MIDDLE STEPS 小さな大団円~咲也の場合
事情聴取は平和的なムードで終わった。
ユキシロの警備がそれまで、地元の警察、機動隊と連携し、良好な関係を築いていたこと。
そしてサクが事前に、突入の計画を打診し、許可を取っていたことが功を奏したようだ。
もっとも車がジャンプしたのは、最新鋭のからくりカーだ、という体で通したようだけど。
ナナっちたちの異能のパワーについては、意外なほど突っ込まれなかった。
混乱を避けるためとして、おおっぴらに公表されているものでもないが、現場の人たちはすでに幾度も目にしているものだったからだ。
それでも、あれほどの規模のものははじめてだったらしく、さすがにもう政府の情報統制は無理でしょうね、といっそすがすがしい笑いを浮かべていた。
――情報統制。
そういえば、怪訝に思ったことがあった。
PSE事件のとき――NKC運動公園にて、スノーフレークスが一瞬にして大樹となり、直後アズールに焼かれてしまったとき。
ネット上には『モンスタープラント出現か?』などの書き込みがあふれたものだが、大手マスコミの論調は一貫して『燃え上がった大樹の見間違い』と醒めたものだった。
それも、真夜中というのに一体いつえらいさんたたき起こしてコメントもらったんだよ、というカキコミさえ出たほどの速度で、専門家の見解が発表されていたりして。
今回の件ではもっと露骨だ。
アズールが犯行予告動画を投稿するやすぐさまそれは拡散され、ネット上は七瀬バッシングで炎上しはじめた。
さらに『つねに敵の動きに目を光らせ、体制を整えている七瀬より先に“市民グループ”が研究所前にバリケードを張っていた』という異常事態を、さらにいくつかのマスコミがほぼリアルタイムで報道していた。
ネットの炎上、“市民グループ”の行動、そして報道。全てのタイミングが早すぎるのだ。
もちろん、これは陰謀説だ、との意見は多かった。
だがネット上の“特定班”により『“市民グループ”の何人かが七瀬と敵対関係にあるファミリーの構成員の変装である』と特定されたことが、論陣を切り崩した。
ちなみにその“特定班”、骨格の推定フレーム画像とその一致度までご丁寧に添えていた。
もはやどこぞの情報機関真っ青だ。いやむしろ、ほんとに情報機関なのかもしれない。
ともあれ、その誰かさんと、誰かさんに味方してくれた人たちのおかげで、バッシングの向きは一気に反対側に。
七瀬は――新しい俺たちの仲間は、いわれなきバッシングから開放されたのだった。
しかし。
『なにか大きな力が、現実に世の中の情報の流れをコントロールしようとしている。』
この事件はそのことを、俺につきつけた。
平和ボケした一般市民の咲也さんとしては、正直認めたくはない。
だが、それでも厳然として『それ』はあり――
いずれは、ユキシロにも牙をむくことだろう。
大丈夫なのだろうか。この先、俺たちは無事、幸せになれるのか。
俺たちの、自由の大地にたどり着いて。
「大丈夫だよ、サキ。
サキにはあたしたちがついてるから!
やくそくしたでしょ。“きっとうまれかわって、あなたをしあわせにします”って。
スノーは、花菜恵は、約束をまもる女なんだから!」
だが、愛くるしい声が俺を現実に引き戻した。
目の前には、白いフリルつきのワンピースとリボンで装った、雪の天使のような少女。
そしてここは、ユキシロ本社をかこむ庭園。
いつもさんぽやランニングをしている、一度はむちゃな“修行”でぶっ倒れたりしたこともある、ちいさな緑の楽園だ。
そう、今日は、スノーとの記念すべき初デートなのだ。
もちろん、さすがにいきなりフタバカフェは厳しいので、今日はまずここでおさんぽだ。
俺の手にあるバスケットは、多すぎるくらいのお茶とお菓子であふれてる。
『もー、とうさまもかあさまも過保護なんだからっ!』とほっぺたを膨らませてはいたが、それでもスノーの目はきらきらとうれしそうだったことを俺は知っている。
「さ、それじゃーこのへんでお茶にしましょ!
ほらっ、とうさまもにいさまたちも、そんなとこで見てないで! みんなのぶんもあるんたから、遠慮しないで出てらっしゃい!」
スノーが一声叫ぶと、その辺の茂みや木の陰から、吾朗おじさんや七瀬家嫡男のみなさんがわらわらと姿を現した。
頭をかきながらのその姿に、俺はなんだか笑えてきてしまう。
……と、スノーが俺の腕をつねった。
「もーサキったら、ちょっとはむくれたりしてよねっ。
いとしのカノジョとの初デートが家族同伴になっちゃったら、ふつーはもっと……」
自分で呼んだというのに、それを受け入れられたらむくれてしまう。
そんなはちゃめちゃ暴君っぷりがたまらなく可愛くて、俺は白い小さな女王様を抱きしめていた。
その後、サクやルナさん、シャサさんにゆきさん、松田さんに渡辺さんとしあな、忙しいはずのイサたち、さらには納品ついでに御礼に来たという浜名さん父娘までがわらわらと集まり、スノーとの初デートはすっかりみんなのピクニックになってしまった。
こんな光景を見ていると、なんだか昔を思い出す。
昔――ユキマイ平原が緑の野原だった頃、春には皆でこうしてピクニックしたこと。
胸がぽかぽか、暖かくなる。
まるでもう、夢がかなってしまったかのよう。
いや、それはまだまだ、これからだ。
本当に、夢がかなったとき。そのときには、スノーフレークスの綿毛が青空いっぱいに舞っているはずなのだから。
そして俺たちの楽園には、もっとたくさんのひとが笑っているはずだから。
新生ユキマイ共和国という名の、小さくて大きな楽園に。
今はまだ小さなスノーの手をしっかり握って俺は、秋晴れの空に大きく深呼吸した。




