STEP2-2 ~戸惑い、迷い、面食らい~
2019.10.07 改稿いたしました!
2019.03.31
誤字報告をいただき、ありがとうございます。
さっそく修正させていただきました。
第7部分85行目: 俺、自分の息子がそんなこと言ったら、きっとまず病院『池→行け』って言っちまう……」
「この企画は、ただの通過点に過ぎん。
ユキシロはこの年内に、独自の領土、国民、法と通貨を有し、独立した外交と経済活動をなす『新ユキマイ共和国』となる。
そしてその国家元首にお前がなるのだ。
かつてユキマイを統べていた、神にして王、サクレアであったお前がだ」
がこ、と顎が落ちた。
冗談、としか思えなかった。
けれどサクは、こういう冗談を言うやつじゃない。
なにより、目の前の深緑色は、一片の笑いも含んではいない。
「……なん、で……
そりゃ、言ってたけど。ユキマイ砂漠ならテロとかやられてもまだ被害少ないって。
でも、独立国家なんて……そんなにまでする必要があるのか」
「ある」 サクはきっぱりと言い切った。
「朱鳥国政府の中にも、偉名の残党はいる。
お前の身柄を奪い、豊穣神としての力を盗用せんと目論む輩がな。
もし奴らが全て手を結び、国家が総力を挙げて狙ってくれば、国法のもとにある一企業が対抗するのは至難の技だ。
たとえばいまの朱鳥では、相応の理由がない限り、上水道からの水の供給を止めることは禁じられている。
だが、国家のチカラで『相応の理由』を作られてしまえば……」
「…………。」
確かにそれはまずい。
ユキシロは、地下水と雨水、中水を大いに利用している。
しかし、それだけでは足りないのが現状だ。
そのため、上水道、ならびに下水道は部分的にだが、朱鳥国のものを使用している。
「えっと、ファームは俺の力でまかなえるし、ほかは……」
言いかけて、口をつぐんだ。
神である俺はまだしも、ナナっちたちは人間だ。
いや、神である俺でさえ、前世、力を使い果たして死んだ。
最後の最後、ほかにどうにもならない事態ならまだしも、日々の業務と生活の維持に俺たちの『力』を当てにしてはいけない。
サクはよし、というように小さく口角を上げた。
「正しい判断だ。
なら、この先もわかるな」
「土地も、財産も取り上げることができる。国家の力なら。
人をだますことも――とらえることも、そうして、利用することも」
声が震えた。それらは全て、かつて俺が見てきたことだった。
かつての俺はアズールにだまされ、他国侵略の尖兵として利用され。
侵略する国が大陸からなくなったあとは、栄養剤を生み出す家畜として囚われた。
あいつがどれほど狡猾に、国家の力を悪用していたか、今ならわかる。
そして俺が、どれだけ脳天お花畑だったかも。
いや、今だってお花畑だ。
本来なら俺が気づき、言い出さねばならなかったことなのだ、これは。
ああ、なんてこった。じわっと目の前がにじんできた。
「お前のせいじゃない。
俺が、甘かったからだ」
そのとき優しい声が振ってきて、あたたかなものが頭に乗っかった。
「俺たちが、お前を守れなかったせいだ。
お前が、泣かなきゃいけないことじゃない」
「……サク」
サクが隣に座って、慈愛に満ちたまなざしで俺を見ていた。
そうして、頭をなでてくれていた。
ふわり、あたたかさが胸に満ちてきて、俺の涙は消えてった。
サクはあのころからずっと、俺が落ち込むとこうしてくれていた。
ふしぎなことに、するとすうっと、悲しさも、痛みも消えていくのだ。
野郎が野郎に頭なでられてほわほわもないものかもしれないが、それでも俺は、サクにこうしてもらうことがやっぱり好きだ。
だから、しばし甘えることにする。
目をつぶって、やつの語る夢を聞きながら。
「二度と、繰り返さない。
もっとしっかりした体制を敷いて、今度こそ一生お前を守る。
お前をただの神としてしか見ない奴らなんかに、お前を、その笑顔を奪わせないために、俺たちはもういちど国を作る。
そう、決めていた。ずっとずっとまえから。
そしたらお前には、そこでまた王になってほしいんだ。
ほかにふさわしい奴なんか思いつかない。だってお前は、俺たちの知るどんな王より、優しくて強い、いい王様だったから」
『うん!』そう言いそうになっていた。
俺がサクレアだった頃なら、そう言っていただろう。
そうしてサクの胸にぽすっと飛び込んで、二人で笑いころげていただろう。
でも。
「待ってくれ。
昔は、そうだったとしても……
今の世で、俺が一国の王として、正しく舵を切っていけるのか。
そんな自信、俺には……」
確かにそれでも、サクレアは神で王だった。
けれど『此花咲也』は、すこしテストの成績がよかっただけの新米部長。
もとフリーターの枕詞がとれてない、平和ボケした現代を二十年ちょっとしか生きてない、平凡な青二才にすぎないのだ。
「それに、王様になんかなったらその……家族も、大変かもしれない。
ユキマイに国を作って、そこに連れて行くなら、舞雪村を捨てることになる。
残るなら、いつ俺たちを揺さぶろうとする奴らに襲われるか……」
「安全面については対策を採ってある、と言ったら?」
「それにしたっていきなり神で王だぞ!
俺、自分の息子がそんなこと言ったら、きっとまず病院行けって言っちまう……」
言いながら、心底情けなくなってきた。
サクは、みんなは、俺に期待してくれている。かつて神王サクレアとして、皆を守り導いたはずの俺に。
なのに、俺は。今の俺は……
救いとなったのは、サクの冷静なアドバイスだった。
「一度、ご実家に連絡を取ってみてはどうだ。
俺がお前をスカウトした日、近隣のご神木がいっせいに花を咲かせたそうだ。
神であることは信じてもらえる。と思う。
いっそ、一旦帰省するのもいいな。もちろん一緒に行く。不埒の輩には指一本触れさせん」
「…… まず、デンワして、みる。
かえるにしても、アポなしで行ったらうちも混乱するだろうし……」
「わかった。
何らかの結論が出たら、いつでも言ってくれ。いや、相談にもいくらでも乗る。
早朝でも、真夜中でもかまわない。メールや電話でも、直接でもな」
「……ありがとう」
そういうとサクは、にっこり笑ってくれた。
実に頼もしい、その笑顔。こいつがいっしょにいてくれるなら、王様だってできるような気がしてきてしまう。
でも、過信は禁物だ。
かつての俺は、こいつがそばにいるのに、あの男にだまされ、みんなを殺されたのだから。
いつのまにか、日も傾いていた。
ひとり、部屋に戻る。ドアを閉め、ベッドに腰掛けた。
スマホを手に取り、また置いた。
「……スノー、俺、どうしたらいい……?」
胸に下げた小瓶のなかに問いかける。
ちいさな綿毛はこたえることなく、ふわふわといたずらにゆれている。
「……そう、だな。デンワ、してみてから。それから……だよな」
俺は意を決し、いま一度スマホを手に取った。
短縮ダイヤルをプッシュ。ほんの2コールで、電話は取られた。
「もしもし?」
「あ、おふくろ? その……」
「やっとかかってきた! どうなの、そっちは?
ちゃんとサクレア様として覚醒できた?」
「へ?」