優しい雨音
しとしと優しい五月雨が降る午後二時過ぎ、私は熱い紅茶を注いだお気に入りのティーカップを片手に、キッチンの大きな白い窓から木々を眺めていた。
いろいろな形をした葉っぱを身につけて、みんな本当にお洒落だ。風がたびたび運んで来る便りを、彼らは今か今かと楽しみにしているらしい。白い空と、小さな水たまりや水滴が、木々の緑色をさらに美しく引き立たせている。
色とりどりの花たちは、恋人が遊びに来てくれないので少し寂しそうだった。ただひとり、マリアをのぞいては。
マリアの恋人の名はアルフレッド。
四枚の美しい羽を持つ蝶である。
アルフレッドが散歩中、休憩に立ち寄った場所がマリアの頬だった。
「うふふ。くすぐったい」
羽を静かに休めていたとき、嬉しそうにマリアが頬笑んだ。
「今日の君はいつになく美しいね」
アルフレッドが言った。
「お世辞なんかいらないわ」
「お世辞じゃないよ。ずっと前から、君だけを見ていたんだ」
マリアの頬がほんのり色づく。
それが彼らの出逢いだった。
出逢いは美しいものだ。
互いに惹かれ合い、愛し合う。
理由など存在しない。
そこにはただ、光があるだけ。
ティーカップから漂うベルガモットの香りを深く吸い込みながら、そんなことを思い巡らしていると、誰かが玄関の扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
ティーカップをソーサーに置き、急いで玄関の扉を開けてみたが、そこには誰もいなかった。
「空耳かしら?」
けれども確かに聞こえた。なぜ、誰もいないの?子供のいたずら?
ふと足元を見ると、白い封筒が落ちていた。そっと拾い上げてみたものの、宛名も差出人も書かれていない。けれど一瞬、その封筒から何か懐かしいものを感じた。
「これは……」
雨の匂いと心地よいリズムを刻む雨音の中、私はゆっくりと淡い記憶を辿った。
初めて訪れたこの森。
初めて見たこの景色。
初めて触れたこの扉。
嬉しそうなみんなの笑顔。
そのとき郵便屋さんから受け取った白い封筒。
ラブレター。
新しい住所が少し違っていたのに、無事に届いた幼なじみからの手紙のことを思い出した。いや、時空を超えてその時に“いた”という方が正しいのかもしれない。
もう何十年も前のこと。彼も今頃、私と同じように家庭を持っているのだろう。
いつまでも大切にしていたい。
優しくて柔らかなこの気持ち。
濁りのない純粋な想い。
雨音が今も尚、森中に鳴り響く。