STEP9-3 ~Yes, My Load<ワタシノスベテハ、アナタノタメニ>!~
俺は驚愕した。全力で身をもがいた。サクの腕をつかみ、なんとか引きはがそうとした。
「な、なに言ってるんだ! このままじゃナナっちが!!
離せよサク! 俺が行かなきゃ!!」
でも、サクの手はびくともしない。
サクは必死のようすだったが、それでもぜんぜん歯が立たない。
「俺に押さえ込まれるお前で勝てるか馬鹿!!
――考えろ! サキに城主の権限がない理由! サクレアが持っていたもの!
お前が考え付かなきゃどうにもならない!!
奈々緒を、YUIを、俺たちを真に助けたいなら今ここで考えろ!!」
「そんなっ……」
救いを求めてカイルさんを見れば、静かな瞳が俺を見返す。
「サキ殿。戦況は我らにお任せを。
ここで“逃げ”たら、YUIと貴方はもう立ち上がれませぬ。
貴方様が我らの傀儡となるくらいなら、我らの命など、いくらも投げ打ちましょうぞ。
我らは代々、このユキマイのほとりに骨をうずめてまいりました。
六千年の長きにわたり、生まれ変わり死に変わり、貴方様を待ち続けてまいりました。
我らの全ては貴方のためにあるのです。その貴方が、犠牲となってはなりませぬ」
俺が、死んでから六千年。
俺が常世のまどろみにいる間の長い、長い、長い月日を。
このひとたちは生き抜いてきた。
生まれ変わり、死に変わり。
俺たちの場所を守りつづけてきてくれたのだ。
言葉を失った俺に向け、カイルさんは微笑んだ。
「わしとクロウとゆきたちと。約束したではございませぬか。
もう一度、ピクニックにいこうねと。
いっしょにお弁当を作って、青空の下でおにごっこをして、お茶会もおひるねもぜんぶぜーんぶのフルコースでと。
……いつでもよいのです。だが、かなえてくだされ。
我らが王にして、我らの友よ」
モニターのなか、装備を整えたクロウたちが、城から駆け出していく。
シャサさんやゆきさんたちが前庭にスタンバイする。
いつもにぎやかなしあなさえ、黙って管理システムとの意識接続を完了し、じっと俺を見ている。
唯聖殿ではいままさに、幾人もの仲間たちが、命を張ろうとしていた。
勝てないレベルでは、なかった。
しかし、戦端を開けば最低でも怪我人は出る。
もしかしてまた、だれかが海に落ちるかもしれない。
それを考えると、俺はいても立ってもいられない!
「大丈夫だ……俺はやれる。
くぐつになんかならない。やれるよ。
っていうかそれは後だっていいだろ。今はいかなきゃ!! サクも離せよ、離してくれよ!!」
「ダメだ! 絶対にダメだ!!」
必死にもがいた。なのに、サクにかなわない。
俺は、最強のはずなのに。
それどころかぷにふわシートの奥へ奥へ、ますます深く押し込まれてしまう。
「くそっ、命令すればいいのかよっ!
だったらするよ! 離せサク! 神王としての命令だからっ!!」
「お前は王じゃない。まだ即位していない!」
「だったらここで即位宣言をしてやるっ!!
