LAST STEPS-2 ユキマイ共和国の独立!~咲也の場合~(下)
そこへ現れたのは、サリュート国元首・シャーラ女王だった。
金と白を基調とした豪奢な衣装に身を包み、褐色の肌に鈍い金色の髪、ラピスラズリの瞳の映える、アクションファンタジー映画にでも出てきそうな美女である。
ちなみに顔立ちはイザークそっくりだ。遺伝子の働きは万国共通だということを再認識させてくれるいい例である。
「やっほー、サクヤ君。さっきぶりね? 私をお姉ちゃんと呼ぶ準備はできたー?」
いや、式典パートではこの人、神秘性と慈愛とを兼ね備えた、うるわしき女王様だったはずなんだが……
「いやいやいや!! なんでお姉ちゃんなんですか!! 共通語400字以内で説明してくださいよ?! そりゃ見た目と年齢的にはそーですけどっ!!」
「んー? それはお姉ちゃんだからー。
……話を戻すと、イザークをぶじに婿にやるためよ。
ほら、あの馬鹿弟ってばティアちゃん好きなのにぜんぜん自覚してなかったじゃない?
だからお目付けのサーディンとティアちゃんだけつけてユキマイに行かせたのよー。
そしたらそちらのナイス恋愛大明神が見事見抜いてふたりをくっつけてくれた。
だからしめしめと打診することにしたのね。ティアがユキマイ国民だったら二人が結婚しても無事に両国の架け橋が成立するでしょ? 有能で美人でお役に立ついい子ですわよ、て。
ずばり、一石二鳥三なすびって奴なわけ!」
俺はシャーラ女王のテンションにちょっとくらくらしながら、ハナシを整理した。
「……えーと。そのお話しぶりから推測しますと、そちらではとっくにイザークとティアさんの恋心は見抜いておいでで、今度のことは両国親善とふたりの成就をかねてのアレだったと……」
アレがなにかはぼやかしておくことにする。新米国王にもできる国際平和への配慮である。
「だーいせーいかーい!
でね、ちょうどサクヤ君がメイ博士通じてその話してきたからね、しめしめと恩を売ってダブルサクヤ君をモフモフする権利をもらったのー!
さ、君たち! このおねーさんの豊かなお胸に遠慮なく飛び込んでおいでー?」
俺は度肝を抜かれた。いくらサリュートが一妻多夫制だからって、あまりに積極的すぎやしないかこの人は。
っていうかメイ博士、何で俺たちを売った、ねえ。
「い、い、いや俺、こ、婚約者いるからっ……」
「陛下、お聞きしますが今取り出したブラシは何に使うもので……」
「ブラッシングに決まってるでしょ!
こんなにかわいい子たちに生えてないわけがない!
さあ、ネコミミをっ! ネコしっぽをだしなさいサクヤくんたちー!」
俺たちはもちろん、逃げ出した。
* * * * *
全力疾走しまくって、ようやくシャーラさんを撒けたのはそれから10分後だった。
唯聖殿の空き部屋にとびこんだ俺たちは、応接セットのソファーにぼすっと倒れこんだ。
「ぜえ、はあ……なにこれホント……遥希くんといいシャーラさんといい……俺この一日で5Kgはやせたわきっと……」
「それはなかろう。お前の活力はユキマイの大地から供給される。地力が尽きない限りお前に衰えはない」
「いや俺はいま平常時用神力限定モードだし!
ほんとマジメに何でこーなったんだ? シャーラさんはまだしも、遥希くんは未成年だから酒は飲んでいないだろうし……」
「………………水をもらってくるな」
するとサクは目をそらして立ち上がろうとする。
俺はその肩にすかさず手を置く。
「俺の活力はユキマイの大地から供給される。そういったよなお前が今?
