STEP6-3 ご訪問・七瀬本宅!(2)~七瀬の恋のものがたり~
七瀬本宅・奥の間。
そこで俺とサクは、上座に通された。
サクはまだしも、俺なんかはどーみたってちょっといいスーツを仕立ててもらった新卒だ。
対して腕の怪我も治り、黒の紋付でビシッと決めた吾朗おじさんは、ニコニコしてはいたもののこれぞホンモノの貫禄。
――これは完全にすわるとこ逆だろう!
なので、思わず遠慮しようとしたが、サクが『お受けしろ、それが礼儀だ』とささやいてきたので、あわあわしながらも床の間を背に座った。
仕切りの障子を二つ開けた、広い広い畳の部屋。
そこにずらっと、真面目な顔になった黒の紋付やスーツの人たちが控えている。
「どっ、どうしよう、俺『殿』になっちゃった……?」
ぽろっと口からこぼれたら、くすっとナナっちが笑い、スノーが、おじさんが笑いだし。
それを手始めに、広間は笑いに包まれて。
俺の緊張もほぐれて解けていったのだった。
「本日はお越しをいただき、ありがとうございます、お二方。
いまここにわれらがあるのは、貴方がたのおかげ。
改めて、御礼を申し上げますぞ」
目じりを下げた吾朗おじさんが、丁寧に一礼しつつ、口火を切ってくれた。
俺もあわてて頭を下げる。
でも、そこからはなぜかスムーズに、言いたいこと、聞いてもらうべきことが口から出てきた。
「あの……俺は、そうしたくってしたんです。
奈々緒君は、俺のことをいっぱいいっぱい助けてくれました。
シックハウス症候群で学校に行けなくなったときも、仕事が見つからなくて困ってたときも、だれより力になってくれました。
そんな奈々緒君のお父さんたちだからこそ、助けたかった。
社長やみんなも、そんな気持ちに共感してくれた。
だから、がんばれたんです」
こたえる俺の声が広間に響けば、じん、とした雰囲気が広がった。
そう、本来なら、俺はここで自ら口火を切って、一席ぶたなきゃならなかった。
だが、俺はいまだ、記者会見すらこなせぬド素人だ。
それは、シノケンに向かう最中とか、作戦中はいろいろ言った。
でも、あれは無我夢中で口から出てきた、ほぼ個人から個人への言葉だ。
そんな俺にへたなスピーチをやらせるよりかは、そのときのように、こうして自然に話す言葉を聴いてもらったほうが、皆も俺のことがよくわかるだろう。
これはそんな、おじさんの判断と配慮により誘導してもらっての、パフォーマンスなのだ。
心の中で、頭が下がる。やはり、おじさんはホンモノだ。
俺もいずれは、こんな風になりたい。いや、絶対なろう。
じーんとしていると、横合いから愛らしい声が響いた。
「ねえねえ、あたしはー? あたしのことも、それだけ?」
今日はつややかな黒のワンピースに小ぶりの真珠のネックレス、という姿のちいさな淑女は、桜の花のようなくちびるを尖らせる。
「花菜恵ちゃんは前世から約束してくれてただろ?
『きっと生まれ変わって、しあわせに……」
するとスノーはツボにはまっちゃった様子で噴き出した。
「っ、ふふっ、ふふふちょっ、サキっ、それっ、それやめー!!
スノーでいいわよっ、いつもどおり!
そういやサキがあたしのこと花菜恵ちゃんってよぶのはじめてね? 呼び捨てだっていいのよ、サキ?」
「えっ、いやっ、その、い、い、いつもどおり、で……」
改めて言われると照れる。しかもこんな大勢の前で! 俺は謹んで辞退したのだが……
「うん。スノーって、ふだんから呼び捨てよ?」
「っにゃあああ!!」
そうだそもそもそうだった! 軽くパニックする俺にサクが無言で突っ込む。スノーはえーとえーとと困っちゃうナナっちをぺしぺし叩きながら笑い転げる。
もちろん皆さん大爆笑。これじゃ漫才だよ! どうしてこうなった!
