STEP9-1 どうか、いのちを
「奈々緒にいさまっ!」
ナナっちは救護テントの床の上に座り込んでいた。
肩からかけた毛布に包まり、真っ青な顔で震えていた。
そんな状態ですら、俺たちに向けて笑おうとしてくれたけど、一センチ顎を上げたところで限界だった。
ロク兄さんに背中をさすってもらいつつ、ひとつ、ふたつと震える深呼吸をくりかえす。
とても見てなどいられなかった。
スノーはむぎゅっと抱きついて、俺は手を握って、癒しの力を注いでいた。
しかしナナっちは、三秒も経たないうちに、もうだいじょうぶ、と小さく首を振った。
そうして、ぽつり、ぽつりと語ってくれた。
* * * * *
戦いが始まるまでは、予想通りだった。
けれど、始まってみればそれは異常だった。
20名の傭兵たちは全ての攻撃を、ナナっちひとりに向けてきたのだ。
ナナっちは『七瀬の七番目』。神に近しい存在だ。
けれど、そのココロは普通の成人男子。
いかに、周りの七瀬メンも守ってくれたとしても……
そこに舞い降りたのがあいつ、アズールだった。
ナナっちを背にかばい、殺意さえみなぎらせ、味方であるはずの傭兵たちに物申したのだ。
てめえら、ハナシが違うだろう。七瀬奈々緒は殺さねえと、そういう契約だっただろうが。
けれど、彼らは言った。
知ったことかと。
そんな契約結んでるのはアンタだけだよ。
アタシたちゃーね、邪魔だてすんならアンタも殺せ。つーかむしろ殺して来い。そういう契約結んでるんだよ!
そして傭兵たちは、アズールに攻撃を向けてきた。
ナナっちは思わず、奴の前に飛び出していた。
馬鹿野郎! ナナっちを突き飛ばすアズール。
すかさず後ろに転げれば、銃弾と砲撃、そして『チカラ』の怒涛が二人の間を駆け抜けた。
ここで、操砂システムが起動した。
サクの意志で引き起こされた砂嵐と流砂が、唯聖殿外陣の外側に立つ傭兵たちを一気に飲み込んだ。
しかし、直前に彼らが放った最後の攻撃。
その一部が、アズールを吹っ飛ばしていた。
そのまま海に落ちなかったのは、ひとえに運がよかったためだ。
革ジャンの肩付近が岩角にギリギリ引っかかり、宙ぶらりんになっていた。
ナナっちはすかさず駆け寄り、癒しのチカラと手を伸ばした。
満身創痍のアズールはしかし、かるく笑ってそれを拒否した。
『俺、もう死ぬっぽいわ。年貢の納め時、てやつだ。
俺の死体は、シャサってったな、あのイカしたねーちゃんにでも焼き払ってもらえ。
そら、とっとと帰れ帰れ。この先はお子ちゃま禁止だぞ』
なに言ってんだ、ぜんぜん助かる! ほら、手を伸ばせよ!
お前は怪我人だ。助けなくっちゃいけないやつだ!
ナナっちが必死に叫んでも、奴はその意志を曲げなかった。
『こんなクズ野郎に助ける価値なんざねえよ。
助けなきゃなんて思ってんのは、世界でお前一人だけだ。
ああ、サクちんとソーマちゃん親子ぐらいは思ってくれっかもな。
だがよ、俺なんか拾ってどうすんだ? お前のお部屋で飼ってでもくれんのか、拾ってきた子猫ちゃんみたいに?』
怪我を治して。それから身の振り考えればいい。
助ける価値のない奴なんて――
『こんな危険物どーすんだ。
俺がちょちょっと意識をむければ、城の連中は操り人形だ。
お前も、お前の兄貴もトモダチも、ぜーんぶ俺のオモチャだぞ。
おまえ自身の手でかわいいサクちんを、ひどい目にあわせたかねーだろ?
わかったらとっとと』
それができるなら俺たちこうしてしゃべってないだろ!!