である以上、俺の一の騎士であるお前にも当然その恩恵は及ぶよな?」
「俺はいま平常モードだから」
「じゃあ一緒に行こうか?」
「……………………」
サクはなんともいえない顔で沈黙する。
「教えてくれよ、サク。
まえにイザークも言ってたろ。俺たちの間でちゃんと情報共有しろって。
何が起きてるんだ、俺に一体」
しばし目を伏せて言葉を選んでいたサクは、ふっと息を吐くと話し始めた。
「サキは、俺のチカラを知ってるな?」
「『カリスマ』だろ。
他者を魅了し、動員する力。
それをどーにか使ったのか、もしかして」
「いや。
それはもともと、お前の力だ」
「えっ?!」
「ほんとうだ。
これは、前にも話したかもしれないが……
はじめ俺たちには、大した『チカラ』はなかった。
特に俺には何もなかった。せいぜいひとよりすこし体が強く、運がよかった程度。
子猫だったお前を拾ってからだ。俺にも、異能の力が現れだしたのは」
それは、いつだか聞いたような気がする。
俺はひとつうなずいて、先を促した。
「お前が唯聖殿を出て死んだ後、俺は思った。
次の転生のときでもいい、もしかなうなら、お前ともっと近くなりたい。その苦しみを、わかってやりたい。そしてできるなら、代わりに負ってやりたいと。……
そのときに、お前の記憶の一部と、チカラの片鱗が俺に宿った。そして、瞳の色がお前と同じものになった。
俺のこのチカラは、お前の魂から俺に移しこまれた、お前の力の写しにすぎない」
「てことはつまり……」
「ああ。
今回は建国をスムーズに進めるために、“お前の”そのチカラを少しだけ、大きく引き出させてもらったのだが……その結果の一端が、あれだ。
お前にも、迷惑をかけた。すまなかった。
ただ、これを言ってしまえば、お前はそれを意識し、調子に乗ったり萎縮してしまうかもしれない。そうなれば、お前に悪い影響しかない。
俺はそう、考えていたんだ」
サクは俺にわび、語り終えると、大きく大きく息をついた。
「そっ、か……そうだったのか。
たしかに、うん。あの迷ってたころとか、それ聞いたらヤバかったかも。
ただ、もう今はだいじょぶだ。だって、納得いったから。
まっ、半信半疑じゃあるけどさ。だって俺、どっからどーみたって容姿平凡頭脳平均の一般ピープルだろ? お前みたく超ハイスペックな超イケメンとかならまだしも……」
「おい」
「なに」
サクはこの馬鹿野郎という顔で俺にチョップを放ってきた。
「お前はたまーに、どうっしようもないポンコツになるな!
ただの凡百があんな奇跡を起こせるか?
大学院10回卒業してもあまる量の知識を一週間かそこらでモノにできるか?
YUIとあれほど完全にシンクロして、正気を保ってなどいられるかっ?!」
これは――ヤバい。俺は必死で白刃取り、そのままぎぎぎとせめぎあう。
「だいたい初めて会ったときにイザークが言っただろう、お前がルナに似ていると!
わたしの天使に少しでも似て、容姿平凡などということがありうるかっ!!!」
だがこの言葉とともに、その力は平常レベルを突破し始めた。おい。
「結局それかよってサクさんストップストーップ!!
そのルナさんに似た可愛い俺に全力チョップするんですかっ?! それはあんまりよろしくないかとー!!」
「似ているだけだ! ルナのようにしてほしければあのように上品で淑やかで家庭的で、心優しくも知的でシンは強くて清楚可憐で、この上なく愛くるしい世界一の美少女になってみろ! そうしたら俺も考える!!」
「なれるかシスコン!!」
「努力しろポンコツ!!」
そのとき、がちゃ、とドアが開いた。
そこにいたのは、お茶とお菓子を携えらぶらぶなご様子のシャサさんとイサで……
「あっ」
「あっ……
別の部屋にすっか。俺たちお邪魔そーだし!」
「だね!」
「ちょっとまってきみたち! とめて! このひと止めてぇぇぇ!!」
……だが、俺はこのとき、てんで思い至っていなかったのだった。
イザークが、そしてスノーが示唆していたことが、こんなことではなかったことに。




