STEP5-3 ~サリュートのきのう、ユキマイのあす~
サリュートは共有可能の多夫制を取っているという。
社会制度も女王制の母系社会。一夫一婦制の父系社会である朱鳥国とは正反対だ。
そうだ、ちょうどいい。
ここで話を聞いておけば、俺の勉強になる。
イザークはまったく、うまく水を向けてくれたものだ。
そのコミュニケーションスキルに舌を巻きつつ、俺は愚直に切り込んだ。
現代史の教科書にさらっと載っていた話をなまで聞ける。そのことは俺にとって大いなるワクワクなのだし。
「そのこともっと聞かせてくれよ。俺、勉強したいんだ。ナマの話聞いて」
「おう。ま、どこまで参考になるかまではわからんが……」
そして、イザークはサリュートの国と、その婚姻制度のなりたちについて教えてくれた。
サリュートの前身となった、オアシス都市サリュー。
そこはもともと、アユーラのさらに西、ルーナソア大陸にしろしめすアル=レイム連邦国の一地域で、アル=レイムの本国同様に、一夫多妻制を取っていたという。
「理由は、厳しい遊牧生活や領土争いにより、男の死亡率が非常に高かったこと。
妻子ある男が死ねば、その兄弟や係累が残された者たちを面倒見た。
それがひいては、この制度になってった。
だが、近代化で社会は変わっていってな。
抗争は減り、きつくて苦しい遊牧を離れるものも多く、男の死亡率が低下した。
さらに外国からの影響で、女性もただ従属的な立場に甘んじるものではなくなっていった。
その結果、くにには男があふれかえっちまったんだ。
男がバンバン死にまくっても社会が維持できるくらい、偏った出生率比をもつ遺伝子のはたらきによって、俺たちは生き延びてこられたんだが、今度はそれがあだとなった。
なんとか遺伝子を残そう、可能性だけでも、という本能から、男たちは闘争に明け暮れた。
それまであった、一夫多妻の制度が、それを激化させた。
俺たちには嫁がいないのに、金のある奴は何人もをかこっていやがる。ずるい。許せない。
若い者や、社会で力のないものたちほど、強烈にそんな気持ちにかられたんだな。
アル=レイムの国内は荒れに荒れた。
それに答えを示したのが、サリューの女総督――俺のひいばあ様だ。
ならば、いままでとは逆に。ひとりの妻が、複数の夫をもてるようにすればいい。
あぶれていた男たちは飛びついた。
女たちの中にも、ただ家同士の結びつきのためだけに、数名の子供だけ生まされてあとは飼い殺しにされる未来に甘んじるよりはと、家を出たものが少なくなかった。
まあ、だからってだれもが望む婚姻ができるほど甘くはなかったが、それでもまったく可能性のない場所にいるよりはと、多くの民がサリューに流れた。
ひいばあ様のすげえところは、それまでアル=レイムでは忌まれてた同姓婚の解禁にも同時に踏み切ったことだ。
これにより、かなりの数の者が救われた。
厳しい婚姻制度の中で、行き場のない者たちというのは、かなりの数存在していたからな。
彼らも同時にサリューへ向かい、その味方になった。
もちろん、アル=レイムの本国は激怒した。神をも恐れぬ所業として、兵を向けてきた。
戦いを決めたのは、海外からの支援、そしてなによりオイルマネーだった。
サリューは早期からSNSを使って、明日をも知れぬ子供たちをはじめとした、弱き者たちの視点からの、アル=レイムの現状を発信・拡散しつづけていた。
そうして世界の人々の関心をひきつけ、大物アーティストが味方についたところで、彼らとともに『戦いの停止と封建的な結婚制度の打破』『それによる子供の保護と女性の地位向上』を訴えたキャンペーンを打った。
これが見事に成功して、国際的な論調がサリュー側についた……ってのは、サキも知ってるよな?」
俺はもちろんうなずいた。
『少女サリィのSOS』からはじまる一連の流れは、『ペンは剣より強し』ならぬ、『スマホの銃への勝利』として、いまだにネット上で熱く語り継がれているレジェンドだからだ。
「その一方でサリュー近郊の油田をいち早く押さえ、その権利を利用して諸外国相手にうまく交渉を進めた。
特にいち早くアユーラ国の上層部に話を持っていったことが功を奏したようだな。
アユーラはアル=レイムの最大の取引相手だし、その石油の多くがサリューから産していた。
アル=レイムの内紛が長引けば、すなわち打撃しかないとアユーラが判断したんだ。
本国はしぶしぶ、表向きは自治区という扱いで、事実上独立を承認するにいたった。
国際的な配慮から、まだ多くの国がサリュートを同様に自治区として扱ってるが、まあ、それも時間の問題だ。
なんたって、サリューはユキマイの友好国にして最恵国になる存在だ。
奇跡の医薬メーカーを擁するユキマイのパートナーを、むげにし続けるのも難しいってもんだからな。
……まあそんなわけで、サリュートの婚姻の制度ってのは、『特殊な遺伝子傾向を持つ民族において、社会の変遷から発生した社会不安の解消のために導入された制度』なんだ。
かたちこそ、古来の母系社会に近いけれど、それはまあ、偶然だ。
お前たちにはそうした特徴はないみたいだから、逆に縛られずに済みそうだけどな」
そうして、話は終わった。
「……ぶっちゃけさ、うまくいってんのか?」
「まあ、ふつーだな。
制度に救われる奴もいるし、制度があってもあぶれちまう奴もいる。
制度を言い訳にできない分、場合によっちゃ、きついかもな」
「ああ……。」
たしかに、それはあるかもしれない。
俺に嫁さんができないのは、金を持ってる奴らが独り占めしてるからだ。
そう考えることができれば、社会に恨みをぶつけるか、いっそ出て行くという行動が取れるだろう。
後ろ向きかもしれないが、生きて行動する中で、可能性も見えてくるかもしれない。
けれど、恨みをぶつけるべき、社会の『不公平』がなかったら?
