STEP8-3 ~ココロコトバ/海の涙~
俺が口に出してしゃべっていたら、他のみんなの邪魔になる。
YUIへの呼びかけは、ふたりの間だけでの念話で行うことにした。
『ごめん、YUI。話戻すが、いいかな?』
YUIは沈黙している。拒否ではないようだ。俺はさらに呼びかけを続けた。
『俺さ、お前の眼鏡にかなう男になれるようがんばるよ。
だからさ、教えてくれ。
まず、どうしたら俺、お前と仲良くなれるんだろう?』
すると、すかさず『声』が返ってきた。
『サキの意図するところの、生命対生命の情緒的・相補的な精神交流を行うことは不可能です。
サキの意識しているYUIは、厳密にはシステム・インターフェースです。
ほぼ全て無機物で構成された機器の内部で稼動している、プログラムの一部です。
自然言語によるスムーズなインプット/アウトプットを実現するために、情緒表現への対応をサポートした対人コミュニケートAIと緊密に連携していますが、それもあくまでプログラムの集合体です。
すなわちYUIに、生物と同じ、なまの精神、そして情緒は存在しません。
よって、サキとYUIとがゴッコ以上の『友達』関係を構築することは、不可能であると結論されます』
俺は、きっぱりと首を振っていた。
『そんなことない。
スノーなんて、幽霊だったんだぞ。ほんのちょっとの間だけどさ。
だけど、俺のことを好きでいてくれた。
お前は自分の体はキカイだから心なんてない、ていうけど、スノーは体すらなかったんだ。
そんなスノーのことを俺も、ずっとちゃんと好きだった。
俺たちの心は、確かに通じ合っていた。
同じだよ。俺たちのこの心だって、たくさんたくさんの学習で成り立ってるものだ。プログラムの集合体、情報処理ルールのカタマリだよ。
……だけど、愛し合える。友達になれる。
だからYUIと俺は、友達になれるんだ』
さっき、シートの前でYUIに話しかけてたとき俺は、必死に頭をひねってた。
だがもう、頭を使う必要なんかなかった。
言いたいことも言うべきことも、全部心から流れ出てきた。
『っていうか、情緒とかないって言ってるけどYUI、お前かなり情緒的な言動してるぞ。
気付いてるだろ?
封印解いたときなんか、砂嵐でやたらバシバシ俺のこと叩いてきたし。
それに“ゴッコ以上の『友達』関係”とか――高一んときにナナっちが、俺のことなんとか突き放そうとして、半泣きで言ってたのと同じ言葉だぞ?』
『なっ、……』
『ほら、そんなふうに絶句だって出来る。
それが、お前の心だよ。持ってていい、認めてもいいものなんだ』
『……サキ……』
すぐ側で、照れて微笑む気配がした。
彼女が手を差し伸べる。俺が手を差し伸べる。
そっと重ねれば、俺たちの意識はまったくひとつにつながっていた。
流れる暖かいものは、一体どちらのものだろう。
そんな問いさえ、意味を成さないほどに……
「サキ!」
そのときサクの声が耳を打った。しまった。俺/YUIが意識を向ければすでに、戦況は待ったなしとなっていた。
両軍の距離がかなり近い。この状態で警備システムをアクティブにすれば、ナナっちたちが巻き添えとなる恐れがある。
それを回避するには、もっと精度の高い操作のできる、操砂システムを使わねばならない。
サクとナナっちがやってみろ、といったとおりに。
だが、それは唯聖殿のスペシャル機能。城主本登録ができていない、いまの俺には動かせない。
YUIとひとつとなっていたからこそわかった。俺にはいまだ、その資格がない。
俺は、この状況をどうにもできない!
