STEP6-0 ちいさな侍女と砂漠の天使~ミーティア=レイネの場合
イザークさまと初めてお会いしたのは、五歳のときでした。
父に連れられて御殿に上がった日のことは、今でもよく、覚えています。
「っで、最後にこれが専用のホースだ」
イザークさまは中庭で、砂漠緑化の技術講習をうけておいででした。
わたしはそのちょっとだけ後ろに、お邪魔にならぬよう、そうっと並んだのです。
「具体的に、どう使うか。……
まず、育てたい植物の根元付近に、このホースを這わせる」
イザークさまのお父上、エリオット様は、もともと遠い外国からいらした学者さんでした。
が、緑化の知識と実力で大臣に、そして女王様の夫君となられたお方です。
「このときかならず、ホースにあいた穴を『上』にすること。
下にすると、すぐに土やらなんやらがつまってしまうからな」
その、エリオット様の授業を受けなさい。今日から、イザークさまといっしょに。
そういわれてわたしは、御殿にやってきたのです。
「……給水タンクにためておいた水を、ポンプで少しずつ、ホースに流す。
すると、決められた時間ごと、ほんのすこしずつぽつりぽつりと、ホースにあいた穴から水が出てきて、植物の根元に落ち、吸収されていく。
人が点滴をされるときのようにちょっとずつ――植物が水を吸い込むのと同じ速さで、ちょっとずつ、ちょっとずつ、水を与えることができるってわけだ」
でも、わたしはちょっと、こまりました。
イザークさまは、とてもとてもきれいな方だったのです。
「このテクニックを、『点滴灌漑』という。
こうすれば、水や肥料が無駄に蒸発したり、流れ出したりしないですむ。
ひいては、土地そのものの負担も最低限になる」
心まですいこまれそうな、ラピスラズリの瞳。
お顔立ちはやさしそうで、かしこそう。まるで、だいすきな絵本の天使さまみたいで……。
そう、そのときわたしは、この方に恋をしていたのでしょう。
「どれだけ水や肥料をまいたとしても、とどまることなく浸透してしまう、分厚い砂の層。空気はからからに乾ききり、冬の夜間ですら、気温が三十度を下回ることがない。
そんな雪舞砂漠では、こいつを使わなければ緑化は不可能といっていい」
その天使さまは実際のところ、超絶破天荒なやんちゃぼーずで。
わたしがお側仕えに選ばれた理由は、姉妹いちのうでっぷしを見込まれてのことと、その日のうちに判明したのだけれど……
「基本的なとこはこんなかんじだな。
ここまで、なんか質問あるかー?」
イザークさまの笑顔は、まるで朝日のようでした。
いつの日も誰にでも、分け隔てなく向けられて――
どんなに冷えつく砂漠の夜も、瞬く間に暖めてしまう、きらきらとした魔法のひかり。
お父上様から受け継ぎ、みずからもまた育て上げた貴重な知識を、そんな素敵な笑顔とともに、おしげもなく伝授なさるイザークさま。
その後ろに、わたしは今日も並ぶのです。
太陽の笑顔に胸を焦がされてしまわぬように。
夜空色の瞳に吸い込まれてしまわぬように、そっ、と目を伏せて。




