STEP4-4 ~サクの“むちゃぶり”に俺は度肝を抜かれたようです~
『ああいっとくけど~、ナナちんはぜったいだめよ~。ナナちん死んだら俺この一帯焼き払う。人質になんか使っても同様だ。
異論は認めねえぞ。瑠名も七瀬も皆殺しだ。
それが嫌なら、俺の下に来い、ナナキ。そうすればやつらも命だけは助けてやる。
以上だ。』
相変わらずサングラスをかけたまま、それでもハイな様子でやつはまくし立ててきた。
しかしそれまでのノリノリトークがうそのように、最後は冷たい、底冷えすらする声音が流れ――きっぱりと、断ち切られるように動画は終わった。
「ナナキって、……そっか、前世の俺、か……」
またしても、言い訳聞かないほどきっぱりと、名指しされたナナっちは納得していた。
「これで納得行った。実は変な気はしてたんだ、あいつが俺を指名するとかさ。
だってあいつ、俺のことすっごいバカにしてたんだ。軟弱だ、弱虫だ、甘ったれの役立たずだって。
前世の俺と、あいつ。一体どんな関係だったんだろう。
偉名帝国の実質の支配者と、そいつに抜擢された福祉大臣――
一時は、学友だったともいわれてるけど――」
ナナっちは“自分がナナキである”ってことくらいしか、まだ記憶が戻っていないらしい。
まあ、時間の問題かもしれないが、ともあれ現時点、それがわかる者はここにはいないということだ。
そのときふいに思い出した。
「そういや何回かあいつに連れられて、ナナキに会ったことがあったな俺。
いつも急用が入ったり、俺が眠くなったりして、ほとんどまともに話せてないけど……」
こめかみに手を当て、さらに記憶を探る。そのとき、ナナキはどんな顔をしていたっけ。そして“るーちゃん”、猫かぶり状態のアズールは?
『聞こえるか、わたしだ』
と、サクの声がして俺は目を開けた。
『社用車で近くまで来た。これから門前で説得を試みる。
合図したら、そのまま飛び込め』
「らじゃ!」
「はいっ!」
シャサさん、渡辺さんが陽気に元気に了解。
「いやいやいやいや?!
サクさん? そのままって、まさか車で?」
『そうだ』
「おい?!」
いやそれは、まずいを通り越してヤバくないか?!
『大丈夫だ。
サキ、お前はシャサにつけ。見せ場でだけ前に出す。けして突出するな』
「ちょ……」
『奈々緒はわれらが突入した後に出ていき、七瀬の説得を。
七瀬は確実にかかってくる。それでも言葉と力と慈愛を尽くし、真正面から勝て。
七瀬の王としてふさわしい姿を示すのだ。
陸星は側で奈々緒を守れ。お前は王の一の騎士として、誇り高く忠実に、最善を尽くせ』
「わかった!」
「かしこまりました!」
ナナっち、ロク兄さんは意気込んで返事をした。
だが、俺は予想外すぎる指示に食って掛かった。
「おいちょっとまて無茶だろそれっ!!
あの人数の前にナナっちとロクにいさんだけで放り出すってのか?!