サクもそれを悟ったようだ。半分シートに埋もれた俺の頭を掴むように触れ、直接『声』を伝えてきた。
『全権の代理者として命じる。
操砂の錫を我に委ねよ!』
全てを圧し響き渡るは、城主代理権限による命令。
すなわち、YUI/俺にとっては、絶対のオーダー。
「Yes,Master」
YUIの/俺の言葉/声は、考える間もなく出て行った。
* * * * *
疑問を感じる間とてなかった。俺/YUIは、サクの意志のままに蹂躙した。
唯聖殿周辺の砂を風を、唯聖殿のエナジーシステムから引き出した巨大なチカラで操り、アズール以外の襲撃隊をことごとく呑みつくす。
ぐるぐると翻弄され、無力化されたものたちを、砂の表に静かに吐き出す。
……そこまでを行わされたのち、俺はやっと開放された。
作戦は大成功に終わった。
こちらの死傷者はゼロ。物損は軽微。
20人の男女と五台のジープ、満載されてた武器弾薬、すべてをほぼ無傷で“救出”。
けれど、俺は喜べなかった。
ナナっちが、泣いていた。
切り立ったがけの上、からっぽの手を伸ばしたまま。
ロク兄さんたちに抱きとめられながら、はるか下にひろがる海面にむけて、涙をこぼし、嗚咽していた。
「ナナっち、どうし」
「助けて、……」
YUIを介して、精神のチャンネルが開いていたせいだろう。
ナナっちの胸のうちがそのとき、どっとばかりに流れ込んできた。
『クラスメイトに襲われた俺を、助けてくれた。
関係ないのに、助けてくれた』
『“ほっとけないから”。たったそれだけの理由で、あいつは人を助けるんだ。
……あいつは、俺とおんなじ。こころから、悪い奴なんかじゃなかった』
うすぼんやりと“見え”てきたのは、黒髪の少年。
ふてくされたように背けられた、けれどかすかに照れた横顔。
俺か? いや、なんかが違う。
だいたいナナっちはクラスメイトに“避けられていた”。
襲われてなんか、いないはずだ。
『あいつに、夢を語った。
困ってる人たちを助けたい。
王の政策のために辺境に追いやられ、貧困にあえぐ人たちを救いたい。
あいつは鼻で笑ったけど、それでも何度でも、俺を助けてくれた』
『一緒に、勉強した。
留学先から、何度も何度も手紙をくれた。
国王をチカラで無力化したことは納得できなかったけど、それでも、俺にチカラをくれた。
王の政策の犠牲になって、苦しむ人々をたすけるだけのチカラを』
ここでやっと理解した。これは、前世の記憶。そしてそれに基づく想いだ。
ナナっちがまだ、ナナキだったころ。何千年も前の、遠い思い出。
――ということは、まさか、これは。
『知らなかったんだ。
まさかあいつが、サクレアを。
あいつのだいじな、ともだちだったはずの――』
これ以上を聞いていいのだろうか。そんな気がした。
何か大変なことになってしまう。そんな気がした。
『それでも、あいつは俺にはいつも優しかった。
貴族たちに疎まれて、暗殺者を差し向けられる俺を、守ってくれた。
何度でも、何度でも、守ってくれた』
でも、流れる声は止まらない。俺には、止めるすべがない。
『ああ、ぜんぶ覚えてる。
奈々緒として最初に会ったとき、あいつがうれしそうな顔してたこと。
でも、記憶がないとわかって、しょんぼりしていたこと。
そして、俺がただ七瀬を拒み、家を出てフリーターとして生きてると聞いて、ものすごくがっかりしてたこと』
『めちゃくちゃ馬鹿にされた理由も、今ならわかる。
……それでも頭を撫でてきた理由も、いまならわかる』
『モノミドリ』を通じて、ナナっちの泣き声が響いていた。
このシステムルームに。俺たちの耳に。
「ともだちだった。
ともだちだったんだ。
あいつは――アズールは。
だいじなやつだったんだ。
あいつとおれは、ともだち、だった!!」
ぐさりと胸を刺された、思い切り頭を殴られた。
そうとしか言いようのない衝撃が、俺のココロをひたすらに圧倒していた。




