、シノケンまえでイツにいが命がけの必殺技を出してきたときのように……
ざばっと海面を盛り上げて現れたのは、見覚えのある塔を擁した島、だった。
まず感じたのは、言い知れぬ不安。
それは、あの会場の人たちも同様のよう。
けれど、バルコニーの下からのざわめきは、すぐに歓声に変わった。
たぶんサクやんが、うまくやってくれたのだろう。
そう思うと俺の胸にも、あたたかな安堵が湧き上がってきた。
かすかにけむる島影に、新たな冒険の予感を感じつつ――
アズに並んで立った俺は、その背中をそっと叩いた。




