STEP2-3 天使のウインク~やらかし技官、放心す~
「あのっ……えとっ……それって……えっ?!
ま、ま、ままままさか……」
「ああ。嫁にもらってくれてもかまわない」
「ふえええ?!」
あの末期のシスコンが。奴の唯一の天使と断言してはばからぬルナさんを。
これは一体、なにがおきているのだろうか。
「ね、ねえサクさん。
ま、まずはおちつこうね。ね、熱はないかな? しあなに変な薬とか飲まされたりしていないかな?」
「わたしはおちついているし体温も平熱だし最後のそれはのちほど聞かせろ。」
やつはいつものしれっとした顔で返してきた。
「じゃあもしかしてなんかのトラップ? まさかイエスって答えたりしたらユキマイの砂に還されるってそういうアレ?」
「そんなことはない。まじめな話だ。父母と本人の許可も取ってある。」
「それにしたって」
「それとスノーの許可もだ」
「はあああ?!」
俺はさらに、さらにぶっとんだ。
「いやそれいみわかんない! ぜんぜんわかんないんですがっ!!」
「竜樹国の上流階級においては正妻のほかに側女を置くことが一般的だ。
また、砂流国では共有可能の多夫一妻制をとっている。
ましてスノーは女神だ。朱鳥の一夫一婦制には拘泥などないのだろう」
「ええええ……いや、ちょっとまって……えええ……」
「ルナでは、不満か」
「いえっ! ルナさんは大変すばらしいお方で!! ルナさんに不満を持つような不埒者など古今東西どこにもいないと……!!」
これは本音だ。ルナさんはすごくいい子だ。とてもかわいくて健気で。
まだ少女なのにいつも冷静で、なのに優しくて、みんなのことを考えて動いてくれている。
やつが天使だと連呼する気持ちもすごくすごくよくわかる。
だから社内の皆も、サクのシスコンに温かい目を向けられるのだ。
「……では」
だが。
「ルナさん自身はどーなんだよっ!!
ルナさんはアユーラ出身だよな。たしか、同性婚は合法だけどそれでもマリッジユニットは二人一組だ。そこんとこはどうなんだよ!
ルナさんは大事な仲間だ。それを側女みたいにするなんて、俺には断じてできないぞ!」
俺は思わず叫んでいた。
なぜって、俺の婚約者はスノーだ。唯一の伴侶となるべきはずの存在は、俺には彼女一人のはずなのだ。
俺はそういう価値観の中で生きてきたし――現状、そう、考えている。
「……そうか。
ならば、それはできんな。
新生ユキマイ国が複数の正妻を認めるのでもなければ、お前がルナを娶るのは不可能。
まして、いまここは朱鳥国内だ。一人の男に認められる伴侶は正妻ひとりのみ。……
すまない、朱鳥国にて生まれ育ったサキにはきついハナシだったな。どうか忘れてくれ」
「いや……その……」
サクの声がとても悲しく聞こえて、俺は言葉を捜した。
だがそれより先に、やつはいつもの調子で言い出した。
「側に誰かを置いておけば、つねにお前を守ることができ、横着も阻止できて一石二鳥と思ったのだが。
まあ、いざとなったらわたしがついてやる。いまのおまえはCEO直属の特務技官、帯同を命じることも可能だからな」
「それ逆だろサクさん。」
ガードされる側がお供になってどーすんだ。
だが奴は遠い目で言った。
「いまお前を社長にしたら会社がどうなるかわからんからな……」
「ぐう正だけどやっぱ傷つくっ!」
サクのためいきはすっごい深い。まあ確かに、やらかし技官の俺なんか社長になったら三日で会社が吹っ飛ぶ自信しかないけど、そこまで遠い目をされるとさすがにアレだ。
「それ以前の問題として、お前には社長になる勉強などしているヒマはないだろう。
早く、立派な王になれ。
婚姻の制度は国の要だぞ。今のうちしっかり勉強して、お前のビジョンを持っておけ」
「あ、はい……」
そういわれてみればそのとおり。
同性婚が合法だという理由で、海を越え西に移住するカップルは毎年多数いるという。
その経済効果は、馬鹿にできないものらしい。
だが同性婚の法制化前後は、それが理由で国際的なごたごたも発生していたし、今もなおその根は消えていない。
国としてのみちゆきを決める、これは大きな分岐点になりそうだ。
だが、ルナさんには習えない。
だって、こんな話の後じゃ、俺が彼女の顔を見れない。
――俺はまた、ルナさんを振ってしまったのだ。
しばらくは、きまずい日々が続きそうだった。
* * * * *
「此花さん!」「ぶっ?!」
