STEP4-1 ~“アズたん”の挑戦状~
2020.06.22
一部文章、改行ルールなど修正いたしました。
世界的ロックアーティストもかくやの、ガンガン響くハスキーボイス。
そいつが伝えてきたのはしかし、オレオレ詐欺が抗議のFAX送ってよこしそうなふざけた挨拶。
名指しされたナナっちは、いつになく凶悪な笑顔で吐き捨てた。
「こんなオッサンしらねえ。」
「はげどう。」
俺も激“はげ”しく同“どう”意していた。
もちろんそれは動揺をココロから逃がすための、一瞬の現実逃避に過ぎない。
お玉さんの部屋に集まった俺、ナナっち、ロク兄さん(ちなみにまたしてもエプロン姿だ)、お玉さんと浜名さん、それに偶然いたタマとしろこも、ぴん、と耳をそばだてる。
『えー。先日わたくしアズールは、都内某所に冷凍保存されていた精子と卵子を拝借し、ここ東雲研究所にて名門七瀬の現当主、七瀬吾朗サマの八番目のお子様に当たるお方を作成しちゃいました~!
管理名はスノーフレークス。かわいい女のお子さんでーす!
いまはまだこーんなちっちゃい胎児の状態だけど、いま急速成長かけてるからもうじき“生まれて”くるよ!
いーやーたのしみだねー。七瀬って美女イケメンぞろいだし、どんなびしょーじょちゃんになるのかな! アズたんわくわくしちゃうね、なんて!!』
「な……っ?!」
奴が示した手のひらの先、大人ひとりがすっぽり入れそうな円筒型の水槽のなか。
柔らかな光に照らされ、ふわふわとたゆたう薄ピンク色の生命。
ピンクの臍帯でつながれた、子供の握りこぶしほどの大きさのそれは――
スノーと加護でつながっている俺たちにはわかる。あれは彼女の魂を宿した人類の女の子だ。
よりにもよってというべきか。転生したとはいっていたが、まさかそんなところにいたなんて。
まるで俺たちの反応を予測していたかのように(いや、していただろう。なんといっても精神系のエキスパートなのだ)、奴は芝居がかった間を取り続ける。
『皆さんご存知のとおり、『七瀬は八番目が生まれると滅ぶ』と言われています。
ふるいふるーい言い伝えですが、これは果たして本当のことでしょーか?
ワタクシそれを検証してみたいと思いまーす☆
タイムリミットは今夜十二時。それを過ぎたらスノーちゃんは産声を上げ、この朱鳥国の法律によって完全な人権のある存在となります。
そのとき七瀬はどーなるのでしょー?
一説によれば、当主の八番目の子が生まれると、七瀬に与えられた神のご加護が逆流し、当主ちゃんがタイヘンなことになっちゃうそーですが。
科学全盛のこの世の中、んなことホントにあるのでしょーかっ?』
「……!」
「三島君? 顔色が……」
ナナっちが息を呑み、浜名さんがいぶかしげにそれを見る。
浜名さんは知らないのだ。こいつが七瀬の嫡男であることを。すなわちいまどんな葛藤が、やつを見舞っているのかを。
ナナっちはたしかに『七瀬』を嫌っていた。だが、家族を悪く言うことは一度だってなかった。
一方でスノーも、ナナっちにとっては見捨てるわけにいかない存在。
つまり突き付けられたのは、自分にとって大切な存在のどちらかを殺せ、という、究極の選択だ。
そのときふたたびアズールが機関銃のようにしゃべり出し、疑問は宙に浮いた。
『なーんつって。
俺たちの真の目的は『そのとき七瀬がどう動くのか』を見定めること。
その結果さえ確認したら、また歴史の闇に綺麗さッぱり消えやしょう。
――カタギの研究所に押し入って、罪なきようじょを犠牲にしてでもわが世の春をのぞむのか?!
――それとも、現当主ちゃんがさくっとリタイヤするか?!
