第三十一話 鏡の亀裂
エレクトル騎士団員たちの亡骸を全て葬ったあと、キャラバンはまたネフティへ向けて動き出した。
吸血鬼たちの襲撃で、生き残った者たちはただ沈黙していた。
あのあと何度かシバに声をかけてみたが応答は無い。ノラやシラ、アオイ、ユサもみんなただ目の前の何かを呆然と見つめていた。
「失礼します。」
静かなキャラバンの中に、アイギが一人お辞儀をして入ってきた。
「......どうしたアイギ。」
テラはアイギの方を見ながら聞いた。アイギはいつも通りの落ち着いた顔をしている。
「森を抜けました。もうそろそろ夜になりますので一旦近くの街で休憩したいと思うのですが、いかがですか?」
アイギは自分たちのことを気遣ってくれているのだろう。このままキャラバンで夜を過ごすのは体力、精神的に難しい。それに、キャラバンを動かす人手も少なくなってしまった。そのまま進むのは賢い選択ではない。
「分かった。準備しておくよ。」
「はい、ではよろしくお願いします。」
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そう言われてからしばらくするとキャラバンはある街に止まった。
「着きました。降りて大丈夫ですよ。」
テラはアイギのあとに続いて街に降りた。そこは、ひっそりとした小さな街だった。
テラのあとに続いてユサやノラ、シラ、アオイもキャラバンを降りた。
「ここは、どこなんですか?アイギさん。」
「ここはネフティの手前にあるカコイ村です。ここら辺の活火山のおかげで、温泉がとてもいいと聞いています。」
アオイがアイギに近づいて聞くと、アイギが振り返って答えた。
「温泉か、入りたいな。」
誰も口にはしないが、昼間のこともあり心身ともにかなり疲れきっていた。ここで休んでから向かうのは悪くはないと思う。
「それでは、村の役所に手続きしてきますね。皆さんはしばらくここで待っていてください。」
アイギはそう言うと村の役所へと歩いていった。
残されたのはいいものの、何をしていようか。
「とりあえずは、あの吸血鬼のところに行ってみるか。」
テラは先程捕縛した吸血鬼のところへと歩いた。
真っ暗なそのキャラバンは、嫌な雰囲気を放っている。そして、その奥には赤い目を光らせた吸血鬼がいた。
「...よう。」
何を話しかけていいのか分からないのが正直なところである。相手はあの吸血鬼である。
ダラダラとしているテラを察したのか、吸血鬼の方が先に声を出した。
「...無理に話しかけようといなくていい。それに、そんなに怯えなくていいわ。こんな厳重に錠をされたら私でも何も出来ないわよ...。」
何か、予想していたの少し違った。もう少し怒っているのかと思っていたが、彼女はどちらかと言うと呆れているようだった。
「お前はどこから来たんだ。」
「...どこから来たんだろうね。吸血鬼の故郷はキュレネだけど、それはずっと昔の代の奴らの言い伝えだからよく分からない。」
どういうことなのだろう。自分がどこから来たのかが分からないというのだ。
「何もわからないのか?」
「...あってもあなたに話す必要は無いわ。」
やはり、情報は口を閉ざして話そうとしない。なら他のことを聞いてみるのもいいかもしれない。
「じゃ、名前はなんて言うんだ?」
テラは吸血鬼に聞いた。彼女は無言でこちらをただ見つめていた。驚いた目をしているような気もする。
「あぁ、ええと、別に無理に言わなくてもいいよ。ただ、なんて呼べばいいのかなぁと思っただけで...、」
テラが反応のない吸血鬼の態様にあたふたしていると、吸血鬼は少しだけ笑ったように見えた。
「...名前ね。昔はミラって呼ばれてたわ。ずっと昔だけど。」
「ミラか...、分かった。」
今はなんて呼ばれてたんだ、と聞こうと思ったのだが、なんとなくやめておいた方がいいと思った。
「あなたは?名前。」
「え、俺?」
「...他に誰がいるの」
彼女は錠をされた腕を伸ばしながら言った。
「俺はテラだ。テラ・ヴァルター。」
「......テラね。分かったわ。」
テラは彼女のあまり変わらない表情を見ながら少し近づいた。すると、彼女はこれと同時に身体を後に引いた。
「......、ねぇテラ。あまり私に関わらないほうがいいわよ。いいことなんて何も無いわ。私は吸血鬼よ。...もういいのよ。」
もういいのよ、というのはどういう意味なのだろう。
「なんでお前はそんな顔するんだよ。」
「何、私の顔、変?」
彼女は生気の無い顔をこちらに向けて首をかしげた。
「......何でもねぇよ。」
「そう。なら早く出ていって。」