うらむべきは、自分の能力のなさ。それだけをつきつけられることになったなら?
すこしまえまでの俺がそうだった。
職業選択の自由がある世の中で、一時期より景気も悪くはない今、俺がいつまでもフリーター脱出できなかったのは、ほかにどんな理由があったからでもない。
“シックハウス症候群”をふくめた俺が、使えない男だったからだ。
俺のせいで生まれてしまう雑草たちの命を切り捨てて、実家で野菜を育てることができなかった、俺のせいなのだ。
そこに、逃げ場なんか、なかった。
自由がもたらすのは、希望ばかりじゃない。
ときには、絶望の吹き溜まりを作り上げる舞台装置にすら、なってしまうのだ。
「でも、俺は好きだぜ、この制度。
逆によ、『相続において劣等な立場に置かれる非嫡出子に同等の取り分を与えるために愛人を妻公認で養子縁組する』とか、俺とかから見ればもはやわけわかんねえぞ?
ああ、さすがに朱鳥でも今は子供へのそうした取り扱いはないのはわかってるがさ。
もちろん理由も背景もあるのはわかってる。問題なんかどっちにもある。
それでもそれを踏まえたうえで、俺はサリュートの制度がより好きだし、誇れるよ。
そいつは、ひとに希望を与えたからな。
――そうして姉貴たちも、せっかく希望を持ってサリュートに来てくれた奴らがもっとシアワセになれるように、日々心を砕いてる。
それに答えようって、がんばってくれてる奴らもいっぱいいてさ。
だから俺はサリュートが好きだ。
ごめんな、これから婿入りするって身で、母体になる朱鳥批判しちまってよ」
イザークの顔はそういいつつも晴れやかだ。
そうだ。だったら、それ以上の希望を与えられるようにすればいいだけだ。
背景となる社会情勢や、国民の考え。それをひとつの法で反映しきることは難しい。
だが俺たちはほかの法律や、いろいろな方法で、手を差し伸べることもできるはず。
故郷の家族が俺の気持ちを尊重して、仕事探しの苦闘を見守ってくれたように。
ナナっちが俺のためにと、バイトを紹介してくれたように。
「いや。
それもふくめて、ユキマイはこれからなんだ。
そこに、お前みたく、しっかりした考えと、自分の故郷がすきって言える気持ちをもった男がいてくれるのは、正直言って心強いよ。
一緒にさ、作っていってくれないか。
婿に来てくれるんなら、お前は俺たちの家族だから。
……ってかイザークは王族として俺よりずっとずっと勉強してきてるし、これからもいろいろ教えてほしいんだ」
「おう、俺でよければ。
逆にお前はサクレアだったときのこととか教えてくれよ。
ナマの古代王のハナシとか、聞きたくっても聞けるもんじゃないしな!」
「いや……できるっても、俺の治世ってそんな長くもないし、ぶっちゃけるとほとんどがみんなに頼ってばっかだったって話だぞ? それでもいいのか?」
「おうよ。とくに素敵なお姉さま方をさりげにお茶にお誘いするいい方法とか、各種お姉さまタイプ別の甘え方とか、いろいろノウハウ交換しようぜ!」
「コホン。おかわりはいかがでございましょうか?」
俺たちがかたく握手を交わしていると、いつの間にかそこにいたティアさんがお代わりを申し出てくれた。
「おう、サンキュなティア」
「あ、ありがとうございます!」
珈琲を注いでくれたティアさんが、俺に向ける笑顔は暖かくやさしいもの。
だが、イザークに向けたそれはちょっとばっかり、冷たく見えた。
「殿下。サキ様に、おかしなことをお教えしたりしたら。……わかってますわね?」
「は、はひ……」
いや、ちょっとどころのハナシじゃなかった。
氷点下もかくやのクールビューティースマイルは、それを向けられたわけではない俺までもを、がっちり凍りつかせてくれたのだった。