まっさか、ただ座して滅びを待つなんてこた絶対ないよねえ?! 普通に考えてスノーちゃんグッバイルートだよねェ?!
でもそれだとゲームがつまんないから、ここはハンデをつけてみましょー。
すなわち俺、あーんど研究所内のゆかいなしもべちゃんたちで、ユーの相手をしてあげマース!
もちろんここや、研究所でのバトルの様子は絶賛ライブ中継しちゃうよ~。
『東雲ライブカメラ』で検索よろしくゥ!
みんなみてね~! ばいば~い☆』
ここで、その動画は終わった。
いや、絶対に『これで全て』なわけがない。確実に続編があるはずだ。そいつには主に俺たちに向けた、重要な内容が収録されているに違いない。
まあ奴のことだ、ひっどい悪態もついてるのだろうが。
もちろんそんなものを浜名さんの前で見るのははばかられる。
それに、画面の下はじで流れるように更新されているコメント欄、そこに投稿されてくる言葉は、加速度的に険悪になっている。おそらく、このままでは……
俺はウェブブラウザを落とし、ここまでか、テレビを見よう、と皆を促した。
浜名さんが、ナナっちが視線をテレビに移すと(なんだかだましてるような気がしてちょっと後ろめたかったが)、俺はみんなの後ろでこっそりとブラウザを立ち上げ直し、続きと思しきデータのダウンロードを開始した。
途中でサーバが落ちないか不安だったが、無事DLは成功。
よし、とテレビに視線を向けて、俺は絶句した。
映っていたのは、どうみてもやばい――やばい、としか言いようのない状況だった。
双方合わせて、200名は下らないか。
下り始めた薄闇の中、研究所正門前でふたつの人群れがにらみ合っている。
かたや門に向かって圧を発する、おびただしい数の黒スーツ。
一方、門を背にしてバリケードを張っているのは、そのへんの、ふつうの、町の人々だ。
警備員っぽい制服姿も混じってはいるが、ほとんどはいかにも一般市民といった服装。
カバンを抱えたスーツのサラリーマン風、魚屋さんの前掛けをしたおじさん、作業着の若者、買い物籠を手にしたアフロのおばちゃん? まで見える。
七瀬家のメンバーと、駆けつけた市民たちがにらみ合っている。大変危険ですので、一般の方は現場には絶対行かないでください、とレポーターが真っ青な顔で言っていた。
だが、ひざをついたナナっちの顔は、それ以上に青い。
おそらくは、それを見る俺の顔も。
止めなければならないことはハッキリしている。
朱鳥で一番怖いといわれている七瀬の構成員に、一般人が真正面からやってかなうはずなんか、絶対にないのだ。
あんなバリケードなんかものの役にも立ちはしない。一度始まってしまえば、待っているのは惨劇だけだ。
それでも、研究所前の人々は命を張って研究所前を固めている。
ブラウザに流れる言葉は、七瀬への罵倒に満ち満ちている。
止めなければならない、それはハッキリしている。
けれど、周囲を固める警官隊や機動隊も、その場を動けずにいる。
動こうとするとその瞬間、双方からすごい威嚇が飛んでくるのだ。
下手に動けば、始まってしまうだろう。
どうすればいい。どうすればいいんだ。
俺は必死で頭を絞った。だが、答えがみえてこない。
この場だけ、チカラづくで排除しようと思えばできなくはないだろう。
だがそうすれば――犠牲など出てしまえば。
七瀬に犠牲が出た場合、報復テロを覚悟せねばならないだろう。
しかし住民側に犠牲を出せば、それこそ世の中全部が敵に回る。
朱鳥の国家権力においてすらそれは、看過できないダメージとなるはずだ。
だから、警官隊も機動隊も動くことができずにいる。
「お、……れ……」
悩み、悩み、悩んでいたそのとき。
ナナっちが、ふらふらと歩き出した。




