STEP4-1 王の帰還の、そのまえに(1)~強制お着替えくらった神王(仮)は至急おじいちゃんと面会させられるようです~
「似合ってるわよ、此花クン」
白衣を脱いだゆきさんが、俺の胸元に手を伸ばす。
ゆきさんがまとっているのは、波打ち流れる銀の髪、白磁の肌。
そして、パールベージュのツーピース。
美しい。これはこれで、まるで女神だ。
「ゆきさん、これから会う人たちって……?」
慣れないネクタイを直してもらいつつ俺は、ここまでのバタバタで聞きそびれていたことをやっと口にすることができた。
「『憂城』の長よ。つまり、わたしのおじいさま。
憂城がどういうものかはわかるわね?」
「あっ、はい。
唯聖殿の管理運営に従事した人たちのことですよね。
夜族の中でも特に優秀な人たちを抜擢して……」
「高い身分と、都合のいいくびきを与えて縛った。
男は城の守り全般に。女は女性の要人と、あなたの身辺に配備されたわ」
俺のまわり。つまりは、ハーレム構成員として。
恋する自由すら奪われて、いずれ俺の子を生む運命を強いられた。
なのに、みんなは優しかった。
嫌な顔のひとつもせず、まるで弟のようにかわいがってくれた。
なかでも、一番仲がよかったのがゆきさんだった。
一番年が近くて、俺に勉強を教えてくれた。
ある日突然に倒れ、覚えたことを忘れてしまう俺に、それでも何度でも、根気強く優しく教えてくれた――
「帝国崩壊のときに、唯聖殿もまた大きく破壊された。
けれど、その管理システムは死んでいなかった。
わたしたち憂城は、システム管理権限を持ったまま、ユキマイを逃れ各地に散った。
その結果、雪舞砂漠の中心部は流砂と砂嵐に封じられた、立ち入り不可能の秘境となったのよ」
「そ、そうなんですか?!」
「ええ。
――今日長がいらっしゃるのはね、その封印を解くか否かの見定めのため。
唯聖殿の封印は、憂城の承認と、サクレアの存在なしでは解けないの。
そういうように、設定したからね」
「え……ど、どうして……?」
「『神王サクレア』こそが、ただしき城のあるじと。わたしたちがそう、決めたからよ」
「ど、どうして……」
驚く俺に向け、ゆきさんは微笑んだ。
「それは、おじいさまに聞くといいわ。
さ、時間よ。
あなたは普段のあなたでいいからね。気を楽にして」
「は、はい……」
正直に思った。そんな大事なハナシ、サクぬきでいいのか。
俺はまだ、王を目指している男、社長を補佐する特務技官にすぎない。
雪舞砂漠の封印を解くのは、すなわち遺跡探索のためのはず。
ユキシロが朱鳥国政府から緑化とともに請け負った『業務』のための。
その鍵となる面談の是非が『明日は余計なことすんなとにかく大人しくしてろ』と言われてしまうような俺、ひとりだけにかかるなんて、正直荷が勝ちすぎてやしないか。
いや、それでも俺は努力するまでだが――具体的に、どうすればいいのだろうか。
だから、俺は挨拶が終わって一番、正直に聞いた。
「ごめんなさい。俺、どうすればいいんでしょうか!
憂城さんたちの期待してくれていることに、どうやってこたえれば……!」
すると、白ひげの剣豪、といった風情のおじい様は、豪快に笑った。
「ハッハッハ!!
相変わらずでいらっしゃいますのう。
ユキマイの大地のいとし子、豊穣の神という身でありながら、奢ることなど知りもしない。
幾度アズールに殺され、ゆきの教えたことを忘れてしまっても、必死にそれをとりもどそうとなさった。
自分のせいではないというのに、真摯にわびては魂のそこから努力を続けなさった。
――その結果がいまのあなたです。
高速バス事故の夜、あなたは一度死んでいる。
前世のあなたであれば、そのときの記憶が戻ることなどは絶対になかった。
だが、あなたは思い出すことができるようになった。
そうでありながらその、すぎるほどに謙虚なところは変わっておられぬ。
おぼえていないかのう、この顔を。
幾度かあなたの、供をさせてもらったものじゃが……?」
「……あっ」
記憶の中に眠っていた顔と、目の前のお顔が一致した。
そのころのこのひとは、城仕えの子供の一人。
許された外出のときなど、俺たちのお供をしてくれた子たちのひとり。
ちょっとドジなところはあったけど、いつも一生懸命にしごとをしていた――
「あのころから、あなたはほんとうに優しかった。
わしがあなたにぶつかって、運んでいた水さしを割ってしまったとき。
ずぶぬれになったあなたは怒りもせずに、怪我がないかを気遣ってくださった。
僕がぼうっとして、ぶつかってしまったからだよと、優しくかばってくださりさえした。
いかに憂城とはいえ、お手打ちになりうるレベルの失態だったにもかかわらず。
それだけではない。あなたは他の者たちにもいつも、かわらず優しく気遣いをしてくださった」
――つぎつぎとよみがえってくる優しい記憶。
仕事の合間におしゃべりしたり、一緒に勉強したり。
わずかに許された外出のときは、野原で走り回って遊んだりもした。
唯聖殿陥落後は俺と一緒に脱出し、村の学校でゆきさんに勉強をならっていた。
そのときにも彼は、勉強も村の仕事もがんばって、自分より小さい子達の面倒をいつもみていた。
俺の体力が本格的に衰え、歩くのが遅れがちになったときは、なついてまとわりつく子供たちをまとめながらも、優しく俺に手を差し伸べてくれた……
「……カイル君」
憂城甲斐、という名になったそのひとは、その頃のように微笑んで、俺に手を差し出した。
「わしら憂城はみな、見ておりましたぞ。
あなたこそ、真にあの城の、あの土地の主としてふさわしい。
だから、決めておりました。
いずれ暴虐の男は討たれるでしょう。そのときにはあなたを、サクレア様を主として定め、我らは各地に散ってゆこうと。
そうしてあなたがいずれお戻りになったときには、あの城をあなたの、あなた様のための城として差し出そう。そのためにかたくユキマイの砂漠に封じ、守っていこうと。
お帰りなさいませ、われらが主。
我ら一同、あなたを主と認め、その帰還とその先のみちゆきのため、ココロより力を尽くす所存でございます」
ね、いったでしょう。とゆきさんが、いたずらっぽく笑いかけてくる。
胸がいっぱいになってしまった俺は、ぎゅっと甲斐さんの手を取って言うしかできなかった。
「これからもよろしくお願いしますっ!」
……と。
* * * * *
さて、唯聖殿の封印をとく準備はほぼ整った。
ほぼ、というのは、まだやることは残っているということである。
現実は厳しかった。
現在続行中の周縁部遺構探索は、そのまま進めなきゃならなかったからである。
もっともカイルさんとの会見の翌日は、俺は不参加だった。
昼はイザークのためのレセプション、夜はイザーク一行と鹿目さんの歓迎会。
フォローしてくれたみんなのおかげで、ぷれ王様業をなんとか、無事にやりとげたのだが……。
(砂漠緑化のはなしで意気投合したイザークと鹿目さんが、二人で朝までトークし倒したのち、イザークがティアさんにシメられる、というハプニングはあったりした。
だがそれは日付変更後だからノーカンである!)
現場入りした俺は、ほんとにまったく、完全なる見学組だった。




