STEP2-1 ユキシロ製薬の爆発!~銀髪幼女な女神さま(設定・4さい)が俺だけのアイドルになってくださるとおっしゃった件について~
その翌々日。
オフィスフロア五階に設けられたブース……『プロジェクト・ユキマイ』本部は沸騰していた。
「うーわーアクセス数すっげー!」
「ミラーサイト三つ作っといて正解でしたね、リーダー!」
「スノーちゃんのドレス! 予約カンストしましたあ!!」
「このニュースサイトなんか上から下までユキマイですよ!」
「こっちもだあああ!」
「ヒャッハー!!」
クラウドファンディングサイトに掲出された『ユキマイ国復活プロジェクト』、ならびにユキシロ製薬のサイトに設けられた特設ページは怒涛のアクセス数をマークしているようす。
あらかじめミラーサイトは三つ作られていたのだが、それでも苦しいほどらしい。
ニュースサイトやまとめサイト、ツイッターやブログなどのSNSも、『ユキマイの勇者ナナキ』、『神樹の巫女ルーナ』、『芽吹きの女神スノー』の話題で持ちきりだ。
いまや『プロジェクト・ユキマイ』本部は、急遽増員された担当者、かけつけた野次馬もふくめ、ものすごい熱狂振り。
もはや、完全に祭りと化していた。
……まあ俺はゆうべから、この狂乱の一端に巻き込まれていたのだが。
* * * * *
夜族が多数在籍しているとはいえ、さすがに九時過ぎれば社員食堂はガラガラになる。
そこを利用して、ちょっとしたイベントが開かれることはユキシロではよくあることだ。
小さな会議室よりも広いスペースが使えるし、お茶や軽食も利用できる。
もちろんそれは社員食堂の売り上げアップにつながるし、社食で勤務中の社員たちも、もてあましたヒマが潰れるしためにもなる、と好評だ。
そんな催しもののひとつ、この間から始まったゆきさん主催の夜間大学は、数ある夜間講座の中でもトップランクの人気講座だ。
講師が素敵な美人だからというのは言うまでもなく、内容が高度でもわかりやすい、実務にも役立つと大評判。はやくも外部への有料配信も視野に入れられているほどのしろものだ。
俺はこれを受講した後ジムに入って一汗流し、さっとシャワーを浴びた後、七階にある自室に戻ろうとエレベーターに乗った。
このときぼうっとしていた俺は、他の人についてうっかり五階で降りてしまった。
……あれ、と思ったときには遅かった。
『にゃああさっくんもふらせてもふらせてもーふーらーせーてー!!』
目の前にいたのは、深夜作業で異常なテンションとなった数名の女子社員たち(本人たちの名誉のために名前は伏せよう)だった。
何度でも言うが、今の俺にはもふいとこなんかない。
それでも彼女らは俺の頭をわしゃわしゃしまくり(腰の後ろに手を伸ばさないだけの自制心は残っててくれたらしい)、どこにもお目当てのソレがないと確認するや泣き出しそうな顔になったので、俺は思わず言ってしまった。
『俺がかわってやるから一旦休めっ!』と。
その代償は高くついた。
なんだかんだで俺は、夜明けまでつづく強制労働(笑)に従事することとなってしまったのだ。
だが、おかげでまた新たな知識と、打ち上げ飲み会の参加権と、仲間たちのさらなる友情を得ることができた。
充実した労働のあとの朝日は、とてもとてもまぶしかった。
その後、仮眠あけの面子に言われて交代し、仮眠室のベッドにもぐって目を開けたらもう昼だった。
なぜかしあなが俺の口を開けさせて、怪しい試験管の中身を流し込もうとしていたので全力で拒否って自室に逃げ込み(さっくん、キミもリアルなにゃんこになりたいだろう?! これこそ全人類共通の夢だぞ! さあ世界の平和のためにとか謎の力説をしていたがこれは絶対関わっちゃいけない案件だと直感した)、シャワーを浴びて着替えて社食にきたらガラガラ。
手近のやつを捕まえて話を聞くと、サイトアクセスが爆発していて五階が祭りだということなので、急遽かけつけてみたらこうだった、というわけだ。
* * * * *
ざわつく人群れに視線をめぐらせれば、やはりその姿はそこにあった。
すらりと伸びたタッパ、甘いマスク。亜麻色の髪に深緑の瞳を持った、ひときわ目立つスーツメン。
そっちこっちから指示を求められるたび、次々鮮やかにさばいていく。
だが、それでもやっぱり忙しそうだ。
俺も手伝おう。そう思い、やり取りの間を縫って声をかけてみた。
「ようサク。なんかすることないか?」
「お前はまだ休んでいろ。それが仕事だ」
「え、でもこの状況さ」「 休 ま せ る ぞ ? 」「ゴメンナサイ」
サクはぶっちゃけ強い。その気になれば俺の意識を刈り取るくらいは造作もない。
そんな男がごーじゃすな笑顔でチョップの構えを取ったので、俺は大人しく野次馬に戻ることにした。
