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あの時の

掲載日:2017/12/11

「なんともないよ」



と強がって見せたあの日、わたしの心は行き場を無くしたような気がする。拒絶ではなかったけれど、結果的にそうなってしまったのだとしたらあの瞬間、わたしは他にどんな言葉を伝えるべきだったのだろう。




…寝起きがそんな調子でどうにも前に進める気がしない時、一杯のミルクティーを自分に淹れてあげる。前はどうにももどかしい風味だと思っていたこの飲み物も今では控えめな甘さが身体に沁みこんでくるような気がして好きだ。運よく空も明るくて心なしか肌寒さにも優しさが感じられる一日の始まり。




「今月はあと半分で、優子に会うのが来週の土曜日で」




残り少ないカレンダーに書き込まれた赤い小さな丸を見て、<なんとかなりそうだな>と頷く。でもまるで自分に言い聞かせているようにも思えて、ちょっと可笑しかった。仕事は休みだけどいつまでもパジャマ姿でいると上手く回りださないような気がして半ば無理やり着替え始める。



『まず動いてしまうんだよ。そうすると気持ちがノリ始める』



口惜しいけれど今は他人同士になってしまった男の前向きなアドバイスが正しいなと実感する。もともとの性格が違いすぎるわたしたちにすれ違いは必然だったのかも知れない。でも分かり合えていたような気がする。それでも今のわたしが求めているのは、その人にはない何かなんだろうなと漠然と思う。




でも、そんな何かを与えてくれる人が現れるまでこんな感じでミルクティーにお世話になるんだろうなと感じる。深緑のセーターに着替えたところで首周りの少しチクッとする感覚を気にしながら机のパソコンでいつものブログを読む。



<またこの人、ネガに入っちゃってるよ>




人のことを言えないくせに、時々ネガティブ全開になる有名人の文章に呆れつつも「大変なんだろうな」と想像して変な感じに見守ってしまっているわたし。ただその人はある意味でそのネガティブな要素が魅力で、本人もその落としどころを知っている芸人さんなのだ。



「でも『売れたい』って…十分売れてるじゃん…」




他の人にとっては十分でも自分が求めているところに届かないから不十分でネガティブになる。場合によってはそれ自体がネタなのかも知れない。でも妙に惹きつけられる文章を書く人だなと前から注目していて、もしかしたらわたしが求めているものはそういうネガティブな部分を知ってくれるというか、そのままでも良いと言ってくれるそんな無条件な優しさなのかもしれない。




なんとなく分かっていても、そういう人がこの世界に存在している可能性も含めてしかもその人にピンポイントで出会える可能性なんて限りなく低いだろうなと思ってしまう。妥協してれば、今頃は独り暮らしなんてしていないかもしれない。




「う~ん…なんか違うな」



動き出してもなかなか前向きにはなれてないような気がする。とりあえず何か面白いことを探さないとなと思い始める。面白い事…なんだろ。と、何気なく手に取った朝刊に地元のイベントの情報が載っているのを見つけた。なんでも地元の駅前のイルミネーションが今日点灯されるらしい。毎年いつの間にか周辺が色とりどりの温かい光に包まれていて、他所と比べてしまうと見劣りするのかも知れないけれど普段から比べればすごく綺麗に映る。そんな風に彩られれば気分もちょっと高揚して、普段はあんまり出歩かないわたしも出掛けたくなってくる。




「よし…」




わたしは密かに心に決めた。




☆☆☆☆☆




夕方、朝の穏やかな空気とは打って変わって少し寒さが厳しくなってきた空の下、駅前で今か今かと待ちわびるわたし。少し前に盛大な点灯式が終わって点灯の瞬間が近づいている。



「ねぇ、どうなるの?」



小さい女の子が母親らしき人にはしゃいだ様子で尋ねている。大体の想像はできてもどんな風な光景になるのか楽しみなのはわたしも変わらない。明かりは人の心を惹きつける。寒くなればその傾向が強くなるのだろうか。すっかり明りも映えるような薄暗さで、わたしはまるで物語の世界にいるかのような気分を味わい始めていた。




「何だかテンションが上がるなぁ」




その時、近くに居た穏やかな表情の男の人が小さく呟いたのを聞いて、何となくそちらを見てその人と目が合った。男性はにっこり微笑んで、



「寒くなるとやっぱり明かりは恋しいですよね」



と続けた。<同じことを考えている人がいたんだな>と思うと同時に、その妙にシンパシーを覚える表情に少し見とれているわたしがいた。



「そうですよね…わたし…」



わたしがその人に向かって何かを言おうとしたとき、一気に周囲が明るくなった。『世界が変わった』は言い過ぎだけれど、その瞬間に手品を見た時のような不思議な感覚がわたしたちを捉えた。




すぐに『おお!!』とあちこちで沸き起こる声。さっきの女の子は「わあ~」と声を出して飛び跳ねている。それを微笑ましい気持ちで見守りつつ、先ほど向いていた男性の方を見る。男性は瞬時にスマホをかざして写真を撮っていた。




撮り終えた後のなんとも言えない表情がとっても印象的だった。いつの間にか言いかけていた事も忘れて、その視線を追ってわたしも美しい明かりをずっと眺めていた。




☆☆☆☆☆



「でさ、その時の話をするんだから何かあると思うじゃん。普通」



所変わって、一週間後わたしは友人の優子と飲んでいた。



「ないない。ドラマじゃないんだから」



「いや、ドラマじゃないっていうか、それはあんたの心がけ次第だから…」



優子は呆れているけれど、確かにあの後その男性に話しかけなかったのは勿体ないかもなと思ったりしていた。でもあの場の雰囲気は特別で、何かもっと大事なことをあの場のみんなで共有していたと思うのだ。酔いが回り始まっている頭ではそのあたりを上手に説明できないけれど、一生懸命伝える。



「とにかくイルミネーションが綺麗だったんだって!!!」



「まあ綺麗だけどね」



「あれはインスタ映えするから絶対撮っておいた方が良いって!」



「いや、あんたインスタやってないじゃん…」



そんな感じで途中から絡み酒になってしまっていたけれど、気の進まなそうな優子を連れてその後また駅まで歩いてきた。



「ほら見なよ!綺麗でしょ!」



「否定はしない。まあ確かにインスタに上げてる人もいるし」



「どれどれ?」



わたしはその誰かの写真を見て驚いた。男性のものと思われるアカウントで公開された写真、それはわたしが居合わせたあの日のもので、構図から言ってわたしの立っていた隣で撮影されたものに違いなかった。



写真に添えられたコメントにはこうある。



『ちょっと寒かったけど、心が温かかった』




わたしはあの表情にその言葉を重ねる。自然と零れてきた笑みを見た優子が嬉しそうにしていた。

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