STEP5-3 遭遇・中ボス! ~せーぎの悪役令嬢? は甘い声音で悪魔のささやきをくださるようです~
それは、まるで日に灼けた巌。
もろ肌脱ぎで露出した上半身は、鍛え抜かれた筋肉にみっちりと覆われていた。
八つに割れた腹部にはサラシをまきつけ、だぼだぼとした紺のズボンと黒の地下足袋で足回りを固める。
そうして白髪まじりの髪をつんつんと逆立てた、なんというか……どっかの格闘ゲームに出てそうな初老の男。
そいつは『ワシこそ四天王最後の一人です!』的な威厳を全開に、俺たちに見得を切ってきた。
「――だが、それもここまでだ!!
我は東家五人衆が一人、五条御影!
いざ尋常に、勝ぶ……お?」
がしゃんがしゃんがしゃん。松田さんが、湯島さんが、渡辺さんが五条氏の名乗りそっちのけでマーカーやら不可視の力やらを飛ばし、エレベーターホールとその近辺に仕掛けられたカメラを破壊している。
ここまでくるともはや手馴れたもので、所要時間は1秒たらずだ。
アズール配信の『東雲ライブカメラ(内部)』を見ていた人たちは、いよいよ始まりかけたところで『なぜか』画像が途切れ、サイトに不満を寄せまくっていることだろう。
やがてその不満は、あおるだけあおっておいておあずけをした配信主に向くのだ。
さらに俺たちが異能の力を使用していることもカモフラージュもできるし、作戦としちゃー一石二鳥。
なんだ、けど……。
「おおおおお!! ちょっとまてお前ら、なにやってんじゃー!!
わが晴れ姿がっ、わが晴れ姿が世に出るチャンスなんだぞー!!
せめて、せめて一個ぐらい残しとけよ、馬鹿あああ!!」
五条さん(気持ち的に「さん」)は、だばーと涙をあふれさせて叫んでた。
うん、正直に言おう。今俺はこの人のほうにシンパシーを感じてる。
シャサさんの飛ばしたウインクと代替提案がナイスでなかったら、おいちょっとかわいそーじゃないか! て言いたくなるレベルには。
「だーめ。社長命令だからねっ。
もしなんだったら、機会を改めてごじょっちのカッコイイとこ、世に流してあげるけど?」
「よしっ、ならば許す!!」
いいんかい! 俺は心で叫んだ。
だが、これって悪い流れじゃない気がする。
シャサさんが可愛い笑顔、ちょっぴり甘えた声で問いかける。
「てわけでここ、使わせてもらっていーい?」
うん、俺はこれを断る自信ない(そのせいで鈴森荘に拉致られたのだし)。
もしかしてこれは、いけるか……?
「それはできん。ここを死守せよというのが、かの君の仰せ。
そうして『七瀬の八番目』を誕生させ、七瀬家を崩壊に追い込めば、朱鳥の天下はわれらのものじゃー!!」
うん、やっぱそこまでは無理だった。
五条氏が吼えれば、びりびりと空気が振動した。
そして、バトルが始まった。
五条氏が丸太のような腕を左右に薙げば、そうして床を殴りつければ、衝撃波が、地割れ(床割れ?)が、津波のように俺たちに襲いかかる。
「そいやああ!!」
渡辺さんが両手を広げ、不可視の力場を発生させて俺と湯島さんを守ってくれる。
松田さんは巧みな動きで回避をしつつ、マーカーを操って五条氏をかく乱している。
そうしてシャサさんは輝く炎熱の風で、クロスカウンターの攻撃を仕掛ける!
交錯する攻撃のさなかを縫うように、渡辺さんが問いを投げかける。
「っていうか、なんで東の大御所がここにいるのよ!
門のところは町の人たちと七瀬家で埋め尽くされてて、わたしたち以外出入りしたものはないはずなのに!」
「はーっはっは! それはもちろん! 外の部隊より先にわれらが所内におったからに決まっておろう!」
「な、なんだってー?!」
「っていうか外の部隊ってどーゆーことよ?!」
なぜか、シャサさんと渡辺さんがおどろいた様子で聞き返している。
「もうカメラもないことだ、冥土の土産に教えてやろう。
外の市民グループはわれら、東家と南原家のメンバーおよび、アズールが洗脳した一般市民たちなのだー!!」
「おいちょっと待てっ!!」
市民グループが偽者というのは、ロク兄さんから聞いた。
が、そこに町の人まで混ぜられていたと?
俺はさすがに黙っていられなかった。
「関係ない町の人たちを洗脳して、それで戦闘に引っ張り出したってのか、七瀬相手の!!
あんたたちはそれでいいのかよ?! ファミリーの誇りはどうなってんだよ!!」
すると、五条さんは苦い、苦い表情でこういった。
「上の命令は神の声。我らはそうして生きてきた。
お前たちとてそうであろう! さあ、尋常に」
カチッ!