おりしもイサが手を振り、叫ぶ。
「おーいしゃちょー。芸能プロダクションからのオファーがてんこ盛りなんすけどー!」
「誰宛だ」
「だいたい半分はルナさんあてで、3/4はナナっちあてで、ほかがほとんどハナっち」
「ふむ。サイトに掲示をだして全て断れ。わたしも記者会見でその旨発言する」
「え、本人の意志確認は」
「今はそれどころではないだろう。
ルナと奈々緒は多忙だ、予定のイベントおよび、マスコミ対応以外はできる限り本来業務に専念してほしい。その他の社員役員も同様だ。
そしてスノーはまだ子供だ、これ以上多忙になれば健康に悪影響がある。だから却下だ」
「えー!」
室内のそこここであがった叫び。その最大の音源はなんと、俺の足元だ。
見ればちょこんと、スノーがいた。
人の子としてもらった『花菜恵』の名にちなんだのか、今日はコスモス色のワンピース。靴と耳上のリボンも見事にそろえ、これはこれでまた愛らしい。
なお、お供はおらずひとりだ。歩いてくるには厳しい距離だし、駅からもそれなり距離がある。小さな彼女がひとりでどうやって……と思ったが、よく考えれば彼女は女神。
それも、神樹スノーフレークスの女神にして、『七瀬の八番目』の肉体を持つトンデモチート。テレポートなんかもできるだろう。
つまり、七瀬の屋敷をちょろっと脱走してくるぐらい、余裕の朝飯前なのだ。
おしゃまな四歳児の姿のスノーは、腰に両手を当てて俺たちをぷんすか見上げる。
「あたしは女神よっ。アイドル活動ぐらい、ぜーんぜんよゆーなんだから!
ねっ、サキもみたいでしょ、あたしのかわいーアイドル姿!」
「………………………………………………………………
っだめだっ! せったい却下っ!!」
「なんでー!」
「それは……その……っ……!」
愛くるしいスノーの扮する、キュートなアイドル姿。
色とりどりのライトの下でかわいらしく歌って踊って、それはもう一体、どれだけ尊いことだろう。
俺に紳士な趣味はないが、それでも激しく気持ちは揺れた。
だが、それでも却下にいたったそのわけは――
たったいま、すぐそこの画面の中に見てしまったのだ。
スノーには絶対絶対見せたくない、こんなおそろしいカキコミを!
『スノーたんかわいいよスノーたんハァハァ』『そのおみ足をぺろぺろしたい』『食べちゃいたいいやいっそ食べられた(ry』『踏んでほしい(真顔)』『女神さま俺も罵倒して下さい!』
動画一本、写真一枚世に出ただけで、こんなのがわいてくるのだ。
もしもスノーがその魅力で世界一のスーパーアイドルになんかなったら、不埒な輩どもがどれだけのさばってくることか!!
ルナさんとナナっちは、一応成人だ。
親しい間柄のものとして、あんなふうなカキコミをされればいい気持ちはしない。それでも、まずは、本人の覚悟というものを優先しなければならないだろう。
伴侶やその他の家族。または婚約者、恋人でもなければ。
だが、スノーはこの条件の全部に当てはまる。
なにより彼女は、おととい人間になったばかり。
いくら神樹の意識体として齢を重ねていても、ヒトとしてはまだまだ子供だ。
キャンペーンガールデビューの許可は、吾朗おじさんたちからもらっているとしても……。
その気持ちは、言葉にする前に伝わったようだ。
スノーは目を潤ませて俺の手を取る。
「サキったら……そんなにあたしのこと、たいせつに……
よーしわかった! あたし、サキだけのアイドルになる! 歌とか練習してくるねー!」
そしてハイテンションで飛び出していった。
テレポートもできるのに、わざわざ走って出て行くなんて。
そんなかわいらしい姿に、俺はこのうえなくほっこりしてしまった。
「ほおーう。やるなサクっちこの色男~」
しばしほんわかしたのち、そんな声に振り返れば、イサたちがニヤニヤしていた。
「此花ちゃんすてきっ!」
「うらやましーぞこの!」
「サクっち紳士!」
「いよっ紳士!」
「おいどっちの意味だそれー!」
「両方~!」
「ひどーいっ!」
「やはり伴侶というわけか。
まったく、……」
そのとき後ろから聞こえてきたのは、サクのため息。
俺たちは突っ込みも忘れ、まじまじとやつを見ていた。
なんだろう、やっぱり、あれからのサクは変だ。
だが、やつは自分から言い出した。
「昨晩のことなどで話をしたい。
すぐ追いかける。六階の面談室を取って、食事も調達しておいてくれ。メニューは任せる」
「あ、ああ……」
そのときぐう、とおなかがなった。
もちろん、我が心の友はこういってくれた。
「お前の分、俺の払いにのせてくれていいぞ」
「サクさんすてき!」
その瞬間、周囲からいっせいに叫ばれた。
「この浮気者っ!」
「なんでっ?!」




