STEP8-2 侵攻、雪舞砂漠
みれば、広域監視システム『モノミドリ』で捕らえたかなた――雪舞砂漠の入り口付近、ここから30kmほど北西で、ジープの車列が砂煙を上げていた。
光学映像をさらに拡大すれば、そいつには武装した男女と、やつらの操る火器類がこれでもかというほど満載されているのがみてとれた。
それと機を同じくして大量の情報が、俺の脳内に流れ込みはじめた。
光学的、操気学的、その他さまざまのデータが、数千年かけて蓄積されたデータベースのそれと照合され、必要な情報がピックアップされていく。
そうしてそれらをもとに、二次三次と検索と検証が重ねられ、さらに情報は緻密なものになっていく。
たとえばコードネーム、身元、主な経歴。概算での身体能力、得意な武器や戦闘方法。
携行している武器類の性能。移動速度と武器の射程距離から算出した作戦開始までの残り時間、そして考えられる作戦のシミュレーションが五通りとその確度などなどなど……
それら全てが一秒に満たないうちに、全て俺の脳内で統合され、意思決定の材料となった。
結論。プランAは危険である。
俺はすかさずナナっちたちに呼びかけた。
『ナナっち、みんな!
すぐ城に戻ってくれ。北西30Km、ジープ五台で傭兵グループ20名が来てる。
――プランBで行こう。戦力がでかすぎる』
やってきたのは期待値よりあきらかに大きい戦力だった。
軍務経験のあるエージェントに加え、外国籍の傭兵までいる。数こそ一個小隊程度なものの、あきらかにワンランク、いやそれ以上の力を持つ。
そんなのが、罪なき製薬会社の私有地に不法侵入かまし、違法な武器ってか兵器をめっちゃ携行し、社屋に向けてつっ走ってきてる。完全に犯罪者。どうみてもテロリストだ。
ぶっちゃけこんなの投入したら、朱鳥政府も無傷でいられるはずがない。
タダでさえ、シノケンの件で疑惑の目が向けられているいま、そこまでの無茶はまずしてこないだろうと予測していたのだが……
彼らは、やってしまったようだ。
ともあれそうなると、プランA――ナナっちたちがオトリになり、奴らを『砂嵐&流砂に巻き込んで』、まあ実際は警備システムの餌食にして捕獲するぞ作戦――は、危険すぎる。
つかぶっちゃけ、いやな予感しかしない。
だが、ナナっちから返ってきた返事は驚くべきものだった。
『……
ううん、プランAでいい。そのままいこう。
まかせて、俺たちなら出来るから。サクやんさえしっかりやってくれればね』
『ちょ……』
七瀬は『荒ぶる七瀬』の別名をもつほどの戦闘力を誇る。
神代より水と大地の二属性をあわせもってきた彼らは、その二つを掛け合わせることで絶大な力を引き出すことが出来るのだ。
その実力は、朱鳥国内においてなら、ユキシロ警備隊に勝るとも劣らない。
しかし、ここはユキマイだ。海や地下水脈があるとはいっても、空気と砂はまだほとんどからから。つまり七瀬の属性の片方である、水があまりに少ない。
さらに、あいつらはまるで戦争にでも行くかのような武装っぷり。
『いや危険だろ!
だいたい俺、まだ城主エンゲージできてない! 操砂システムなんか……』
あわてる俺に対し、ナナっちは冷静だ。いやむしろ、笑みさえ含んだ優しい声で説きつけてくる。
『あちらの戦力がもっと強化されたら、作戦遂行がもっと難しくなる。
だからこの段階でやるしかない。
有利だと思わなければ、あの人たちはここまで来てくれない。
だからまずは俺たちだけで対処する。
――そして本番に強いサクやんなら、ちゃんとフォローしてくれる。
まちがってないよね、サクやん?』
ナナっちはだれより優しいけど、そのぶん強い奴だ。
それはよーく、わかってる。
でもこれは、強いっつーよか無茶振り野郎だ!!
『にゃあああおまえ誰に似たんだよー!!
