LAST STEPS-1 ユキマイ共和国の独立!~咲也の場合~(上)
そこからは怒涛のようだった。
先日の傭兵たちは皆、朱鳥国政府の高官に雇われたと言っていた。
あのレインコートの女や、スノーフレークス園周辺で妨害工作をしていた者たちもそうであると。
また、砂上に残されたタイヤ跡や、録音されていた排気音ほかから、あの装甲車は当時、程近くの某駐屯地にあったものということも判明した。
これらの証拠をもって、ユキシロ製薬株式会社は朱鳥国政府内の有力者により、土地と経済と生活と命を、危険にさらされていると主張。
国際法に基づく国家独立を、全世界に宣言した。
社員や関係者たちを主権者たる国民とし、俺を王とする一方で民主制の議会を設け――
社内外で用いられていたポイントやチケットを通貨とし、ユキマイ砂漠を国土とし――
独立国家『新生ユキマイ共和国』は旗揚げされた。
いくつかの小競り合いや交渉、暗闘、たまに宴会。
ユキマイぞいの国道が封鎖されたこともあった。
このときは、朱鳥国内の経済団体からの苦情でオープンになった。
世界中にネット中継しての即位式。
勝手にその動画とコメントを見ようとして、サクにチョップとお説教を頂いた。
海上を実力で封鎖、にらみを利かされたこともあった。
そのときは、唯聖殿の操波システムでやんわりと退場願った。
完全に流れがこちらのものになったのは、そのあと。
誠人さんから頼まれて、秋葉前首相にこっそり『リコンストラクション』を使い、病床から復帰させてからだった。
裏では瑠名の独立支援派。表では絶大なカリスマを持つ彼が同時に動けば、後は雪崩を打つようだった。
――そうして、年が変わる直前。
朱鳥国は公式に、新生ユキマイ共和国の独立を承認。
同時に、国交樹立の運びとなった。
* * * * *
両国合同の新年会をかねたおひろめパーティーは、各国の公賓・主賓も参加する、実ににぎやかなものとなった。
向こうにいるのは、アユーラ国の陽気な大統領一家。
そちらにいるのは、竜樹国の気さくな公子様一行。
その近くには、センティオ諸島連合の代表団。
独立宣言後、つぎつぎに相互承認をしてくれたミクロネーションの国主やその代理も何人も来ており、かたくるしい式典を終えてしまえばあとはまさしく祭りであった。
独立前のごたごたから一転、友好国となった朱鳥からは現首相、前首相、さらには瑠名本家の一家が列席していた。
現代は議会制民主主義をとる朱鳥国だが、黎明期最大の華族一門だった瑠名家の権力はいまだ絶大。その本家といったら、実質的なロイヤルファミリーなのである。
もっとも当主ご一家は、実はユキマイ独立賛成派だったので、今日このときを大いに祝ってくれたのだけれど。
現首相は前首相に頭が上がらないようで、まるで先生と生徒のように話してる。
二人や当主ご夫妻と握手をし、少し会話をし、これからよろしくお願いしますといちど解散。
そして今ここにいるのは、朱鳥の名家・瑠名本家の三兄弟。
長男の遥臣さんは朱鳥国からの外交官――それも特命全権大使として、両国の国交に携わってくれる。
この人はなんと、誠人さんの幼馴染にして大親友。誠人さんのことも、部下の特別顧問官として連れてきてくれるというので、俺たちとしては大歓迎だ。
見た目を一言で言うと黒のスーツに艶のある黒髪の落ち着いたイケメン。誠人さんと同じ27歳だが、まさしくプリンスといった風格の持ち主である。
遥臣さんと誠人さんが仲良く話す一方で、俺たちのほうには遥臣さんの妹さん、そして弟さんが近づいてきた。
遥臣さんより八歳下の妹さん、遥儚さんはこれまた黒髪のきれいなお嬢さん。
紅を基調とした振袖も美しく、気品あふれるそのお姿は、神話の国のお姫様。
それでも気取ったところはないようで、スノーとあっという間に仲良くなった。
遥儚さんによく似た双子の弟・遥希君はというと、シルバーグレイのスーツをすらりと着こなし、成長した星の王子さま的趣だ。
アユーラの大学で学ぶ一方、誠人さんのところで室長もやっていたというのだからすごい。
……ただこの遥希君、どこかで見たような顔なのだが思い出せない。
いや、目下の問題は、彼がさっきからやけに俺に向かって詰めてくることなのだけど。
「サクヤ。頭の耳はどうしたんだい。それと尻尾は。
ダメじゃないか、国家行事はちゃんと正装で来なければ。早く出したまえ。
ほら、遥儚が待っているんだから……」
救いを求めて遥儚さんをみれば、あらあらうふふと笑っておられる。まるでじゃれあう友人同士を見るかのように、微笑ましく見守っておいでになる。
なお、スノーも彼女と手をつなぎ、仲良くニコニコ見守っている。つまりどっちも助けてくれそうにない。くそう。
「……レディを待たせるのかい、一国一城のにゃるじともあろうものが」
「いろいろつっこみたいことあるけどにゃるじってなんすか瑠名さん――!!」
「僕たちはみんな瑠名だよ。僕のことは遥希と呼んでくれたまえ。
僕だってタメ口だろう、サクヤも遠慮はいらない」
「いやちょっとなんでそんなに迫ってくるのるめ……遥希くん?!
