第三十九話 逆鱗に告ぐ
村のほとんど目を覚ました朝、テラたちはキャラバンを立て直しが終了した。破損してしまったところ村の大工の人達やエレクトル騎士団のみんながありがたいことに手伝ってくれたのだ。重労働を終えたあとの朝ごはんはとても美味しいものだった。その間、翠凛とクワイアは経路の確認と"結界"の強化を行ってくれていたらしい。アオイはクワイアさんたちのキャラバンでユサの看病をしてくれているようだった。アイギとセレーナは色々なもの買出しに行って今ちょうど戻ってきたところだ。
「う~ん...重いなぁ、重いなぁテラくぅん。」
「...はいはい。」
テラはいかにも辛いですという顔をしながら近づいて来たセレーナの荷物を持った。
普通に重い。
「ありがとう」
そう言うと彼女はアイギの荷物を手伝いに行った。なんというか、普通に優しい人なのだと思った。
「あ、テラぁー、その中にユサちゃんの分の着替えとかその他もろもろ入ってるからよろしくなぁ」
手をひらひらとさせながらセレーナがそう言った。着替えさせるのは多分シラがやってくれるからいいとしてその他もろもろとはなんだろうか。と思いながら袋の中を覗いてみると、果物が沢山入っていた。
「...............桃、林檎、蜜柑、梨...。季節をガン無視してるよな。どうやって作ってんだろう。」
そんなことをぼんやりと考えながら、テラはシラがいるトランスフォートに入った。
「あぁ、テラありがとう。そこに置いといて。」
シラはユサの変わりに部屋を掃除してくれていた。
「..................。」
いつもならシバや、ノラ、ユサがいて、そこにアオイも加わって賑やかなのだが、今はシラと自分しかいないこの静けさがテラには寂しく思えた。
「何やっんの。早く水でも浴びてきたら?大変だったんだろう?」
「あぁ......、...うん。」
テラはゆっくりと温泉の方に行く準備を始めようとした。だが、その気の抜けた動きが目に付いたのか、シラが背中を叩いてきた。
「いだっ!!何すんだよっ」
「しっかりしてくれよテラ。今はそんなこと考えてる場合じゃないよ。」
すっかり忘れていたが、一応シラと自分はライフを通わせているのだ。心の中まで読まれないだろうが、ある程度の感覚を共有しているのだ。バレてもしょうがない。
「すまん。」
テラは謝ることしかできなかった。それでもシラはやれやれとした顔しながらも笑ってくれた。それがどれだけ心の支えになるか、今になってわかったような気がする。
その後テラは温泉に向かった。
朝だと言うのに流石、温泉スポット。沢山の人がいた。テラは適当に服を脱いで中に入り、身体を洗い流す。
髪の毛を洗っていたら、ふと、ユサに切ってもらった時のことを思い出した。
ーーーーそうですか?ユサは髪の長い兄さんもいいと思いますよ
ーーーーゼッコーチョーです!
そんな笑顔をふと思い出す。
「なんだよ、その顔...っ」
テラは鏡に向かってそう言ったのだった。
こんなに不安になることがあるだろうか。過ごしていた時間が短いとかそんなのは関係なく、今までいるのが当たり前だと、そんな自惚れをしていたのだ。自分は馬鹿だ。ソレイユで実感したはずだったのに、そんな自明性は要らない。
ーーーーそんな兄さんが大好きです。
守れていないのではないだろうか。守ると決めたくせに。
「俺はお前の兄さんが大嫌いだよ...。」
テラは顔を洗ってから浴場を後にした。
温泉の外に出ると、そこにはアオイがいた。
「お疲れ様。シラが心配していたわよ。」
アオイは苦笑しながらテラの隣まで来た。
「ユサの看病は...」
「買い物から帰ってきたアイギさんが変わってくれたわ。大丈夫よ」
テラは自分の歩く道をぼんやりと眺めながらアオイの言葉を聞いていた。
「......ちょっと、テラ。そんな顔しないでよ。誰が私に下を見るなって言ったの?」
僕です、なんて言えるわけない。
アオイはテラの前に出て、屈んでからテラの顔を覗いた。
「ねぇ、ほぉらっ」
アオイはテラの顔を両手で持ち上げた。テラの顔は瞼が赤くなっていた。それが恥ずかしくてテラは背けようとしたが、アオイに抑えられる。
「ダメダメ。こっちを見て。私だって恥ずかしいのよ?」
テラはアオイの方を見た。
「大丈夫。あなたがみんなに寄り添うように、みんなもあなたに寄り添うの。あなただけじゃないわ。」