いいから、はやく……
『……そんな風にのたまう馬鹿野郎を、もう泣かせたかねえんだよ』
そう笑って奴は自ら、はるかな海面に落ちてった。
* * * * *
追って飛び込もうとしたナナっちを、ロク兄さんたちは必死で止めた。
ここまで動揺した状態での潜水など、たとえ『七番目』でも自殺行為だ。
それでもナナっちは、もがき、行かせてくれと叫び続ける。
とっさに『わかった、ならば自らダイバー出動要請を入れなさい。彼を確実に見つけたいならば』と告げると、ようやくナナっちは我に返ったのだ……とロク兄さんは語った。
ナナっちは、毛布に顔を埋めて声を震わせる。
「あいつの、いうとおりだよ……わかってる。
あいつは皆に迷惑かけた。百回殺されたって足りないぐらい、皆にひどいことしてきた。
でも……あいつは俺を守ってくれた……
最初は、貴族学校の子たちにいじめられそうになったとき。
……ひとさらいや、盗賊に狙われたり、他の貴族に、暗殺されそうになったり……
どんなときも、何度も、何度だって守ってくれた。
そりゃ、あいつ裏切ってサクやん逃がそうとしたときは殴られたりしたよ。
でも、それだけだ。
さっきだって、俺を守ろうとして吹っ飛ばされて……
さいごにはっ、俺がみんなとの板ばさみでつらくなるだろってっ、自分を殺して俺を守ろうとしてくれたっ!
……人を、守れる男なんだよあいつは。
どれだけ、ひどいことに手を染めて、すさんでいても。
そんなやつ、俺には、見捨てられない……」
「奴が大切にしているのはお前だけだ」
誰もが言葉につまる中、サクがばっさり言い切った。
「お前と、後はせいぜい、世話役としての蒼馬親子くらいだな。
それにしたって、奴の利害と感情に基づく一方的で利己的なもの。
いつ、切り捨てられるかわからないぞ。
俺は奴の振る舞いを、全てではないにしても把握している。
その上で、俺は奴を信用できない。
それこそ、管理システムに組み込み、城主権限で心身を完全に制御でもできん限り、この城に近づけたくすらない」
サクの言葉は冷徹そのものだった。
ナナっちを最大限気遣った上でも、冷徹の域を出ないほどに。
けれど、誰もそれに反論できない。
みなそれぞれに、奴の脅威を知っていたからだ。
「……とにかく、いのちを……
いのちだけでも、助けさせて、ください!
メイちゃんだって、サクやんを見捨てろなんていわれたらできないだろ?!
おれに……ナナキにとってあいつは、そういう存在、なんです……」
伏して頼み込むナナっちに、サクもそれ以上をいえないようだった。
重い沈黙が立ち込めた。
目を閉じて、情報を総合する。自分の心に二度聞いてみる。
OK、OKだ。俺はそれをゆっくりとみんなに告げた。
「わかった、探そう。
あいつももう、帰る場所がないだろ。……ほかの傭兵たちとおなじに。
それに、この城がなってやろう。そうすれば、俺たちに無茶はできなくなる。
どんな凶暴な獣でも、自分の巣穴じゃ暴れないんだ。
亜貴に、連絡とって……あと、お前が側にいてやって。
あいつの巣を、ここに作ってやる。
そして、いずれ国の危機が迫ったら、今までの分あいつに働いてもらおう。
あいつは頭も切れるし、強いからな。ユキマイの安全のためには、それが最善だ。
皆にできるだけ、迷惑はかけない。そのために俺も、あいつの世話をするよ。
大丈夫、今度は盲信なんかしない。ちゃんと目を見開いて、あいつと付き合ってみせるよ」
サクがすっと目を細めた。
「お前、何回あいつにだまされた?」
「四回だ。
ただのいたいけな留学生だってウソで一回。
お前たちを拉致られたってので一回。
で、眠り薬入りの菓子食わされたんで一回。
ここまでで計三回だ。
のこるは現世で、スノーの会話アプリ使っておびき出されたとき。
それにしたって、スノーの言葉自体はホントだからあいつはそれに便乗しただけ。ぶっちゃけノーカンでもいいと俺は思う」
「……は?」
サクがいっそ凶悪な顔でうなった。だが俺は動じない。
「拉致と菓子についちゃ何回かやられてるようだが、カウントは各一回ぶんだけだ。
『サクレア』はそのたび記憶とばされてんだ。学習なんかしようがないだろ」
「おまえな、……」
「だが『此花咲也』はもう学習した。
大丈夫だ、俺を信じろ。
俺も俺なりに、奴の行動を把握したから」
「っ……!」
サクがぐ、と奥歯を食いしばり、俺を睨んだ。
俺はまっすぐそれを見返し、自分の意志を視線に乗せた。
果たして折れたのは、サクのほうだった。
「今度だまされたら、タダじゃおかないぞ。
奴も、お前も。
それでいいなら一度だけ付き合う。一度だけだ。
奈々緒も、それでいいな。それが俺の最大の譲歩だ。これ以上は譲れない」
「はい!!」
食い気味にナナっちは叫び、ありがとう、ありがとう、と何度も頭をさげた。