相手はプロ揃いだろ! 相手にイツ兄さんだっているんだ! だいたいナナっちはついこないだ殺されかけて入院」
『“市民軍”と機動隊、バックアップ部隊は奈々緒の側となる。そして誰も、奈々緒を殺せん。
お前たちはルナの『アクアヴィータ』で完全に回復されている。
そうでなくとも、この事態でやれないものに国は成せん』
たしかに、そうかもしれない。
でも、ナナっちは俺にとっては友達だ。
普通の暮らししてたころには、人をぶったこともなかったに違いない、優しすぎるほどの。
「……あんだけいる中の誰かがバカやんないって保障はあるのか」
『そのために陸星がいる。
ユキシロから他の者はつけられん。我らと奈々緒がグルと思われれば、作戦は瓦解する』
「っ……」
そうなんだけど。そうなんだけど……
泣き出しそうな恵理子さんの顔が浮かぶ。いまならわかる、彼女の気持ちが。
俺たちはあんなふうにかっこつけず、もっとこそっと出てくるべきだったかもしれない……
「サクやん」
そんな、思考と感情の渦から俺を引っ張りあげたのは、ナナっちの声だった。
「俺ならできるよ。信じて。
さっきはみっともないとこ見せたけど、俺は七瀬の七番目だよ。
ロクにいも一緒にいる今なら、親父にだって勝てる。
俺たちには、お前たちの加護もある。負けないよ、絶対に」
ナナっちの笑顔はそして、穏やかながらも明るく、自信に満ちたものだった。
さっきやいつぞやの顔とは大違い。おもわず大丈夫と思えてしまう。
『サキ。お前の最も重要な役目は、われらを鼓舞するカリスマ、そして加護を与えるパワーソースとしてあることだ。
お前とスノーがどちらかでも欠ければ、我々に待つのは破滅のみ。
お前たちさえ無事ならば、我々はいくらでも立ち上がり、勝てる。
それを踏まえての最善の手だ。やってくれるな』
そうだ。サクは俺が知る限り、誰より冷静で賢明だ。
まあむちゃぶりはたまにとんでもねーが、それでも本当に無理なことを強いたりはしない。
俺は素直に頭を下げた。
「……わかった。ごめんサク。お前の作戦、信じるよ」
「決まりだな」
ナナっちが、ロク兄さんが車を降りた。
「いってらっしゃい」
「帰ったらうまいもん食おうな!」
最後にこぶしをうちあわせ、一旦俺たちは左右に分かれた。
ナナっちたちを後に残し、俺たちは車を飛ばし、東雲研究所へ。
やがて、車止めと武装した警官隊による、ものものしい規制線が見えてきた。
先行していた車はもう止められ、窓を開けて警官たちと会話している。
やがて俺たちの前にも警官が現れた。
ほかの警官たち同様、白いヘルメットをかぶり、引きつり気味の顔をした青年だ。
激しく笛を鳴らして、俺たちの前に両手を広げる。
「タロっち、あたしあたし。しゃちょー来てる?」
しかしシャサさんがひょこっと車窓から顔をのぞかせると、彼はどっと息をついて手を下ろした。
「シィさん!
……いらしてますよとっくに。
メイ社長からご連絡は受けてます。どうぞ、こちらへ」
若狭さんというその警官の誘導で、俺たちの乗った車はゆっくりと規制線の前に出ていく。
「これってだいじょうぶなんですか?」
ぴりぴりしたムードの警官たちの間をとおりつつ、俺はシャサさんにきいてみた。
「ああ、だいじょぶ。うちの警備、警察や機動隊とも民間協力者として連携してるから。
……もっともほんとのチカラは出せないけどね」
あたりまえのようだが、俺たちのような力はこの世界では『異能』。ほとんどの人は持っていないし見たこともない。つまり公式には『ないもの』とされている。
「できるのは、しらんぷりして『奇跡を起こす』ことぐらい。
でも、そんなのはもう終わりにしたい。
おとぎの砂漠に、あたしたちの夢の国を作って。
このことは、そのための足がかりにする。
……ぜったいまけない」
「ああ」
そんな風に話していると、それは始まった。
両軍の間にしずしずと、真っ白な乗用車が滑り込んできた。
パールのような輝きを宿す側面には、落ち着いた緑色でユキシロ製薬のマーク――花と若枝で編まれたリースにかぶさるようにして、『Yukishiro Pharmacy』の文字が記されている――がペイントされている。
白の車はこの朱鳥国ではありふれている。しかしこいつはまるで別物に見える。
同じようなカラーリング、同じようなフォルムでありながら、各部にさりげなく上質の輝きを宿している。
実際別物なのだ。戦車砲の一、二発ぶっこまれてもびくともしないとか、もはやそんなの乗用車じゃない。
一体どうやって車検通したのかと疑問がよぎるが、それは今はおいとこう。
いまそこから、もっとすごいのが降りてきたから。
大人の落ち着きを形にしたような、モカブラックの靴。安心感とすがすがしさを兼ね備えた、ブルーグレーのスーツ。
スーツのボタンの縁取りや、ネクタイピンは陽光を受けて、やわらかな金色に輝く。
純白のワイシャツに、スーツよりすこし暗い色合いで揃えられたネクタイが清廉な印象。
金色がかった亜麻色の短髪が風にふわりときらめけば、黒にも近い深緑の瞳は闇を切り抜く。
いったいどこの王子様だ。いやむしろ王様じゃないか。見守るものたちはみな息をのむ。
そんな反則レベルのイケメンは、静寂の路面に靴音を響かせひとり、殺気立つ男たちに相対した。