サクか? サクなのかナナっちー!!』
『お前だよ』
『お前だな』
俺がパニックを起こすと、通信にサクが割り込んできた。
『落ち着けサキ。お前はいつもどおりシステムYUIを“落とせ”ばいい。
独走野郎のフォロー、たまにはする側に回ってみろ。
……なに、いざとなったらわたしがフォローしてやる。
これを機会としっかり学べ、われらが王よ』
『てめえら俺に厳しすぎー! やるよ、やればいいんでしょー!!』
半泣きでシートに身を沈めれば、室内にはすでにカイルさん、サク、そしてしあなとスノーの姿があった。
カイルさんは俺から見て右前方に浮かぶ、大きな水晶球に手を置いて警備システムへの意識接続をしつつ、緊張した表情をみせる。
「ついにきましたな。
気をつけてくだされ、なにやら胸騒ぎが致します」
サクは肘掛け椅子のすぐ右に立ち、不穏な目つきでモニターを睨んでいる。
「言いたくないが、わたしもだ。
……もしやあの外道が来ているのではないか」
「そっか、その可能性があるな。
いまのところ、確認は出来てないけれど……」
『まっさん。ジープと周辺、見てどうだ』
軍師もこなすゴスロリ天才美少女しあなは、シートの左アームレスト部分にすとっと腰をかけ(俺があわてて手をどけたのは言うまでもない)、警備セクションに詰めている松田さんに指示を飛ばす。
『……いえ、いないようです。
あの者たちとの本日中の接触の痕跡はありますが、現在本人は車内およびその周辺にはいないかと』
松田さんの『スペクトラム・アイ』。すごいと思っていたが、そんなところまでわかるのか。
驚いていると、しあながさらに驚くべきことを言い出した。
『太陽の方向を見てくれ。目をつぶっとけば何とかなるだろう?』
いや、雑すぎだろ。俺は心の中で突っ込んだ。
『もちろ…… っ!』
いや、いいんかい、と思わず口に出して突っ込もうとした、そのとき。
『いますっ! 太陽を背にして炎気を隠してっ!』
「よしさっくん、城をぶつけろ!」
「できるわけないだろっ!!」
どんなオーバーキルだそれ。っていうか……
「それ以前に俺は『城主』登録すらできてないんですが?!」
思わず叫びかえせば、しあなはふっ、と笑って、さらにひどいことをのたまった。
「モフらせてやれさっくん。女性ならそれでイチコロだ」
「男性だったら?!」
「メロメロだ」
「……もー、しあなってば……」
これにはスノーもあきれた様子で、とがめる調子の声をあげた。
「そもそもいまのサキには生えてないでしょっ。
っというわけでサキ、いまからあたしとらぶらぶしましょ!
そーすればユイだって、やきもちやいて出てくるわ!」
と思いきやこっちもとんでもないことをおっしゃった!
なおかつ、いつの間にか俺のお膝にちょこんと座っておられる。
きれいなおめめをきらきらさせて、期待のお顔で俺を見上げていらっしゃるっ!!
「ちょっ、スノーさんまでっ!
むりです、だめです、こんな状況で!!
いやうれしいです。うれしいですけど今はそんな場合じゃないっすから!!」
俺はあわてながらもスノーを抱っこし、丁重に床に降ろす。
スノーもしかたないと思ったのか、今回はごねはしなかった。
サクが大きくため息をつく。
「こらおまえたち。サキにそんなことを言っても無駄なのはわかりきっているだろう。
話を戻すが、わたしには何やら、思惑がありそうに感じられる。
我ら相手に身を隠すなど、意味がないのだからな。
ひとまずは泳がせよう。おかしな動きをしたなら、わたしが責任持って――
安心しろ、命はとらん。奴には利用価値があるからな」
サクはもしかして、俺を安心させようとそう言ったのかもしれない。だが、目がぜんぜん笑っていない。つまり、怖さが倍増しただけだった。
「……たすけてカイルさん」
限界を迎えた俺は、唯一の常識人に助けを求めた。
「え、えっと、サキ殿はYUIとのアクセスを試みてくだされ。
方々、その間は我らで守りますぞ!」
「了解!」
おお、さすがは長老! やつらは一斉に賛同してくれた。
俺はカイルさんを拝むと、深呼吸して気持ちを切り替えた。




