STEP5-0 ~悪党、舞い戻る~七瀬家五男・七瀬出香(29)の場合
俺はそのとき、本気で奴を殺そうと思った。
一度目は、奈々緒が作戦失敗の責により、奴自身の手で粛清されたと聞いたとき。
奈々緒は一般人として生きてきた。端から、成功の目なんかなかったというのに。
しかし、奈々緒は生きていた。
ユキシロ製薬側によって保護され、命に別状はないという。
それを聞かされたのは、奴に返り討ちを食らった後だったのだが。
ほっとしたのもつかの間、奈々緒はさきにユキシロに保護されていた陸星とともに、本宅に乗り込んできた。
七瀬に他家との抗争などの、反社会的行為をやめさせたい。
そのために、親父を説得しようと。
口下手な親父は、奈々緒に何も言ってやれなかったらしい。
母上がとりなしてくれたようだが、奈々緒は納得せず、所用帰りではちあわせた俺にも気持ちと言葉をぶつけてきた。
だが俺も、親父の子だった。
奈々緒を納得させる答えを、返してやれなかった。味方に、なってやれなかった。
愛する妻から、あのことを聞いたばかりというのに。
俺たちの初めての娘、誰より可愛い天使のももかが、幼稚園で俺と同じ言葉をかけられた。そんな、胸の張り裂けるような知らせを。
七瀬に連なる者たちをこつこつと回っては、肩を落として帰る。
奈々緒はそれからも、そんな日々を重ねていた。
大事な、末の弟だ。捨て置くことができようか。
俺たち兄弟、そして親父は本宅に集まり、口下手なりの言葉を交わしたが、『結論』はどうやっても出なかった。
俺たちに、現状を変えることはできないのだ。
七瀬の名がどれほど知られても、敵はそれ以上に力を増して、俺たちを食らいにやってくる。
東。南原。瑠名に連なる、あるいはそれとは別口の、その他もろもろの有象無象。
忘れようとしていた、目をそらしていた無力感だけが、時とともにずしりとのしかかる。
『それ』が起きたのはだから、俺たちもどこかで望んでいたことだったのかもしれない。
* * * * *
時刻は夕刻。俺はまた、七瀬の本宅に呼び出されていた。
家族のことだ。もし呼ばれずとも行く気だった。
だが、結論は出ないだろうと、心のどこかであきらめかけていた。
そのためだろう。俺は珍しく会合に遅刻しかけた。
慌ててふすまを開けて、俺は声を失った。
上座で親父が、腕を押さえうずくまっていた。
それをなした黒尽くめは、愛用のパンクなブーツも脱がぬまま、七瀬本宅、奥の間の真ん中にどん、と君臨していた。
兄たちに囲まれ、殺意を向けられつつもニヤニヤと笑って。
その手の中に、信じがたいものをもてあそびながら。
本来当主しか触れることの許されぬ、美しい水色の――ただし今は、親父のものであろう赤色が、印面にべとりと付着している――繊細な玉細工。
七瀬の印璽。我らの至宝であるそれを。
偽名を蒼馬梓という化け物は、ふざけた調子で通告してきた。
「ンっじゃ~こいつは預かってくぜ。
お前らが“勝っ”たら、こいつは返す。
だが“負け”たなら、俺がこいつでナナちんを当主にする。
万一ヤツを殺したり、人質に使ったりしたら“ゲーム”はオシマイだ。七瀬の血を引く全員、あいつ以外の全てを焼き尽くしてやる。
本気だ。異論は認めねえ」
「アズール、貴様……何をする気だ!」
「そーせくなよオッサン。さっきもいったろ?
『つづきはWebで☆』だ。
俺サマの華麗なる動画デビュー、目ン玉かっぽじってよーく見てくれよ。
ほんじゃー、あでゅ~!」
奴は、余裕綽々と言った様子で背を向けると、フリフリと手を振り庭へ降りていった。
そこにはすでに、本宅警備の精鋭たち30名が、息も絶え絶えに転がっていた。
「蒼馬ァ!!」
俺は奴を追いかけた。実力差などわかっている。だが、行かせてなるものか。
碧玉の印璽は、七瀬の至宝。
七瀬当主の資格は、これを介してのみ委譲される。
これを失うことはすなわち、七瀬は自決の権利を喪失する、他家の支配下に堕するということ。
無理やりに当主に据えられた誰かの、悲惨な運命の始まりを意味する。
家族たちの誰がそんな目に遭うことも許せない、が、奈々緒はまだ、成人したばかり。
心に深い傷を負い、生きる長い人生はどれほど辛いものとなるだろうか。
絶対に絶対に、そんな目に遭わせてはならない!
二度目だった。全力で奴に打ちかかった。本気の本気で殺そうとした。
だが気がつけば、俺は病院のベッドの上だった。
――そして俺たちは、末の妹、もしくは自らを殺すための作戦に身を投じることとなった。
誰にも助けを求めることがかなわぬまま。
ただ、奇跡だけを祈って。
Today's Character Data:
イツにい……七瀬 出香
Former Name:?
Class:建国王の騎士、『七瀬の五番目』
Element:水・大地
Battle Type:万能系(投射攻撃は若干ノーコン)
Skill Name:操水
Belongs to:七瀬家嫡男・幹部
Strain:人間(中原地方旧七瀬本領)
Hair Color:黒
Eye Color:ブルー
ナナっちの歳の離れた兄(母違い)。七瀬家を守るためにとみずからすすんで父親に杯をもらい、構成員として働いていた。
三年前に妻『ゆりか』と結婚し、かわいい長女『ももか』も授かり、しあわせいっぱいだったはずだが、アズールの策で東雲攻防戦に身を投じた。
血族の特殊な特徴ゆえ、ロクにいに次ぐパワーを有する。つまり国内次点クラスの男。
父親譲りの口下手だが、家族思いのところもそのまま。




