第二十九話 移動中に
ネフティの移動中である。
「ユサ、例の心臓はどこにあるんだ?」
テラはネフティ周辺の地図を見ながらユサに尋ねた。
ユサはテラの隣に座り地図を覗き込んできながら答える。
「私達の後ろのキャラバンだそうです。そこにあのジャルラの人とアイギさんがいるみたいなので、心配は無さそうですね。」
そう、二人は世にも有名らしいエレクトル騎士団の隊長クラスの人達なのだ。そうとう強いはずである。
「そうだな。あの二人なら大丈夫だろう」
それにしても気になるのは吸血鬼のことである。その名の通り血を吸うのはもちろんだろうが、やはり普通の人にとっては脅威的な存在なのだろう。このキャラバンも襲われないとは限らない。
心臓が引き寄せる血界の戦士とは、絵にかけそうなものだと思う。
そんなことをぼんやりと考えていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「失礼するよテラ!」
「クワイアさん」
そこにはシリウスの部下であるクワイアがいた。いつもの制服ではなく動きやすそうな軽装をしていた。
「久しぶりだね、元気そうでよかった。あれから例の件もあって忙しかったんだよ。会えなくて悪かったね。」
「いえ、忙しいことは知ってましたので大丈夫ですよ。」
クワイアさんは、なにかに気づいたのか少し表情が変わった。きっとその先にあるのは、
「あれ、彼女も付いてきたの?モテモテだねぇテラ君!」
それはアオイだ。そちらを見るとアオイが顔をさ赤くして手を横にブンブンと振って訴えていた。
「いや、私はその、外の世界について知りたくて付いてきたんです!そんな、変なことは考えてません!」
「あら、そうなのかぁ。とりあえず改心したって言うんなら、ちゃんとテラ君や私たちにもそれを示しなさいね。」
その言葉は、クワイアさん的には軽く言ったつもりだったのだろうが、アオイには重くのしかかっていたようだった。
アオイは深く頷いてから、テラの方を見て軽く笑った。
「何してもテラ君、ここ凄いね。」
クワイアさんは、トランスフォート、というか今はキャラバン、の中を見渡してポツリとつぶやいた。
「何がですか?」
「気づかない?ここのライフは凄い質と量がいい。というか良すぎる。もしかしってただのキャラバンじゃないの?」
鋭い人だ。凡人が見たらただのキャラバンでしかないのに彼女は気づいてしまった。
「はい。実はこれトランスフォート何です。」
「ありゃあ、そんなんだ。まぁ、トランスフォートにしても良すぎるんだけど。」
彼女は納得したのか曖昧のなままにしたのかよくわからないが、見回すのを止めてテラの方を向き直した。
「とりあえず、顔が見れてよかったよ。ガルディも君に会えなくて寂しそうにしていたから会った時は声をかけてあげてね。」
「ガルディさんはいないんですか?」
「うん。今あいつはネフティにいるの。先に行ってもらって色々準備させているわ。」
なんともクワイアさんには相変わらず逆らえないでいるガルディさんであった。
「まぁ、こっちのことは気にしないで。今は警戒を強めなくちゃならないから。」
それは吸血鬼にたいしてのことだろう。出発してから二時間ぐらいは経過しているが、未だ目立ったことは起きていない。
「そうですね。僕らも警戒を強めておきます。」
「ありがとう。そうしてくれると助かる。」
笑顔を見せながらクワイアさんはそう言った。彼女はそのあとキャラバンを出て他のキャラバンへと移動して行った。
テラは晴れた空を見上げる。
特に何事もなくことが進めばいいのだが。
ネフティまで半日はかかるらしいので着くのは大体、早朝らしい。
それまで、ずっと警戒を続けなければならない。
「テラ君どうしたの?」
テラの間の抜けた顔を見ながらノラが言った。
「あぁ、いや特には何も無いよ。」
「なぁに?その変な返事は。」
ノラがいつになく落ち着いた口調で言うのが少し不思議な気持ちになる。
「お前こそ変だぞ。いつもより大人しい。」
「そうかなぁ?私は出会った頃からこうだよぅー」
彼女は悪戯に笑う。これはいつも通りの笑顔だった。
「あぁ!そうだわ、アオイさんアオイさん!」
ノラがいきなりアオイの名前を呼び、彼女の方へ近づいて行く。アオイは少し驚いた表情を見せながらも軽く反応した。
「何...かしら?」
「テラ君は私のですからねっ!」
そう言うとノラはまた、にやっと笑った。
アオイは微妙な顔をしながら笑う。
「ごめんねアオイ。あいつはああ言うやつなんだ。許してあげてほしい。」
シラがアオイの隣に腰を下ろしシバを隣に座らせながら言った。
「元気なんですね、ノラさんは。なんか羨ましいです。」
「.........それは、嫉妬なのかな?」
シラはアオイの目をじっと見て言った。
「...分かんないです。ただ、羨ましく感じるんです。」
アオイはノラのとテラの方を見つめている。
「...............。まぁ、生きていれば色々あるよ。きっと意味がある。僕にはもうできない事だから、精一杯生きなよ。」
「はい。」としか今のアオイには答えられなかった。
「ちょっとそんな顔しないでくれよぅー。君は可愛いんだから笑いなよ、アオイ」
シラは寂しげな顔をしたアオイに笑いかけながら額を擦りつけた。それにアオイは頬を赤らめる。
「そんなっ!私は...」
「もう、そんなこと言わないでっ。ユサりんもなんか言ってあげてよ。」
いきなりの振りにユサは一瞬驚いたような顔をしたが、椅子から立ち上がってアオイに近寄ってから笑顔を見せて言った。
「アオイちゃんは笑ってた方が可愛いっ!」
「......ユサ...。」
シラはその言葉にうんうんと頷く。
「それに、せっかく一緒にいるんだからなにかあったらちゃんと言うんだよ!」
ユサはアオイのことを抱きしめた。アオイも表情を緩めながら腕をユサの背中に回した。
「ありがとう、ユサ。」
アオイは目を閉じてユサと抱き合う。二人の姿を見ていたシラは、どこか懐かしそうな顔をしいている。
「......本当に勿体ない妹だね。シバりん。」
彼女は相変わらず無表情のシバに、そう囁いた。
一方のテラはというと、ノラと一緒に地図を眺めていた。
「もう少しでネフティ手前の森に入るみたいですね!」
森とはまた厄介なところがあるようだ。
「森かぁ。確かエルフが沢山いたり、魔物も多くいるんだよな。」
そう、厄介者の巣窟なのが森。
「...あぁ、今森に入ったみたいですね。警戒していましょう!」
テラはノラの言葉に軽く頷いて窓に目をやった。
すでに日は少しずつ傾いてきている。
朝までに着けばいいのだが。
そんなことを考えていたテラであった。