STEP1-4 ~神の子とゆかいな仲間たちは自由の大地への旅立ちをめざすようです(仮)!~
2019.10.03
文章表現の改修を行いました!
「あれ、これ……」
サクに不平を鳴らしていると、どこからか聞き覚えのあるメロディが響いてきた。
ナナっちがスマホを取り出し、メロディを止めつつ答えるには。
「うん。『ツイネク』のオープニングテーマ」
「マジ?!」
俺の脳からさっきの不満が消し飛んだ。
『ツイネク』こと『ツインブレイブNEXT』とは、この秋始まった話題のアニメ。
俺たちが小学生の頃に大流行した『ツインブレイブ』の現代風リメイク版、とでも言うべき作品だ。
『ツインブレイブ』は双子の勇者が正義と平和のために戦う、ファンタジー系冒険活劇だ。
故郷・舞雪村では、男子は全員これに夢中。
もちろん俺も大好きで、夕方五時からの放送の日は、毎回全速力で走って帰った。
そのへんを歩いてるにゃんこも、本当は女神の使いなんじゃないかと……
『どばーんっ! ワガハイはお前たちに助けられた迷いネコだ。人の姿になってお前たちをたすけにきたのだー!!』と言って、俺を勇者にしてくれるんじゃないかと、ひそかにドキドキしていたものだ。
当然『ツイネク』も毎回録画して見ている。
現代風にアレンジされたデザインや設定などに賛否はあるが、それでもやはり胸躍る名作だ。そう、俺は思っている。
「俺もそれにしてるアラームー!」
「まじー?!」
「ちなみに奈々緒はどちら派だ」
俺は断然ホットな赤の勇者が好きなのだが、サクはクールな青のほうで、一度はそれで大喧嘩したこともある。
そのときは結局ドローだったものだが、果たして……
「え? 俺は青……かな……
あっいや、赤も好きだよ! でもさほらっ、別々のほうがグッズ分け合えていいじゃん!
おーいサクやーんいじけないでー!」
くそうサクのやつめ、さりげにドヤ顔してやがる。
ナナっちにわかんなくったって俺にはわかる。幼馴染をなめるなよ。
ナナっちに頭わしゃわしゃしてもらいつつも、思わずジト目でサクをにらんだとき、斜め上後方から声がかけられた。
「あ、お疲れ様です社長、咲也さん。
奈々緒、そろそろ……」
流れるようなしぐさで現れたのは、ナナっちによく似たスーツメン。
一部を下ろしたオールバック、ビシッと決めたスーツと靴はいずれもクールな黒。
だけど、ブルーグリーンの双眸と、浮かんだ微笑みは暖かい。
七瀬陸星。ナナっちの母違いのお兄さんだ。
二週間ほど前のバス襲撃事件を機にユキシロ入りしたため、在籍期間的にナナっちのちょい先輩だが(ちなみに歳は俺たちより七つ上の28、人生的にはずっと先輩だ)、ナナっちの理想に共感し、サブとしてついてくれたそうだ。
「ロクにい!
……そうだった、もう時間だった。
メイちゃん、サクやん。それじゃ俺たち『営業』に行ってきます!」
「くれぐれも無理のない範囲でな。何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
「ありがとうございます、それでは……」
二人は仲良く一礼すると、きびすを返した。
背の高いロク兄さんと、ちょっと小さめのナナっちが並んでいる様子は、いかにも微笑ましいでこぼこコンビ。
だがその背中には、いまやびしりとした緊張感が満ちている。
これからふたりは、初の『戦場』へ赴く。
行く先は、七瀬の本家。
目的は、反社会的活動をやめさせるための説得・交渉。
もし必要なら、ユキシロが力になる。
だから、一度社長と面談してくれと、当主に直談判するという。
七瀬はこのへんでは有名な『ファミリー』だ。
『七つの白波』の紋章を見れば、パトカーさえ道を譲る。
たやすいこととは思えない。いや、可能なこととも思えない。
ナナっちが現当主の嫡男で、もっとも有力な後継者候補で――
遠い遠い昔、故郷をなくした民のためにこの国を作った男の生まれかわりでもなければ。
俺たちの『昔』の記憶の中。奈々希という名であったころから、ナナっちはああやって飛び回っていた。
不可能としか思えないような、大きな夢のために。
けど、ナナっちはやりとげた。
その結果として、この朱鳥国があり、俺たちがこうして生きているのだ。
もちろんこの国にもいまなお、さまざまな問題がある。
七瀬をはじめとした『ファミリー』間の抗争もそのひとつ。
それを嫌がり、生まれ落ちた七瀬から逃げようとしていたナナっちが、いまやそれに真正面から立ち向かおうとしている。
その姿は、俺たちを奮い立たせた。
「あいつは、やはり『あいつ』だな」
「力になって、やりたいな」
「お前はまず、そのための力を開花させねば。
組織としては、我々がいるが……
お前個人としての、知力、戦闘力。
正直に言って、まだまだだぞ」
「ああ。頑張らなくちゃ!」
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ。