――証人になれ、サク。宣言の形式は今俺が決めた。
お前は黙って承認してくれればいいっ!」
「いいだろう、やってみろ!」
夢中で気付かなかったが、このとき。
とてもとても神聖な光が、この部屋を満たしていたらしい。
「宣言する。
今このときより、俺、此花咲也は完全なるこの地の化身、この地の王だ。
全身全霊をかけ、民の幸せに、国の平和に、力を尽くすとここに誓う!!」
サクが。カイルさんが。しあなが。
ほっとした顔でうなずいていた。
つながる感じがした。流れ込む感じがした。
もうわかっていた。これが正解だったと。
『自らの意思で即位宣言をし、自ら王であることを証した俺』こそ、この唯聖殿の真の主として、定められた存在だったのだと。
「離してくれ、サク。
――聞いてくれ、YUI。
今は俺だけを見て。俺の声だけ聴いて。
たいせつなひとたちを守り、攻めてくるものたちを退けたい。全力でだ。
俺に力を貸してくれ。お前が、その力が必要だ」
俺のすぐそばで、涙を拭く気配がした。
その気配の主はしかし、愛らしく、力強く笑って、俺に手を差し出した。
『Yes,My Load!』
俺も彼女に手を差し出して、もう一度しっかりココロをつなぎ、目を見開く。
そうして、『動き出した』。
* * * * *
視界は360度、さえぎるものとてない絶景。
風を感じる。声が聞こえる。
『お……おい、なんだあれ!』
『ちょ、うそ、マジあれ特撮?! やーだ――!!』
もう、数キロ圏内まで迫っていたからハッキリわかる。
どの装甲車の中も大騒ぎだ。
いくつもの引き金にかかった指たちも、フリーズしている。
『はーっはっはー! やったね此花ちゃーん!!』
『やっとかよ! 待ちくたびれたぞこの野郎!』
一方、唯聖殿外陣前では大歓声。
『ヤッフゥゥ! かーっこいいぞサクっちー!』
『みんな、道をあけなさい。
……此花クンはできる子だけど、念のためね?』
前庭ではもうお祭り騒ぎ。
そんな中、『俺』は静かに前進した。
眼下の庭や、仲間たちをうっかりまきこまないように。
装甲車の中の人たちが、恐慌に陥らないように。
装甲車からの攻撃がきても仲間たちにいかないような位置を見定め、静かに着地する。
そして、俺は車内の人たちに声をかけた。
『はじめまして、だよな。
俺はこのユキマイの王、此花咲也だ。
どこの人か聞いてもいいかな。それと、その引き金から手を離してほしい。
敵対行為をやめてくれるなら、君たちもお客様として歓待しよう。
でも続けるなら、やらざるを得ない。
命はとらないようにがんばるけど、怪我のひとつは覚悟してくれな?』
言いつつ城の外に出て、装甲車列の前にニッコリ立てば、やつらは一斉にすごいスピードでバックしはじめた。
もちろんYUIとの意識接続は維持していた。そのおかげで、車中で『無理! 城が飛んでくるとか無理!! 絶対無理っ!!』という悲鳴がいくつも上がっているのが“聞こえ”ていた。
これで、あとは見送るだけか。そう思ったとき、その場に怒声が響き渡った。
「こうなったら、ナナキだけでも討ち取るッ!」
遠ざかる装甲車のハッチから、黒っぽいものが飛び出した。
砂上に転げたのは、藍色のレインコート。フードで顔は見えないが、声からすると若い女性。
黒の手袋をはめた手に、何か光るものを握った彼女は、転げるように駆け出した。
人間業じゃないその速度、俺たちと同じ異能使いに違いなかった。
もちろん、向かっていく先は海辺で呆然としているナナっちだ。
俺は流砂を発生させ、彼女を転倒させた。
しかし、彼女はそのまま進み続けた。
起き上がるのではなく、砂に身をもぐらせて。
ぞっとした。いまや完全にこの地の化身である俺には直に感じ取れたのだ。
彼女が砂の中をするすると進み、立ちすくむナナっちに迫っていくのが。
流砂をぶつけてもぶつけても、その勢いを止めることができない。
何人もが彼女のいる辺りにむけ攻撃を放ったけれど、砂に阻まれ彼女には届かない!
「ナナっち逃げろぉぉぉ!!」
叫ぶと同時に砂の中から、ナナっちにむけて光が飛んだ――
――かきん。
しかしそいつは、明けの空に跳ね上がる。
そして、あとかたもなく溶け消えた。
タイミングよく飛び出してきた無数の樹の根、そして、襲い掛かった炎のためだ。
「へえぇ。『サンドウォーカー』たぁ珍しいモン見してもらったぜ。
是非とも一晩お相手をー、って言いてぇとこだけど、俺サマはもう“売約済み”の身の上なのよ。
消えろ。
『伝説の大悪神』の炎でもって、物理的に消されたくなければなァ?」
そのとき昇る朝日をバックに、俺たちは見た。
無数のスノーフレークスの根に守られて。
ボロボロの黒のパンクファッションを、傷ひとつない身にまとわせて。
昇りくる朝日に、赤と黒の瞳を輝かせ。
しっかりと優しく友を抱えた“ダークヒーロー”が、不遜に不敵に笑っているのを。