そのとき、鋭い音が――ぶっちゃけなんだかやばい気持ちになる音が、うちつづく轟音を貫いた。
思わずその源をみれば、全身黒のゴスロリに身を包んだ美少女――湯島さんが、銀色の棒状の『それ』を突き出し、悪い笑いを浮かべていた。
湯島しあなは、サラサラの銀髪をぱっつんショートにした、ちょっぴりボーイッシュな美少女(16)だ。
ゆきさんと同じように前髪で右目を隠しているが、こちらは大きなトルマリン色の瞳がかわいらしく、二人でいると姉妹のような好一対、といった趣きだ。
湯島さんはわけあって高校には行かず、二年前、できたばかりのユキシロに就職したのだという。
だが、松田さんのマーカーも、サクが乗ってたあの車も、彼女がじきじきに手がけたもの。
彼女もルナさん同様、天才少女なのだ。ただし、わけありの。
その天才少女は、完全に悪党キミだよね?! キミが悪党でいいんだよね? といいたくなるようなセリフを、かろやかなソプラノボイスで薄闇に放つ。
「くっくっく。これがなんだかわかるかな、五条のダンナ?」
「…… もしや?!」
「そう。ボクのお手製ひみつ道具、『スイッチの音がやたらとでかいちょーふつう性能ボイスレコーダー・フルカスタム』だ!!」
……いや、普通のボイスレコーダーでも、いちから作れるのはすごいとは思う。
でもさ。
「そこは超『高』性能でくるべきじゃない?」
「なぜわざわざふつう?!」
「突っ込むのそこかーい!!」
敵味方双方から突っ込まれ、逆切れツッコミ返しをかました湯島さんは、どうどうと松田さんに背中をたたかれ、こほんと咳払い。
「まあ、いまのはボク一流のジョークだよ。問題はそこじゃない。
なあダンナ、いまキミはとんでもない間違いを犯したんだ」
――しん、と静けさが、エレベーターホールに落ちた。
「先ほど我々は、アズたんが仕掛けてくださりやがった盗撮カメラをどっかんがしゃんと駆逐した。
が、だからといってキミの言葉を、外に漏らす方法が潰え去った、というわけじゃない。
その『例外』がコレ。このボク特製のひみつ兵器、『スイッチの音がやたらとでかいちょーふつう性能ボイスレコーダー・フルカスタム』だ」
「っ」
破壊してくれる、と五条氏が動く直前に、湯島さんはつまんなそーにつけたした。
「あ、いっとくとこれはただのマイク。音声データはユキシロ社内の専用サーバに即時転送されてるから壊しても無駄だよ。
つまりほんとにただのふつーの、ボイスレコーダーでしかないんだな、これは。
まあ、スイッチの音がやたらとでかいんだけどさ」
そして(ボイスレコーダー型の)マイクをぽーいと後ろに放り投げた。
ぶっちゃけ、いろいろとつっこみたい。つっこみたいことはいろいろあるが。
「いや何で投げ?!」
「用済みだからね。
だって、決定的瞬間はもう録音しちゃったもん。
五条のダンナが、上が秘密にしてたであろうことどもを、敵であるボクたちにとくとくとしゃべってしまった瞬間をね!
……これを世に流したなら、形勢は逆転するぜ。
いま、七瀬は罪なき人々をぶん殴り、罪なき研究所にとっこんで、罪なき赤ん坊を消そうとしてるクソヤロウどもだ。
だが、それが東と南原による陰謀だったなら?
七瀬に犠牲にさせるために小さな命を作り出し、市民を洗脳して人間の壁に使い、そいつらに隠れておれたちゃ正義だみたいな顔をしたやつらは、なんて言われるべきだろうな?」
「くっ……」
黒ゴス少女はつかつかと、ひざをついた男に歩み寄ってゆく。
歩き出す前にちらと見えた、あやしく輝くトルマリングリーンの瞳は、もはや彼が抵抗できない、そのことをしっかりと認識していた。
「なーに、ボクたちだってオニじゃない。
キミだって利用されていただけ。選択ぐらいはさせたげる。
油断からの機密漏えいと、『正々堂々』戦っての敗北。
キミの立場がマシになるほうを選びたまえ、ダンナ」
オニじゃないが、悪魔であった美少女は、とろけるビターチョコのような声音でささやいた。
実質選択の余地のない選択肢を、くず折れた男の耳もとで。
だが、俺はそれには賛同できない!
湯島さんと五条氏の間に割って入った。
そして五条氏を、背中にかばって言っていた――
Today's Character Data:
五条氏……五条 御影
Former Name:?
Class:格闘家
Element:大地・運動
Battle Type:格闘
Skill Name:気合じゃ!
Belongs to:東家エージェント『五人衆』
Strain:人間(中原地方)
Hair Color:白(白髪)
Eye Color:こげ茶
初老の格闘家。ツンツン頭はセットしたのでなく、もとから。
大地属性のチカラを操るが、レベルを上げた物理なんじゃないか疑惑アリ。
頑固者に見えるが、実はおおらかでフリーダムな性格。子供に好かれる。タイプは年上。




