第九話 要塞生活②
日がかなり落ちた夕方、すっかり綺麗になったリビングで謎の少女が二人、仰向けになってだらしなくゴロゴロしている。
「お前らなぁ...。」
テラはソファーで本を読みながら、アザラシモードに入ったシラとノラに我慢できなくなっていた。
「もう少しマシな格好でいろよっっ!!!女の子だろっ?!」
そう、彼女たちは今下着の上に一枚だけ着ているような状態なのである。いわゆるワンピース的な。
「あぁ、テラも男の子だもんねぇ。気になっちゃうかぁ」
児童向けの絵本を読みながらシラは棒読みで言った。
「オメェのなんか興味ねぇわ!てか早くなんか履けよ!」
そんなテラのことはお構いなくノラが割り込んでくる。彼女も何やら本棚から持ってきた模様。
「ねぇ、シラもっと面白い本があるわよ!」
ノラはそう言いながら目をキラキラさせているが、いい加減ゴロゴロしながら喋るのをやめて欲しい。
「どれどれ、どんやつだい」
それを聞いていたシラも身体をゴロゴロさせてノラに近ずいていく。
「見なさい!テラ君攻略本よっ!」
ノラは何やら得意げに"恋愛攻略新書"と書かれた本を掲げている。
そしてそれに即答が入る。
「あぁ、どうでもいい。」
「おおぃ!!それは傷つくぞ!!」
テラは絵本に戻るシラに叫んだ。彼女はそんな彼を絵本の横目にして言った。
「なんでテラなんかに興味持たなくちゃなんないわけよ。...全く。」
「くそぉ......、...ん?」
テラがメンタルダメージを向けているころ、ノラがアザラシから人間に進化してた。立ったのである。
「シラ酷い!なんてこと言うの!!」
そう言いながら手に何やら光を集めだした。そしてノラはその光の集まりをシラに向けて放とうとした。
「ノラー、ただのライフの無駄使いだよ。」
シラは読んでいた絵本をとじた。その時。
「ラディガボルテ」
その謎の言葉とともに、ノラの頭にリングが現れた。
「っっ!!」
ノラの顔が一瞬で青くなる。ふとシラの方を見ると彼女はノラに手のひらを向けていた。
「痛いぃぃいいい!!ごめんなさい!!シラ!許してっ!!お願いしますっ!」
ノラはシラに訴えかけている。
「僕に逆うなってあれほど言っただろ?ノラ。僕は君を守ってるんじゃないだよ?もう。しっかりしなさい。」
そう言いうとシラは呆れたような顔をしながら手を下ろした。
「うぅぅ...。痛かったぁ......。」
そういえば、彼女たちはこの家に来てからまだ自分たちは何者なのかを語っていない。いきなり現れて、何気なく暮らしているが、普通はおかしいことなのだ。この際色々聞いてみるのもいいのかもしれない。
「なぁお前らってなんでこの家に出てきたんだ?もっといい所あっただろうに。」
絵本を読むシラが、テラ攻略本を読んでいるノラの代わりに答えた。
「んん、なんて言うかどちらかというとここじゃないと出れないんだよね。ライフの量とか質がしっかりしてるから。」
キニナルワード第一問
「はいはい!質問ー!さっきも言ってたけどさ、"ライフ"ってなに?」
絵本少女は本を閉じてテラの前に座り直した。そしてあぐらかきながらまた呆れた顔を見せる。
「回答者の発言を途中で止めて更に重ねて質問するなんて失礼だよー。まぁいいけど。そうだね、ライフっていうのはざっくり言うとこの世界の根源だよ。生きるにしも、死ぬにしも、ライフの力が必要なんだよね。」
そこにノラが割り込んできた。
「そうそう、ライフっていうのは、魔法を使ったりする時にも必要なのよ!なんていうか、この世に生きとし生きるもの全ての原型って感じね!」
テラは楽しそうに語る二人の話をまとめてみる。
「つまり、魂とか魔法とかの素ってことか?」
シラは絵本を棚に戻しながら答える。
「まぁ、そんなとこかかな。世界のエネルギーだね。」
とりあえず"ライフ"は魔力的なものとして捉えてよさそうだ。
キニナルワード第二問
「魔法って、ゲームとかで使うやつだよな?火とか水とかいろんな属性がある的な。もしかしって俺も使えたりすんの?」
テラはドキドキしながら質問する。あんなに憧れていた世界の魔法をさいげんできるなら、ゲーマーとしては願ってもいない幸福である。
「そうだね、調べてあげようじゃないか。」
