STEP4-0 ~悪党、舞い戻る~朱鳥国立東雲研究所所属特務研究員・蒼馬亜貴(22)の場合
2020.06.18
一部地の文を改修いたしました。
日付は少しだけさかのぼる。
時間は真夜中。場所は、24時間開放の所員専用ラウンジ。
朱鳥の闇をも担う研究所、との別称にたがわず、今夜もちらほらと人がいる。
コーヒーを飲み、肩を回し、雑談したりスマホを見たり。
俺もまた、いつもの席でしばしの息抜き――スマホ片手に、趣味のネットサーフィンに興じていた。
研究員という仕事は基本的に多忙だ。自宅は職場の敷地内にあり、ハウスキーパーも定期的に頼んでいるとはいえ、時間や手間のかかる趣味に没頭することは難しい。
まして今は『ツイネク』のテレビ放送が始まってしまった。
多いときには一日に2、3回録画を見直すこともあり、それを除けばこれだけが、ささやかな日々の楽しみだ。
まあ、ここのところは『ツイネク』の情報をあさるばかりだったのだが……。
いつものまとめサイトの見出しの一番上、いきなり飛び込んできたタイトルは『NKC運動公園でモンスタープラントを目撃した件』。
俺もバイオ系の科学者だ。気にならないわけもない。
タップして内容を表示させれてみれば、ざっとこんなものだった。
つい先ほどNKC運動公園で、植樹一本が燃える火災が起きた。
だがそのとき燃えていた木、それはどうみても数十メートルはある巨木だったという。
月明かりの中、一瞬でぐわっと生えてきて、間もなく燃え上がったのだと。
専門家の見解によれば『激しく炎上する樹木の見間違い』となっているが、そんなことはない、NKCショッピングモールの大きさと比較すれば……
『たった数秒で数十メートル成長するモンスタープラント』? なーいない。無理だからそれうちの技術でも。
リンクをたどってゆけば、出るわ出るわ、荒唐無稽な解釈が。
面白い。下手なドラマよりずっと。これだからやめられないのだ、ネットサーフィンは。
それは、同類を“改造”したりはした。
けれどあれはあくまでも、もとからヒトの常ならぬ“素質”があったからなしえたことであり……
そんな思考をぶった切る、ブーッという音。
テーブルの上、俺のシルバーのケータイが振動している。一秒遅れて流れだす着メロ。
心臓が跳ね上がる。手が震えた。着信者表示を見る。やはり、あいつだ。
俺の一番の宝物、『青の勇者』のストラップ人形も、机の上で震えていた。
心臓が早鐘のように打っている。大きく息を吸う。だめだ、収まらない。
けど、しかたない。あいつが痺れを切らしでもしたら、その後がどうなるか。
周囲からの痛いほどの注目の中、ぐっと息を呑み、着信ボタンを押した。
「はい」
精一杯、平静を装う。からかわれるに決まっているからだ。
奴はあいかわらずの、ふざけた調子でまくし立ててきた。
『よーぅソーマちゃんちょっとぶりぃ。
なに? キンチョーしてんの? やっだなー、俺デンワじゃなーんもできねえって。それともテレホンなんとかご希望ちゃん? もー、おにいちゃんったらせ・っ・か・ち☆』
「なっ……」
果たして努力は無駄に終わった。
飲み物を飲んでなくてよかった。飲んでいたらぶっと吹いていただろうから。
そう、無駄な努力だった。
なぜってこいつは精神系の超エキスパート。
そして……
『で、やんの?』
「んなわけないだろ阿呆っ!!」
つーかなんなんだそのテレホンなんとかって。まあ絶対にロクなことではないだろう、それはすでに経験でわかっている。危険なにおいのすることはつっこまないに限る。このネタは断じてスルーだそれがいい。
『あーあ、おにーちゃんつめたーい。アズたん傷ついちゃうなぁー。まーいーや。
――仕事だ。体外授精装置と急速育成装置をスタンバイしろ。三分だ』
「んなっ……」
声のトーンが変わった。前触れとてなく。
これは冗談ではない。指示ですらない――命令だ。それも絶対に近い。
だが、んなもんどうやったって三分で準備できるわけがない。いかにここが朱鳥国の最深部、その闇をも担う東雲研究所だとしても。
「無茶だ。持っているのは卵子と精子だな? 冷凍保存庫を使わせるから一時間……」
『三十分だ』
「わかった。どこにいる」
『――君の後ろの暗がりに』
同時にごそっ、と音がした。
「どばーんっ☆」
思わず振り返れば、タイミングをぴったり合わせ、壁面収納の扉が『内側』から勢いよく蹴り開けられた。
見覚えのあり過ぎる演出で現れたのは、そう、やつだ。
シルバーのケータイを耳に当てたまま。目元には、いつも通り濃い色のサングラス。整った口元には、相変わらずのニヤニヤとした笑み。
しかし今日はなぜか、白衣にパンクな革のズボンという、ミスマッチもはなはだしいファッションだ(どうやって手に入れたのかは大体わかるが想像したくない)。
ラウンジにいる者たちが一様に凍りつく中、あっという間にやつとの距離は詰まり――
俺は『声』を奪われた。
さっきのそれ、某妖怪アニメのパクりだろ!
そんなツッコミを口に出す間もなしに。
「……とりあえず再会のご挨拶はこんくらいしとくわ。
急げ。失敗は許さねえ」
壁際にくず折れた俺に、命令が投げつけられる。
呼吸を整える間すら許されない。
東雲の闇の帝王に、たった一時間で君臨した男。
その意に東雲研究所は、服従するよりほかはない。
奴のケータイに吊り下げられた『赤の勇者』は、悲しく光をはじいていた。




