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咲也・此花STEPS!! 2~訳ありフリーターだった俺が伝説の砂漠で一国一城の『にゃるじ』になるまで!~  作者: 日向 るきあ
<後半>STEP8.~ココロコトバ/海の涙~

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STEP8-0 破滅確定、月は冷たく見下ろして~総合政策コンサルタント“月兎”<ツキウサギ>の場合~

 件の動画を見た『方々』の反応は想像に難くなかった。

 もっというならば、完全に想定どおりだった。


『――“兎”。なぜ憂城甲斐が奴らにくみしている?!

 奴はいつの間に奴らと接触を持った?!』


 そんなものは僕の管轄ではない。

 予想済みの、馬鹿らしい質問。用意しておいた答えをよこしておく。


「その件については、現在“再”調査中です。

 最も有力なのは、○月×日17時43分より約五分間。

 すなわち、憂城氏を乗せた車がユキシロ製薬本社ビル側の道路を通行していた時点かと。

 その間に、立ち話でもしたのでしょう」

『馬鹿な。憂城がたった五分の立ち話で相手を見極め、協約に至っただと……

 私とて奴との面談を取り付ける、たったそれだけのために何年もかかったのだぞ!!

 この、この私がだ!! 冗談も休み休み吐け!!』

『落ち着け。相手は古代神とそのイヌだぞ。

 どうせ、前世のつながり、とやらがあってのことだろう』

『そういえば、憂城の係累が何人か入社していたようだな。

 そいつらを使ったのだろう。あの猫野郎どもならやりかねん』


 猫野郎。言いえて妙だ。

 今回公開された二本の動画。そのなかの“ソル”には、クオリティの高い猫耳と尻尾の画像が合成されていた。いや、もしかするとあれは、本当に生えていたのかもしれない。

 ネット上はかわいい触りたいモフりたいモフりたいモフりたいの嵐が今も吹き荒れている。

 あれは、公の場に出してはいけない類のものだ。僕はそう思う。


『そんなことより問題はあの庭園だ。

 いつの間にあそこまで緑化を進めていたのだ。複数の植樹に芝生まで敷き詰めて。

 さらに、あの水路。砂漠の真ん中であれほど惜しみなく水を流すなど、アル=レイムの王宮もいいところだぞ』

『CGだ、決まっている』

『緑化については、すでに報告書が上げられているがな。

 中央部分の遺跡の調査、修復についても、すでに完了と』

『嘘だ! 調べさせろ。こんなもの、嘘に決まっている!!』

「“瑠名”遥希はるき氏の着任した緑化事業室が、虚偽の報告を上げたと。……

 それは、由々しき問題ですね。

 朱鳥国宗家の方々にかかわる問題ですので、正式の」

『待ってくれ、やめろ! これは言葉のあやだ、興奮しただけだ!!』

「……かしこまりました」


 瑠名遥希はどうか知らないが、彼に報告を上げた男は嘘をつくような人間ではない。

 その不快感が声ににじんでいなかったかどうか。やや気になるところではあったが、まあこの男にはわかるまい。


『いや、方々。おそらく、アレはホンモノだろう。

 気象レーダーには同時刻、あの場所での短時間の降水が観測されている。

 それをなしうるだけの化け物どもが、あそこにはいるのだ』

『七瀬、か……』

『ユキシロへの暴対法の適用は本当にできないのかね?』

「不可能です。

 彼らは“ただの”製薬メーカー。

 地域の防犯・防災にも貢献し、凶器準備集合の気配もなし。

 それを七瀬取り込みを理由に摘発など試みれば、どれほど世の反発があるか知れません。

 そもそも、七瀬本家は世襲制の旧家に過ぎません。暴力団体の形式をなしていないのです」

『……なるほど。

 ユキシロ製薬には武力がない、と。そういうことになっているのだな?』


 はたして彼は、気づいたようだ。


『ならばやってしまえばいい!

 本当に武力がないなら、そこでしまいだ。唯聖殿は、我らで頂く。

 もしも防げたなら、やつらは武力を隠し持っていたということ。凶器準備集合の容疑で摘発すればいい!

 きれいごとを言いながら実は詐欺師のテロリストだったとなれば、猫野郎どものイメージも地に落ちよう。クラウドファンディングは崩壊、ユキシロは破綻だ!』

「……本当によろしいのですか、それは……」

 僕の声にはいささか、過ぎた感情がにじんでいたのだろう。

 彼は意趣返しのように吠え声を上げた。

『指揮を執るのは我らだ。お前がそういったのだろう。

 御託はいい、黙って従え!』

「……かしこまりました」


 ああ、やはり、こうなってしまったか。

 残念だ。ああ、とても。

 僕の楽しみは、やはりここで終わってしまった。

 あとは、ただの作業。予定通りの、脳内出来レースの再現だ。

 わかるものにはわかっている。たとえば、あの深い声の主などには。


『アレを行かせればいい。アレならば充分なだけ壊し、奪ってこれるだろう。

 今度は本気で攫わせ、落とさせろ。

 出来ないというならば、奈々希もろとも殺してしまえ!』

「……は。ご指示のままに」


 だが、その方は今日は“たまたま”いない。

 そのほかの穏健派も、“なぜか”。

 だから、こんな暴論が通ってしまった。

 破滅確定の最後の一歩でしかない、こんな“判断”が。


 しかし、それは僕の管轄では、もうない。

 僕はただの総合政策コンサルタント。

 瑠名にゆかりをもつだけの、何の変哲もない一学生だ。

 たとえ破滅のプランでも、クライアントが是非にと望んで求めるならば、黙ってそれを執行するだけ。


 一礼し、退出した僕は、まず旧知に連絡を入れた。

 もちろん、それは必要からだ。


「今いいかい? プランはBに決まった。

 で、お兄さんはどうしたいって? 裏切りたいなら“消す”算段をしとくけど。

 ああ、わかった。じゃ、そういうことで。」


 そうしながらも、僕はまた、あのネコミミを思い出していた。

 猫は、嫌いではない。だが、それだけだ。

 まして、成人男子のあざといネコミミ姿になど、僕は興奮したりしない。

 もっとも、遥儚はるなはさわってみたいといっていたので、此花咲也とのコンタクトは今後必須のミッションだ。

 当然、僕の天使の手が触れる前に、相応のチェックはさせてもらう。

 僕がアレを、触りたいわけではない。けっして、僕が触りたいわけではない。


 ――見上げれば今夜も、冴え冴えとした月夜。

 遥儚の手のような白く、清らかな輝きは、今日もしらんぷりして下界を見下ろしていた。

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