それを救ってくれたのも、吾朗おじさんだった。
程よきところでぱんぱんと、手を打って言ってくれたのだ。
「さ、それでは場もほぐれたことです。ここらで、心づくしを召し上がってくだされ」
* * * * *
運んでいただいたのは、秋の香りが鼻をくすぐる、色とりどりのお膳。
杯に、コップに、七瀬特製のお酒やソフトドリンクを満たして、皆で乾杯。
懇親のための昼食会が、にぎやかに始まった。
そこで俺は、いろんな人たちとご挨拶した。
特に印象的だったのは、やはりナナっちのお母さんである奈津さんと、今日初めて会うお兄さんたちだ。
上から、朔さん、双也さん、瑞樹さん、紫苑さん。
全員、つややかな黒髪に端正な顔立ち、瞳はみごとなブルーグリーン(俺たちの傘下に加わると決めたときに変わったそうだ)。
正直言うと、奈津さんとナナっちは似ているが、ほかの兄さんたちとならぶと、ちょっと毛色が違う感じがする。ていうか、髪色も茶色と黒で違う。
留袖姿も麗しい、奈津さんが教えてくれたことによると……
「私はね、吾朗さんの二人目の奥さんなの。
ひとりめの奥さん――奈菜は、私の妹でね。
だけど、ろっくん(ロク兄さんのことだ)が五歳の時に、天国に行っちゃったの。
七瀬って、本家当主はきっかり七人子供を作れ! って言われるのよね。だから、姉である私がそのあとお嫁に来て、ナナが生まれたの。
……といっても、吾朗さんはあのとおり、不器用な人でしょ。
だから、七人目を生ませるためだけに結婚するなんて! それも、相手は最愛の人のお姉さんなのに! って、ものすごく悩んで、一時期引きこもりだったの」
「ええっ?!」
そりゃ、吾朗おじさんの素顔は(とくにスノーがからむと)かわいい人だ。
しかし、そんなにまで繊細な人だったとは!
(なおご本人はちょっと離れたとこでチラッ、とこっちをうかがっては恥ずかしそうにしている。俺はそっと目をそらし、見なかったことにしておいた)
「でもね、わたしも吾朗さんが好きだったの。
吾朗さんが奈菜にべたぼれだったから一度は譲ったんだけど、その奈菜にも頼まれたのよ。
『私が天国に行ったら、どうか吾朗さんをお願いね』って。
だからある日、思い切って夜討ちかけたの」
「えええっ?!」
「吾朗さんがひきこもってる部屋にとっこんでね。
私はあなたが好き、七瀬もあなたも守りたい。だから、七人目を生むためだけだろうと、たった一夜のことだろうとかまわない! って直訴して…………
あわてなくっていいわよサキ君たち。吾朗さんはそんなひとじゃないから☆」
奈津さんは俺たち(含む吾朗さん)をからかって、ころころと笑う。
うううう、なんつうつわものだ。俺なんか絶対にかなう気がしないぞ。
「吾朗さんは丁重にわたしを帰してね。改めてちゃんと、プロポーズしてくれたわ。
私と未来を作ってください、この命のある間は、貴女だけを妻として愛します、て。
それでわたしたちは結婚して、そのあと、ナナを授かったのよ」
「ほおお……」
朱鳥で一番怖いといわれる七瀬家当主に、こんなロマンチックな秘話があったとは!
スノーも奈津さんによりそって、ニコニコふわふわとしている。
まるでお気に入りの童話を聞いているかのようなその様子、見ているこちらまでほんわかしてしまう。
と同時に少し驚いた。スノーと奈津さんはものすごく似ていたのだ。
ナナっちたち兄弟は程度の差はあれ吾朗さん寄りで、スノーと並んでも親戚レベルという感じ。けれどこのふたりは、髪や目の色は違えど、ぱっと晴れやかな顔立ちはそっくりそのまま。
遺伝子のいたずらというのはまことに不思議なものである。
なんて感慨にふけっていると、奈津さんがふわと遠い目になった。
「……まあ、それでもやっぱり、はたから見れば不純にも思えるわよね。
ナナはそれで、吾朗さんを信じられなくなってしまった。
だから一度は私たち、愛し合ってはいるけど、離婚しようかって……
そのほうが、ナナもいいんじゃないかって、いろいろ右往左往したわ」
ナナっちが申し訳なさそうにうつむく。
けれど、スノーがその間にぴょんととびこみ、二人の腕をぎゅっと抱けば、二人はふわっと笑顔になった。
「そんなときなのよ、サキ君が現れたのは。
ナナもすっかり元気になったし、ついには皆を助けて、こんなかわいい娘まで連れてきてくれて!
サキ君はわたしたちの救世主なのよ。
もちろん、サキ君の救世主である、サク君もね。
――ふたりとも、これからもよろしくね。
わたしたちもあなたたちのこと、いっぱいいっぱい助けるからね!」
奈津さんはいっぱいの笑顔で、俺たちと握手してくれた。
いつのまにかみんなが俺たちを囲んでいて、暖かい拍手が起こった。
「ねえサキ? いくら母さまが素敵な美人だからって、ウワキはだめよ!」
「もちろんですっ!!」
そして、こんなやりとりには、ほがらかな笑いが。
胸の中にほんわかと、暖かいものがこみ上げた。
……ああ、やっぱり今日、ここに来てよかった。
七瀬の人たちとも、ユキシロの皆同様、本当に“家族”になれた。
そんな、気がした。




