STEP5-1 ユキマイ・全力・せんりゃくかいぎ! ~議題はハタチのねこみみです~
キャンペーンキャラクター名『ソル』。
神樹の巫女ルナの兄。ユキマイ周辺で人助けの旅をしながら修行中。
ナナキとはもと仲間で、親友。
性格は、さわやかなナナキとは対照的に、妹や友人想いの、熱い男だ。
まじめだけれど、ちょっとおっちょこちょいなところもあるという設定。
もっとも、ナナキと設定が少しかぶるため、キャラが足りないときに出てきたりとかの、便利なサブキャラ、という立ち回りだ。
そこまでは、すんなり決まった。
だが……
そのキャラデザのところで、会議はみごと真っ二つとなった。
かたや、『ねこみみ巫女さんのお兄さんなんだからぜったいねこみみ!』という一派。
かたや、『二十歳過ぎた野郎のネコミミはさすがにない!』という一派。
もちろん俺は後者だ。つかむしろ、前者がいるということに俺は驚きを隠せない。
「大丈夫です! だって此花さん童顔ですよ! ぜんぜん違和感ないですよ! ぶっちゃけかわいいですし!」
「此花が童顔なのは認める! かわいいのも認める! だがな、やつは男なんだぞ! 成人男子なんだぞ! まずはそこでひっかかるだろう、いくらかわいくても!!」
いや、反対派もなんだか言ってることがおかしい。
っていうか、なんで賛成派代表として渡辺さんが、反対派代表としてクロウが卓を叩いて熱弁ふるってるんだろう。そこも解せない。
「キャンペーンキャラは見た目が99パーです! あとは演技と設定でどうとでもなります!!」
「此花がルナさんのようなあざといまでのかわいらしさを出せるか?! ムリだろう!! 奴では自然すぎる。ねこみみを使う最大の利点、あざとさがまったく出せないんじゃ意味がない!!」
「此花さんはその自然さがいいんです! あとは肩とか背中とか腰骨とかそれなり出しとけばあざとくもなります! だってもともとがかわいいんですから!!」
口角泡を飛ばす勢いの企画会議で俺は、いったい何をまちがったのか、全力で考え込む羽目になった。
「そもそも此花さんは『生えてた』んですよ! サクレアさまだった頃にはりっぱなナマミミストだったんですよ! もふもふしててうにうにしてて、寝ているときにぷにってつついたらぷるっとしたりして、わたしたちそれにまったく違和感抱いてなかったじゃないですか!!」
「それは俺だってたまーにブラッシングとかさせてもらったしそれが生きがいでもあったがな! 今のこの無味乾燥な世界のどこにそんな存在がいる! 俺たちの尊い守護神が万一にも奇異な目で見られるなんてふざけた事態、俺には耐えられねえ!!」
「そのために“ルーナさん”のお姿で啓蒙活動をしたんじゃないですか!
このアンケート結果見てください!“ルーナさん”露出以降のケモキャラへの好感度! とくにネコミミ! 50ポイントも上がってるんですよ!」
「だとしても時期尚早だ!」
「いまだからです!!」
……なんかすっごい戦略的なはなしあいがなされてるみたいだけど、根本的なとこでついてけてる自信がない。俺は思わずすがる目でサクを見た。だが、奴からかえってきたのは、おまえ以外に収拾はむり。というなまぬるーいアイコンタクト。
うん、たしかにこの事態、サクの『カリスマ』でも止められる気がしない。
っていうか、どうしてこうなった。
「此花さん!!」
「此花っ!!」
ついに奴らのほこさきは俺に向いた。
恐ろしいことに、渡辺さんの熱弁、しかもかわいいにゃんこのスライド写真まで用意してのソレを聞くうちに、俺もじょじょに洗脳されてきている気がする。
だめだ! ここでなんとかしなければ、俺の人生は!!
しかし資料の向こうからきたいのまなざしで俺を見ているにゃんこのきもちを、無下にすることは……
そのときおもむろに会議室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、なにやらあやしげな紫色の液体を満たした試験管を手にしたゴスロリ美少女。
その名も湯島しあなという名の、若きマッドサイエンティストであった。
「話は聞かせてもらった。
要するに、さっくんがねこみみ美少女になればすべて解決なのだな?」
「し、しあな……?」
「そこで、これだ!
さあさっくん、わが社の、ひいてはわが国の未来のためだ。こいつを」
「いやですっ!」
さすがに俺は即答した。
「ねこみみ美少女だったらルナさんがいる! しかもルナさんは超絶かわいい! そこで俺が女になる意味がない!」
「だが、美少女になればどうどうとネコミミが生やせるぞ!
あこがれのネコミミが自分の頭に! コスプレじゃなくて生えてんだからだれもおかしな目で見ない! しかも自分の耳だから、ブラッシングはもちろん、すきなポーズをとらせることだってできる!
ネコミミ好きにとって、これほどの喜びがあるか、さっくん!」
「な……に……?!」
俺は衝撃を受けた。その発想はなかった。
しあなはさらに説く。
「さっくんは神猫の化身、もともとその頭にはネコミミが生えていたのだ。いまでこそこんな姿だが、神としての覚醒が進めばいずれは生えてくるだろう。
そのときにさっくんが男で、それは百歩譲っていいとして、半端に年経たむさくるしいおっさんだったら世のいまだ愚かな民草どもはなんと言う?
……これはさっくんの未来を思ってのことなのだ。
わかってくれるな、さっくん!」
痛いほどの静寂が落ちた会議室。
沈黙を破ったのは、サクの声だった。
「やろう」
「えっと……サクさん?」
「大丈夫だ、サキ。全責任は俺が取る」
「いやちょっとまって?」
おそろしいことに、会議室内の誰一人として反対していない。
『これでよかったんだ……』と遠い目で呟くもの、うんうんと深くうなずくもの、目頭を押さえているものなどいろいろいるが、誰一人として止めてくれるものはいない。
「あの、俺のココロは男でしてね? 苦節二十年余……」
「大丈夫、なんとかしてやる。
お前のこのさきの人生は俺が、全部何とかしてやる。
大丈夫だ、俺を信じて全て任せて」
「ちょおおお?!」
いつのまにやら、サクはがっちり俺の肩を捕まえていた。
そして目の前には満面の笑みのしあなが立っていて、怪しい試験管を俺の口元に近づけてくる。
「そういうわけださっくん。観念して……」
「いやああああああ!!」
* * * * *
そのとき、はっと目が覚めた。
そうだ。ここはユキシロ本社会議室。そして、いまはキャンペーンキャラクター会議の真っ只中だった。
たしか、今回は俺の扮する『ソル』のキャラクターデザインについて……
俺はおそるおそる、前方のホワイトボードに目をやった。
そこには、ねこみみニット帽をかぶってマフラーにノースリーブのチュニック、ローウエストの黒ジーンズという、これほんとに俺着て似合うの? という姿のデザインラフが数点貼り付けられていた。
そして、会議室中のみんなが俺を見ていた。
ぽんっ、と肩に手が置かれる。
みれば、お仕事モードのサクだった。
「此花? 疲れているなら、今日はもう休め。
あとはわたしに任せ……」
「にゃああああ!!」
その言葉を聞いたとたん、俺は全速力で逃げ出していた。