生えないよ! ツメたって俺にネコミミは生えないから! あれはあくまで合成――」
「あれから専門チームを使って全ての動画を精密に解析したよ。あれはホンモノだ。君には生えていたんだよ、サクヤ。
さあ、観念しておとなしく僕に……」
そのとき、俺は気付いた。
「誰に似てるかわかったあんたしあなだー!!
ちっちゃくして銀髪にして目緑にして右目隠してゴスロリ着せたらしあなそのものだ!!」
思わず叫んで、口を押さえた。
遥希くんは一瞬は? という顔をすると、深く深くうなずいた。
「はっ? 僕にゴスロリ?
なるほど、君の好みはそうだったのか……マサトの話でもどういうのがタイプか判然としなかったから、もしやと思っていたけれど」
「ちょ、違うよ?! 違うからね?!
俺にはちゃんともう、スノーという最愛のひとがいるからねー!!
ねえスノー、なんとかいってやって!」
「べつにいいのよサキ。遥希くんにもゴスロリ着せたいなら着せたいって言っても。
あたしも似合うなーって思ってたし」
そのとき俺は最悪なことに気が付いた。
今日のスノーのドレス。よりにもよってゴスロリにゃんこ風味のデザインだ。
「……へえ」
遥希くんの冷たい視線が、俺ひとりに注がれた。
スノーはニコニコ、遥儚さんはあらあらうふふ。もうだめだ。
「誠人さん遥臣さーん! 遥希くんどーにかしてー!!
誤解です! 誤解なんですいろいろとー!!」
俺はたまらず逃げ出した。
* * * * *
ようやく遥希くんをまいたころ、サクが俺をとっ捕まえた。
「いい年をした国王がパーティー会場で走って遊ぶな。
どうした、無理やりモフりたおされかけた猫のような顔をして」
「遊んでない! 緊急事態だから!
遥希くんが俺に生えるだろ生やせモフらせろって! それと、俺のことゴスロリ女装大好き野郎ってー!!
後半は誤解だし前半も間違いだよね? そうだよねサク?!」
「あー……
後半は誤解、なんだな。ならばそう、伝えておくが……
前半についてはなんだ。うん。まあ、気にするな」
「あからさまにごまかしてるっ!
ったく、なんだって動画の俺の頭にそんな、朱鳥の専門解析チームでもホンモノと判定しちゃうようなハイクオリティなネコミミ画像合成すんだよ! そのうえしっぽまで!
どうせやるなら全身ネコアバターにでもしてくれればよかったのにまったく……」
「…… やるか?」
「やっぱいいですすいませんごめんなさい」
俺の勢いからの愚痴を、サクは真面目に検討し、可能と判断したようだ。というか、しあなにGO出して“リアル”ネコアバターに変化させられてしまいそうだ。怖い。怖すぎる。
「まあ、……
俺から言えることはこれだけだ。
原点を思い出せ。強く生きろ。以上だ」
「えぇぇ……」
「それより報告だ。ティアがわが国に帰化することとなった。よろしく頼む」
「は? ……え?」
俺は一瞬、何を言われているのかよくわからなかった。
ティアさんが帰化する。つまり、サリュートの人からユキマイの人になる。
それにはうん、異論はない。彼女はいい人だし有能だし、すごくうれしい話だ。
だが、一体なぜ。
「まさかティアさん……イザークのことはあきらめて、イサと結婚を……?!」
「それはわたしが説明しよーう!」