自分は励まされてばかりだ。特にここしばらくは、彼女に。
「...ありがとう。そうだな。頑張るよ」
「その調子っ」
彼女は安心したように笑い、テラの手を引っ張った。テラは驚いたがそのままの勢いで走らされる。
「私が悲しい時はあなたが悲しい時、あなたが楽しい時は私が楽しい時なのよっ!」
彼女はそういつもより大きな声で言った。
首元にある紅い宝石が輝いて見える。
あっという間にキャラバンついた。アオイは軽く手を振りながらキャラバンの中に入って行った。
テラはそれを見届けた後、トランスフォートの中に入った。
そして自分の布団のところに行き、そこにあった大剣を持ち上げた。
その碧く光る刃に自分の顔が映る。
さっきまでとは違ったいい顔だったと思う。
「ーー戦おう。みんなのために。」
テラは大剣を強く握り締めた。
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しばらくするとシラがトランスフォートを動かし始めた。ネフティへ再出発するようである。テラはトランスフォートの前の方にある窓辺に座って外を眺める。すると、シラが隣に来て座った。
「トランスフォートは楽だね。自分で操縦し続ける必要が全くない。設定だけいいんだ。」
「へぇ、だから勝手に動くのか」
「みたいだね」
二人は足を外に投げ出して手すりに寄りかかっている。
「次でやっとネフティだねー、テラ」
「そうだなぁ、長かった。」
テラはアイギたちが買ってきてくれた飲み物を飲みながら色々なことを思い出しながら言った。
シラはそんなテラの顔を見えながら微笑む。
「何笑ってんだよっ」
「いやぁ、べぇつにぃー」
全くこいつは。
テラはシラの額に人差し指押しつけた。彼女は少し驚いたような顔をしながらテラの方を見た。
「テラ、」
シラはテラの方をじっと見ている。
「ん?」
「ーー好きだよ」
テラは飲んでいたものを外にぶちまけてしまった。
「いっ、いきなりなんだよ」
「いやぁ、言ってみただけ......うん。」
「そ、そうか...ビックリした。」
本当によくわからないやつだ。
クワイアたちのキャラバンの後にエレクトル騎士団のキャラバンがあり、そのまた後ろに心臓護送と、ミラが監禁されているキャラバンがくっつけられ、その後ろにエレクトル騎士団のキャラバンがまたあって、その後が自分たちのトランスフォートがあるというような形である。
また、しばらくして出発を待っていると村長さんが来た。
「テラよぉ、テラぁ。旅人さんよぉ」
「何でしょう村長」
テラは座り直して村長の方を見た。
「頑張れよう。遠くから応援しておる。」
「...はい、ありがとうございます...」
村長それだけ言って軽く手を振り歩いていった。なんというか去り方はざっくりしててテラは思わず苦笑してしまった。
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「翠凛。」
「あら、デオ。どうしたの?」
村長は少し嫌そうな顔をしながらも、やれやれといった顔で笑った。
「お前、いきなりだったな」
そう言われると、彼女は嬉しそうに笑った。
「そう?これは運命よ。テラは私のところに来たの。」
「......そうか。まぁいい。ところでお前はアオイという子を見たか?」
翠凛は少し困ったような顔をした。それを見て村長はため息をついた。
「どこか似ていると思った。まさか、ここまで来ていたのだろうか。あの碧懿がなぁ。」
「どうだろうね。まぁ、ありえないと思うけど。......きっと。」
翠凛は髪を弄りながら言った。
「それも一つの理由か...」
「もう、あなたはなんで鈍いくせに感はいいのよ。嫌ぁい。」
村長は軽く笑うとキャラバンから離れていった。
それを見送ったあと翠凛はまた、結界の呪文を唱え始めたのだった。
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かれこれ数分が過ぎ、キャラバンは村の人々に見送られる中出発した。テラたちはついに目的地とするネフティへと足を踏み入れるのであった。
心臓は未だに吸血鬼の手には渡らず、雑に御札が貼られた箱の中にただ、主を待ち続けている。
そう、これは何年も前の物語の断片にしか過ぎないのである。
ーー逆鱗に告ぐ。
戦いに備えよ。そしてーーーーー
ーー今の見えざる今を見ろ。




