STEP1-1 ~“やくたたず”のにゃんこ王~
「つぎに緑化事業助成への応募について。書類審査は合格、でしたわ。
このごろ応募者ゼロが続いていることを差し引いても、異例のスピードですわね。
予定は前倒しになりますけど、次の行程を進めます。よろしくお願いいたしますわ」
木曜の夕方に召集された役員会議にて。
ルナさんはいつものほんわかとした笑顔で、俺たちに報告してくれた。
イサが信じられないといった様子で目をむいた。
「って、書類提出火曜だよね? マジか……」
「えっ」
信じられないのはむしろ、週末に突貫でクラウドファンディング企画立ち上げて、週明け一日か二日で緑化事業助成の申し込み書類をまとめ、火曜日中に提出すませたイサたちではなかろうか。
「ってか火曜日って俺たち、シノケンでバトってなかったっけ……」
そんな事態ともなれば、いろいろと緊急時対応が発生し、イサたちも多忙を極めていたはずだが。
「フッ! その頃にはとっくに七瀬受け入れの最終確認してたともよ!」
「ええっ!」
思わず凝視すれば、無意味なほどのキメ顔でファサァッと前髪をかき上げるイサ(ちなみにシャサさんは指差して大ウケしている)。
サクを見れば……いや、見るまでもないか……いつものしれっとした顔でしれっとのたまう。
「何を驚いている、われらが主。
ユキマイへの帰還はわれらが悲願。かの地への準備は、すでに始まっていたものだ。
必要書類の多くは提出を待つばかりの状態でそろえてあったし、七瀬の受け入れもそうだ。
砂漠と化したユキマイを制するにあたり、治水に長けた彼らのチカラは必要不可欠。
どういう形であれ、いずれはと考えていた」
そう言われてみれば――なにもなく七瀬の更生を支援とか、考えてみればありえない。
世知辛い話だが、世の中何をするにも金がいる。
ユキシロがいかに『億単位ならキャッシュで出せる』とかいうとんでもない財務体制築いていても、それはこの先の建国のため。
建国には独立が、独立には独立元である朱鳥国とのもめごとが伴う。
それを考えればむしろ、無駄に使える資金などない、といったほうがいいだろう。
つまりこれはあくまで、ユキシロとしての利益に基づいた『投資』だ。
ナナっちの夢をかなえてやるためでも――ましてや俺がそれを推したためでもない。
おそらくは、俺が勝手に暴走してサクに鎮圧され、眠っていた間。
そのときにサクたちがナナっちに持ちかけ、そして成立していた『取引』なのだ。
なのに、ナナっちは俺に微笑みかける。
「せっかく水と大地の力があるんだしって、俺もおやじたちも夢見てはいたんだ。
だから、メイちゃんから話聞いたときは驚いたし、うれしかった。
きっかけはあんなかんじだったけど、更生事業ってカタチでユキシロの傘下に受け入れてもらえて、緑化事業にも参加できて。ほんとに感謝してるよ。
それもこれもお前のおかげだ。ありがと、サクやん」
「あ……いや、……」
いや、俺は、なにもしてない。
どころか、考えてすらいなかった。
なにもしてない。なにも、できてない。
――俺は一体、何をやっていたんだろう?
ナナっちが日々向き合っていた、考えていた問題を、俺は考えてすらいなかった。
仕方がないといえば仕方ないとも言える。
冷たいようだがそれまでの俺は、部外者だった。他人様のお家事情に口出しするような立場にはなかった。だから、ナナっちも打ち明けはしなかったのだ。
でも、俺はやつの親友だ。なのに気付かず。考えもせず……
ユキマイ砂漠の緑化活動にしてもそうだ。
俺はまるで、自分がそれを滑り出させた、みたいに浮かれていたが、実際は逆。
それはもう、みんなの中では想定済みのプランであって。
みんなはすっかりお膳立てをした上で、俺が言い出すのを待っていた。
歩きはじめた幼児のように、とろとろと歩む俺が、追いついてくるのを待っていたのだ。
もちろんこれは、みんなの厚意の結果だ。
『神の子』として身柄を狙われる俺を護るため、一日も早くと、先回りしてやっておいてくれたこと。純粋に、ありがたいことだ。
俺はつい数日前に、自分が何者かを知ったばかり。
何年も、もしかすると十何年も前から、そうであったものとの差はあって当たり前。
それはちゃんと、わかっている。
だからむしろ、そのことに考えいたらなかった……
なのにナナっちの力になれないかとか考えていた……
さらにはシノケン突入で少し成長できたかと浮かれていた、自分の能天気さに今気付いて。
それがとても、情けなくて。
気付けば口をついていた。
「なあ。俺って、みんなの役に立ってる?」
「えっ?!」
全員が驚いたように俺を見た。
いつも余裕のゆきさんまでがだ。
「あ、いやだって……ほら今の俺って、ほとんど仕事もしてないし、……
いや確かに、王様になるなら勉強や訓練大事だけど、それとかみんなのパワーソースになってるのも、それはわかってるけどさ……もっと、役に立たなきゃというか、その……」
「此花さんは、わたしたちの希望の星ですわ!」
がたん。いすを鳴らして立ち上がったのはルナさんだった。
胸の前で両手を握り合わせ、せつなげに目を潤ませる。
「あなたがいてくださるから、わたしたちがおりますのよ。
たとえばその力を失ったとしても、此花さんはかけがえのない、理想の王子様ですわ!!」
「え……」
今度はおれが目をむく番だ。
いま、なんてきこえた?
そう、理想の。そう、おうじさま、だ。
うそをついているようには見えない。いや、ルナさんは嘘を言うようなひとではない。それはよくよく、わかっている。
「いや……俺が? サクならまだわかるけど……おれが?」
それでも俺は、ぼうぜんと聞き返していた。
容姿平凡頭脳平均、おっちょこちょいでひねくれ者で、学もスキルも経験もない。
とりえといえば『サクレア』の力ぐらい、それにしたって平素はそんなに使わない――むしろ頼りすぎてはいけないものだから、あまり役に立たないといっていい。
それが、『理想の王子様』?
ほほを染めたルナさんは、こくりとうなずく。
「はい。
こどものころからずっと、そう思っていましたわ。
わたし、……」
会議室はしん、と静まり返った。
Today's Calactor Data:
イサ……淡谷 勇魚
Former Name:イツカ=イーサ
Class:事務系エキスパート
Element:統合(概念)+植物・生命(サクレア由来)
Battle Type:?
Skill Name:
Belongs to:ユキシロ製薬株式会社労務部チーフ兼食糧管理部チーフ/常務取締役
Strain:人間(朱鳥国中原地方)
Hair Color:ブラウン
Eye Color:濃緑色
お茶目で気さくなムードメーカー。仕事では社長をしのぐ有能っぷりを発揮する。子供のころからシャサが好きだが、彼女からは親友と思われているのが目下の悩み。
前世は学者志望。『身体がそんな強くないから、頭で皆を助けたい』と賢者メイに師事する一方、農作業もさぼらない頑張り屋。




