MIDDLE STEPS 小さな大団円~亜貴の場合
「おーい。あがったぞ梓ー」
「……ん」
俺が居間に入ってゆくと、梓はタブレットでそれを見ていた。
「なに、またそれ見てんの?
ホンット好きだな、奈々緒君」
「……そりゃーな……」
画面の中で戦っているのは奈々緒君だ。
あの日、地下研究所に乗り込んできた子達のひとり。
咲也の親友だという彼は、とても荒ぶる七瀬の一員とは思えないような、優しくて気立てのいい子だった。
見た目もとてもかわいらしいし、いっそ男にしておくのがもったいないほどだ。
おかげでいまや、アイドルにならないかとのオファーが連日殺到しているとか。
梓は彼に夢中らしい。俺がツイネクの録画を見直すより高いほどの頻度で、奈々緒君バトル動画を再生している。
ちなみにこの動画、日間再生回数の新記録をまた更新したらしいが、その大半がこいつなんじゃないかと疑ってしまうレベルだ。
「ほらほら、あとは出てからにしろよ。今度防水型のやつ買ってやるから」
「えー。おにーちゃんが持って立っててくれなーい?」
「結露するだろ」
「じゃー代わりにお風呂入ってー」
「できるか!」
「おにーちゃんのいじわるー。
じゃあ、身体洗っ」
「てほしけりゃ子供にもどれっ! それ以上ダダこねっとフルーツ牛乳お前の分まで飲むぞ!!」
「ちぇー。はいってきまーす」
親父よりでっかい弟は、子供のように口をとがらせると、のそのそと風呂場に向かっていった。
景気よくざばざばと水音をさせていた奴は、しばらくして湯船に落ち着いたらしい。
よく響く声が話しかけてくる。
「でさ、おにーちゃん。
……お前らどーして俺をウチに置いてんだ」
「お前は俺たちの家族だろ」
「俺は、お前に言えないようなこと」
「してないんだろ」
「……」
「してないんだろ。
精神操作で恐怖を見せた。
部屋の外で聞いてる奴らを恐怖に陥れ、支配下に置くため悲鳴を上げさせた。
だが、それだけだ」
「……サクレアか」
「あえていうなら、親父の体当たりだな」
「マジか。」
「マジ。」
「……………………」
「お前ほどじゃないかもだがな、蒼馬だって精神系EXだぜ。
おにいちゃんたちをなめんなよ?」
「…………
言うなよ、ほかのやつらには。
世紀の大悪党アズール様の沽券にかかわる」
「いわねーよ。
……俺の首はそのおかげでつながったんだから」
そう、俺は『アズール様専用おせわがかり』にされたことで、苦境を救われたのだ。
かつて、梓が『アズール』にされたとき。
俺は兄弟としての情から、精神支配をかけきれなかった。
蒼馬の使命を投げ出し、世紀の大事業をめちゃくちゃにしかけたのだ。
よくてクビ。最悪では、ヒトガタの実験動物になっていただろう。
だが、アズールは俺を気に入った、俺を差し出すならエージェントとして契約に応じてやる、と言った。
つまり俺は、自ら人柱として、アズールにかけそこねたくびきの代用品となった――否、してもらったことで、人生を失わずにすんだのだ。
「俺たちがお前を生み出した以上、定期的継続的にお前のケアをするのは俺たちの特権にして、俺たちの責務でもある。
そのためには、お前がこうしてここに住んでるほうが好都合だしな」
まあこれは、俺たちの可愛い梓の世話を、他の奴らにゃゆずらねえぞ。ということなのだが、ちょっと恥ずかしいのでシゴトだといっておく。
「それに……」
「それに?」
「言ったらお前『本当』にすんだろ?
奈々緒君のセカンドにされるとかおにーちゃんはまっぴらごめんだからなー?」
最後はついでに、ちょっぴりきつめにからかってみた。
チカケンではあれだけ怖がらせてくれたのだ。これくらいのお返しはいいだろう。
ごぼごぼっ、という音が風呂場から聞こえてきた。
どうやら奴は、浴槽内で滑って沈んだようだった。
そこへ親父が帰ってきた。
「ただいま亜貴~、梓~。ケーキ買ってきたぞー」
ほろ酔い加減のいい笑顔で、有名洋菓子店の紙箱を提げている。
なんと、カタブツの親父がこんな店を知っていたとは、息子ながらに驚きだ。
「ええっ、親父こんな店知ってたんだ!」
「いやー、吾朗さんが紹介してくれたんだ。
コーヒー入れて早く食べよう」
「ん!
おーい梓ー早くでろー、ケーキ食うぞケーキー」
あれから親父は、七瀬当主の吾朗さんと意気投合、ときどき飲みに繰り出したりもしている(変装してだが)。
さすがに、梓をつれてはいけない――というか、こいつをこんな風に家族としていることは誰にも内緒だ――が、奴のおかげでおやじにも友達ができたのは確かなことだ。
『アズール』の対七瀬作戦の目的は、七瀬家の力をそぐこと。
それがかなった今、もうしばらくは、団体としての七瀬とかかわることはないだろう。
そのダシとして、サクレアを狙うということも。
だがもし、七瀬がほんとうにユキシロと連携するなら……
いや、よそう。これは俺が考えることじゃない。
俺にできるのは、初めてできた友人たちと、弟の関係がこれ以上こじれないよう、気をつけてやること。
苦労人の親父と、伝説の大悪神として生まれてしまった弟を、側で支えてやること。
――いまある小さなしあわせを、はなさないよう、大事にすること。
それだけだし、俺にはそれで充分なのだ。
やっと戻ってきた、家族三人の幸せな夜は、今日もこうして更けていくのだった。
~後半につづく~