そう言うとシラはテラに近ずいて、膝の上に乗っかった。そして前髪が短くなって露わになった額に自分の額をくっつけた。
「どれどれ。」
彼女は目を閉じ、じっとして動かなくなった。
こうして見ると普段は男の子の様な感じのシラも可愛い女の子なのだなと気づく。
しばらくすると彼女は目を開いて呟いた。
「なんというか、うん。魔法は使えそうだね。
でも色々大変そうだよ。」
シラは額をくっつけたままじっとテラの目を見て言った。テラはそれとなくシラの肩を掴んで額から離す。
「なんか微妙な回答だな。でも使えるんならいいや。属性とか分かったりするのか?」
心臓がかなりトキメイテイルぅ。
「分からない。」
彼女のキッパリとした回答にテラは唖然とする。
「へぇ?」
気ない声とともに肩を落とした。
「まず、魔法の種類は沢山あるけど使えるのにはかぎりがあるんだよ。説明するの大分面倒臭いからソレイユの人とかに聞いてみて。」
ソレイユ。ラズトも言っていた、街の名前。そこに行けば少しは謎が解けるのだろうか。
「......わかった。」
とりあえず最後の質問をする。
「最後の質問なんだけど、お前は"厄払い"って奴らを知ってるか?」
シラは厄払いと聞いた瞬間少しだけ不機嫌そうな顔をしたように見てたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「あんな人形の塊のことなんてもう忘れたよ。」
彼女は俯いて小さな声で言った。
その瞳はとても悲しそうなものだった。
「そうか。」
テラは優しく言う。
こんな顔をされたらこれ以上追求することはできない。
「色々答えてくれてありがとうな。」
シラは少し照れているような様子だった。お礼になれていないのだろうか。
「いや、別にいいよ。ろくに答えられてなかったと思うけど。」
テラは彼女の頭を軽く撫でた。
「や、やめろ!頭を撫でられるのはあまり好きじゃないんだ!」
「可愛い奴めっ。お前も今日から俺の妹だ!」
テラの腕から逃れるようにシラは踠く。
「死んでもごめんだね!!」
彼女はとても可愛らしい。
「そういえば静かだと思ったら、ノラ寝てるね。」
シラが反対のソファーを見て言った。そういえば反応がないと思っていたが、まさか寝ていたとは。
「そうとう疲れたんだな。そろそろユサが風呂の沸かし終えてくると思うから、それまで寝かしておこう。」
「...そうだね。」
二人はまたそれぞれ本を始めた。
「ねぇ、テラ。」
シラが静かでしかし、何かハッキリと訴えるような目でこちらを見て言った。
「ノラには注意しなよ。あの子、優しすぎるから。」
彼女の言いたいことは分からないでもないが、その言葉の意味をテラが知るのはまだまだ先になる。
「お風呂沸きましたよ。あら、ノラさんは寝てしまったんですね。」
ユサが服の袖を捲って風呂場から出てきた。
ノラに近ずき、肩を揺らして起こしている。
「よぉし、みんなでお風呂にはいろー!」
そう言って立ち上がったのはシラであった。
「俺は夜ご飯作ってるから、お前ら先入ってていいぞ。」
流石に女の子と一緒に入る気にはなれない。
テラは キッチンへと歩く。
「別に僕は気にしないよぉー。ノラとユサりんはどうか分からないけど。」
シラはそう言いながら二人の方を振り返る。
大体想像はつくのだが。
「入る入るっ!テラ君!一緒にはいろうっ!!
ユサりんも良いよねっ?」
寝起きとは思えない彼女の動きは凄まじかった。一方のユサは
「......っ。ぁ...。」
固まったぁ...
「と、取り敢えず女先に入ってくれ。」
「ふひっ」
「ふひっ?!」
謎のノラの笑い方にテラはゾッとする。
「あらぁ、テラ君は私たちに興味がないのかしら?んふん、ふふふ。」
ノラが変な手の動きをしながら近ずいてくる。テラは反射的に逃げた。
「来るなぁぁあああっ!!」
逃げ回るテラをノラが追いかけ回している。
「わーい!!」
「わーい!!、じゃねぇよっ!!来んなぁあ!!」
走りあっている二人を横目にシラがユサの手を引っ張った。
「入ろっか。多分時間かかりそうだし。」
「はい......。」
ユサとシラはコソコソと風呂場に歩いていく。
この要塞生活はもう少しかかる。