結局吸血鬼は吸血鬼である。それが変わることはないし、変えられるものではない。
近づけそうで近づけない。この距離は一体何なのだろうか。
キャラバンを出たテラは戻ってきたアイギと目が合った。
「何をしてたんですか?テラさん」
「...何も。」
としか言えない。吸血鬼に会っていたことを言いたくなかった。
「そうですか。ではキャラバンを村の中心地まで移動しますので乗ってください。」
そう言われてテラはキャラバンへと歩いた。
ミラという吸血鬼のことをぼんやりと考えながら。
もういいのよ
何か嫌な予感がするのは、この時はテラくらいしか考えていなかっただろう。
中心地につくと村の人々が暖かく迎えてくれた。ご飯をキャラバンまで持ってきてくれる人もいた。
そして、村の人達と今は夜ご飯を食べている。
「ねぇねぇ!お兄さんはどこから来たの?」
小さい子供たちが集まって質問してきた。
「俺はな、隣のソレイユってところから来たんだ!すごいだろ」
テラは焼き鳥の棒を持ちながら得意げ話した。
「すごぉい!あの山超えてきたんだ!」
「そうだ!」
言われてみるとあの山はかなり超えるのは辛い高さだったと思う。ここから見える限りでも、かなり高い山だった。
「あ、じゃあさ!お兄さんこの村の巫女様知ってる?」
「ん、巫女様?」
「あ、知らないんだ!」
テラに知らないことがあったのが嬉しかったのか、子供たちは嬉しそうに笑っている。
「山の麓にいるらしいんだけどね、まだ誰もあったことがないんだって。」
「...へぇ、そうなのか」
巫女様とは気になるものだ。会ってみたい。
「これこれ、お前さんたち!あまりはしゃぐでないぞ」
テラと一緒にいた子供たちのことをかなり歳をとった人が怒った。起こったというよりは注意したのだろうか、顔は穏やかである。
子供たちは「ごめんなさぁい」と言いながら元の場所へともどっていった。
「いや、すみませんな。エレクトル様。」
「あ、いえいえ!俺はエレクトル騎士団ではないですよ。付き添いです。」
「あ、そうでありましたか。」
おじいさんは、ユニークな笑い方をしながら隣に座った。
なんというか、「ふぉっハッハッハ」みたいな笑い方だった。
「村長さんですか?」
「お、よくわかりましたな。」
持っていた杖に村長と書いてある。
「にしても、聞きましたよ。お気の毒です。お仲間をたくさん失われたそうで...。」
仲間とっても出会って数時間の仲出会ったが、人が死ぬのはそれなりにこたえるものがあったのは事実、嘘ではない。
「お気使いありがとうございます。ところでさっき子供たちが言っていた巫女様というのはなんなんですかね」
おじいさんは静かな声で語る。
「ああ、それはですね、魂の守人のことですな。元々は村にいたのですが、五年前ほどに山の麓に身を隠しなさったのですよ。」
「会ってみたいですね。」
そう言うと、村長は難しい顔をしながら唸った。そして顔を上げると、また喋り出した。
「彼女はもうここへは戻ってこんでしょう。」
「...何故です?」
「.........彼女にその意思がないからでしょうなぁ...。」
引きこもり、というのは合わないだろう。
引きこもりはそんなに単純ではない。
「ところで旅人様、あの黄色い髪で二つ結びの娘は誰ですかな?」
村長はアオイの方を見て言った。何故気になるのかは問わない。なにかするのであれば止めるが。
「同じ旅仲間の一人です。ソレイユで会いました。」
「ほほぉ...。で、ちなみにあなたの後ろの子はどなたとの子供ですかな?」
後ろというと、誰もいない。と思って後ろを向くとシバが座り込んで肉を食べていた。
で、今この人はなんと言った?
「どなたとの子供なのですかな?」
「いや、二回も言わなくていいです!」
村長はスケベな顔をしながらこちらを見つめている。スケベジジイ。
「そんなじゃないですよ。こいつは、.........」
シバを説明しようとした。しかし、なんと説明したらいいのか分からなかった。
「ただの祟りです。」
シバの動きが止まる。ムシャムシャと肉を食べる音も止まる。
そして、彼女は一瞬で影の中に消えていった。
自分はシバについて何も知らない。そう、思った。
「祟りですか。なるほど。姿を見せるのは珍しいですな。この村にも祟りがおるのですよ。とはいえ祟りというのは、不がつきものですから我々には見えんのですが。」
「そう、...なんですか。」
テラは消えていったシバの影を見つめて、何も言えなくなってしまった。
「どうしました、旅人様。」
「...いえ、何でもない......です。」
そして、シバの声が全く聞こえなくなった。