すこし早めだが、ベビーリーフ入りを食べたいならちょうどいいだろう」
「賛成!」
ここユキシロ製薬は、世界トップクラスの有名企業だ。
その理由は、創薬開発における実績と技術力、だけではない。
完全ゼロベースを実現させた、超エコ体制。
原料となるハーブは全て、自社内の完全制御型ファームで生産。
株式は完全非公開。入社の手段は縁故かスカウトのみ。
極限まで進めたオートメ化により、たった百名前後の正社員のみで全てを運営していること。
それらが、ユキシロの特異性を際立たせていた。
特異なものは他にもある。
野菜根菜、穀物果物、お茶まで手がけるフードファーム。
全寮制の全社員の毎度の食事に用いるぶんを、豊穣神である俺の力なくしても、全て安定供給できるシロモノだ。
加えて、水道を除くインフラ設備、社員寮など各種アメニティ施設も、本社敷地内に完備。
あとは畜産と服飾、土木ほか重工業、水源と軍隊さえそろえれば、独立国を作って鎖国だってできるんじゃね? などと、ネット上では冗談交じりに言われているほどだ。
しかし、それはいまこの社内でも、『冗談交じり』に言われてることだったりする。
ゆうべ、とある悪党が本社ビルを爆破しようとした。
今回は俺やシャサさんたちで阻止したものの、万一を考えると背筋が寒くなる。
この街の一等地。周囲には商業施設や福祉施設、一般の道路や住宅も、さまざまひしめくこの場所を、奴は何のためらいもなく吹っ飛ばそうとしたのだ。
ただ、俺とサクを拉致するためだけに。
アズールと名乗っていたそいつは、その失敗で七瀬のエージェントをクビになったらしい。
だが、俺たちは知っている。
奴の戦闘力は半端ない。そしてとんでもなく狡猾だ。
暴力を楽しむ精神性と、俺たちとの『過去の因縁』を持ち合わせ、それに基づいて動いている。
悪いことに、奴の行方はいまだ知れない。
いつまた、どこかのファミリーにもぐりこんで、破壊的な作戦を仕掛けてくるかわからない。
いっそ、どこかもっと辺鄙な土地に、敷地を移転しようか。そんな話も出ていた。
大げさと思われるかもしれないが、俺たちにはそれだけの理由がある。
俺たち――このユキシロ製薬のメンバーは、ほぼ全員が、ひとつの小国の民の生まれ変わり。
古代帝国の野望に翻弄され、守護神であった俺を奪われ、ついには砂漠に沈むこととなった『ユキマイ共和国』の民。そして、それとゆかりの深い者たちなのだ。
数千年の時を経てよみがえったユキマイの民は、二度と悲劇を繰り返すまいと、知恵を凝らし力を合わせ、小さな『砦』を作り上げた。
それがこのユキシロ製薬株式会社なのである。
すなわちこの事態は俺たちにとり、国家存亡の危機に等しい、というわけだ。
そんな状況で俺のわがままなど、出している場合ではない。
そう、思ったのだが……
胸に下げた、小さな小瓶。そのなかで、ふわふわゆれるスノーフレークスの真っ白な綿毛。
いつかこいつが、さえぎるものとてない大地に根を張り、本物の日を浴びて花をつけ、自由な風に綿毛を飛ばす光景が見たい。
スノーが最期に俺に託した、願いがかなうところが見たい。
その気持ちは、怒涛の一夜を過ごしたあとも、しぼむどころか、ますます大きく育っていた。
それどころか、このちいさな忘れ形見を見るたびに、強く強く根を張っていく。
――これが、夢。そう、実感せずにはいられないほどに。
「それでもさ、」
だから、口をついたのだろう。
「実は俺、やっぱり自由の大地を探したいって気持ちもあるんだ。
あのころみたくスノーフレークスが、一面に咲いて綿毛を飛ばせるようなところをさ」
だから、思いついたのだろう。
「……雪舞砂漠緑化事業」
そんな、壮大な計画を。
それが、俺たちの行く先を決めた。
絶対不朽の美を誇る、おとぎの砂漠。
俺たちの原点である、雪舞砂漠へと。
* * * * *
それから一時間と経たないうち、計画は動き出していた。
そして俺は、またしてもティーラウンジで絶句していた。
Today's Character Data:
ロクにい……七瀬 陸星
Former Name:七瀬 陸也
Class:建国王の騎士団長、『七瀬の六番目』
Element:水・大地(七瀬由来)+植物・生命(サクレア由来)
Battle Type:万能系(補助寄り)
Skill Name:水の護り
Belongs to:ユキシロ製薬株式会社CEO直属特務ネゴシエーター(七瀬家担当渉外要員)
Strain:人間(中原地方旧七瀬本領)
Hair Color:黒
Eye Color:ブルーグリーン
ナナっちの歳の離れた兄(母違い)で、父にかわって保護者役をつとめていた。
高速バス爆破事件を契機にユキシロ入りした。心温かく礼儀正しい。
血族の特殊な特徴ゆえ、ナナっちに次ぐパワーを有する。つまり国内次点クラスの男。
サキを『咲也さん』、サクを『メイ社長』と呼ぶ。『社長命』すぎるスーツメンその一。