そんなわけで、ひとり図書室にやってきた俺だったが、後ろからかけられた声に仰天した。
ふりかえればそこにいたのは、そう。
「あ、る、ルナ……さん……」
どうしてこうなった! 俺は心の中で叫ぶ。
「何か、お手伝いできることはございます? わたし、今なら――」
「あの、その、いえ……」
ルナさんはいつもの優しい笑顔。ああもう、どうしろっていうんだ。現実は一体俺をどうする気なんだ。
「もしかして、お側仕えの件ですか?」
ぎゃー! 叫びかけてとっさに抑えた。
「だいじょうぶですわ。お兄さまから聞きましたから」
「ニャ――!!」
あっちこっちから『しーっ!』と声がした。
すみませんすみません、と謝り、俺は腹をくくることにした。
「あの、ルナさん。場所を変えてお話しましょう」
「はい、ぜひ」
ルナさんはまたしてもニッコリ。
どうしよう。こんなときどうしたらいいいんだろう。つかスノー、なんだってこんな爆弾投下してったよ。
いずれきっちり聞かなきゃならない。心のノートにでっかくメモって、俺はルナさんを連れ、ティーラウンジに向かった。
* * * * *
「それで、お側仕えの件、でしたわね。
此花さんはお断りになったと、お兄さまから聞きましたわ。
ごめんなさい、此花さんに負担をおかけする結果となってしまって……」
甘いミルクティーを前にして、口を開いたのはルナさんのほうだった。
どころか、ルナさんが謝ってきた。
「なっ、どうしてルナさんが謝るんですか?!」
「だってわたし、わかっていましたもの。
此花さんが、スノーさんを唯一の伴侶とお思いのこと……それでも兄は、それを押してわたしを側仕えとして推そうとしていたこと。
この事態は、それを知っていながら止めなかった、わたしの弱さゆえですわ。
此花さんは大変なときとわかっていたのに。ほんとうに、ごめんなさい」
ルナさんは丁寧にこうべをたれた。
つややかな漆黒のショートボブが、さらさらと流れる。
「いや、……そんな、だって……
ルナさんは、俺に良かれと思って……」
「あなたのおそばにいたい。その気持ちは、あの頃からすこしも変わっておりませんわ。
ですからこれは、わたしのためでもありますのよ。
いえ、どちらかといえば今回のこれは、わたしのわがままです」
健気な笑顔に、胸が痛くなる。
俺はどうしてこんな子を、しあわせにしてあげられないのだろう。
シャサさんもそう。
これまでも、きっとほかにもたくさん、サクレアは誰かを泣かせてきたのだ。
年齢=彼女いない暦、なんて、こんなのとくらべたらのんきなものだ。
シャサさんはああいったけど……それでもやっぱり、俺には辛い。
「でも此花さん。わたし、うれしいんです。
此花さんは、それだけスノーさんを大切にしていらっしゃる。
お断りくださったのも、わたしのことを大切に考えてくださったから。
わたしのお慕いする方は、ほんとうに素敵な方だった。それがわかってすごくうれしい。
――そのあなたに大切にしていただけて、わたし、本当にうれしい。
おかしいかしら。でも、それがわたしの偽らざる気持ちですわ。
ありがとう、此花さん。ほんとうに……」
「ルナ、さん……」
読心なんかもってない俺でもわかった。涙を宿したこの微笑みに、ひとかけらもうそなどないと。
こんなにもきれいな心の女性が、ほんとうに、世界にはいるのだ。
――天使。そうとしか、言いようがない。
気付けば俺は言っていた。
「あの、……ルナさん。
俺はその……一応、神なので……
ルナさんみたいな天使にふさわしい神になれるよう、その、全力を尽くしてがんばるから。
それを通じて、ルナさんを幸せに、するから……えっと、……」
一体、なにを言っているのだろう。これじゃあまるでプロポーズじゃないか。
しかしルナさんはちゃんとわかってくれたようで、にっこり笑ってフォローしてくれた。
「身に余る光栄ですわ。
これからもぜひ、あなたを支える一員として、よろしくお願いいたしますわね。
それでも……
もしわたしたちをお望みになる日がきましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませね。
こころより、お待ちしておりますわ☆」
ちゃめっけたっぷりのウインクを残し立ち上がるルナさん。
そのはかいりょくたるや、なにをかいわんや。
俺はしばしその場で、放心状態に陥っていた。




