第二十話 終わらない一日を
「ノラとシラは元気?」
そう彼女は聞いてきた。
「元気だよ。」
そう俺は答えた。
「コウモリさんがあなたのことを引き止めてくれたみたい。流石は祟様ね。」
それを聞いたコウモリは嬉しそうに笑う。
「まぁ、主様が死んでしまうと、あいがせっかくあの祟殺しから離れられた意味がなくなってしまうのでな。にしてもようよ、明日を主様にくれてやってくれないか?」
女はコウモリの頼みに笑顔で頷いた。とても可愛らしい。でも、知らない人。
「いいよ、でもその代わりにね、テラに頼み事があるのだけれどちょっといいかな?」
「ん...構わないけど。」
彼女はテラを手招きする。
それに呼ばれて耳をかすテラ。
その耳に優しく彼女の息がかかる。
「私のこと好きって言ってくれないかな」
知らない人。あくまで知らない人。
「言ってどうする。」
「言ってくれれば叶えてあげる。」
彼女は赤面して目線を逸らした。
「なんで言って欲しいんだ?」
少し返答に困ったような顔していたが、ゆっくりと足を出した。
彼女はさらにテラに近づく。唇がくっつきそうになってテラは離れようとしたが、動けなかった。
「ノラじゃなくて私を選んでくれないかな。」
「おい、なんの話だよ。」
彼女は悲しく顔で下を向いた。その顔は見ていて辛くなるほどのものだった。
「ううん。今の無し!!ごめんね。こういうのはダメだよね。シラにも他の子達にも怒られそう...。」
彼女はテラからゆっくりと離れた。そして、何かを振り切ったかのように笑顔で顔を上げた。
「じゃあ、テラ。あなたの欲しい物を言って。」
テラは息を吸う。
今欲しいもの。なくてはならないもの。求めなければならないもの。
「明日が欲しい。」
「......そう。望む君には明日を与えん。望まぬ者に来る明日などはない。...多分、君のお友達と君は変な人の夢の中に囚われてたんだね。その夢から覚ましてあげる。」
彼女と自分の周りに大量のライフが集まってくる。
「うぉお...」
「テラ、忘れないでね」
桃色に輝く髪がライフによっていっそう映える。その美しい光の光景に見とれないものなどいない。
彼女はテラの頬に両手を添えて額を合わせた。
「ずーっと、あなたの味方だよ」
そうしてテラは戻る。元の世界へ。
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「うわ、何何?このライフの量は!」
エウリュアレが目を丸くして言った。
テラはゆっくりと立ち上がる。
「.....もう、二度と繰り返さない。」
「は、なにその目は。テラ・ヴァルター。僕達と戦おうってのか?いい度胸だね。」
「お前らの仲間になる気はさらさらない。」
大剣を構え、テラは笑った。
「望まないやつに欲しいものは来ない。ごもっともだよ。...彷徨いの使徒とか言ったか?お前が名前の通りなら、可愛そうなかぎりだな。」
「舐めたこと言うね。ちょっとパナイくらい怒りそうなんだけど。」
そう言うとエウリュアレは手を振り下ろした。それと同時に周りいた厄払いたちがテラに向けて一斉に火の玉を投げつけた。
テラは大剣を握り直す。
火の玉が近づいてきて、それを切り落としていく。しかし、ほとんど流れ込んできた。
くらう、
「っ!!!!.........ん?」
と思って身構えていたら、何やら体の周りが碧色に光っていた。バリアの様なものがテラを囲んでいる。その光の元へと目を向ける。
「オヴゥアの、...護石。」
テラはふとエウリュアレの方を見た。すると彼女は恐ろしく悲壮な顔をしている。恨みのような恐怖のような。
「ぉ、お......オヴァ......何故ぇ。オヴゥア・オンラインんんんん!!!!!!!!なぜ貴様が邪魔をするんだぁあああ!!!!!!」
彼女はそう叫びながらテラに突進してきた。
それはものすごいスピードだった。
「彷徨い彼方に汝我を忘れん!!この世の皆よ灰となれぇええ!!!!」
エウリュアレは謎の黒い射爪のようなものを創り出し、それで攻撃してきた。早くて反撃ができない。
「テラぁああっ!!貴様ぁ!!!なんでだぁ!!!何故、貴様ばかり!なぜだァァああっ!!」
「知るかぁ!!!知ってたらこんなに困んねぇんだよぉおおおおおお!!!!!」
こいつの攻撃に追いつける何か。何かないか。双剣のような、小回りのきく...
そう思った瞬間大剣が光どした。ライフが大量に流れ込んでいく。しばらく大剣は光り続けていた。
そして、変形して双剣になってテラの手元に現れた。
「え、変形できんの?お前。」
それを見ていたエウリュアレがさらに顔をしかめる。
「な、なんでぇ......僕達が必死に、探してたものを...なんで君が持っているだ、」
「これ、なんか凄いのか?」
「君は知らないのか?それは変魔剣だぞ?どこにあったか知らないが、とりあえずそれを渡してもらおうじゃないか。」
エウリュアレがさらに近づいてくる。だが、それを変形した双剣で抑え込む。
「オヴゥアといい、ヴァルターといい、ラズミヘェベヒトといい、変魔剣といい。もう君は本当に罪深い人だ。消えろ。」
彼女の腕がいきなり肥大化した。それを振り下ろしてくる。流石にこれは...
「こらこら、エウリュアレ。いけない子だなぁ」
何かが二人の目の前を通り過ぎたと思ったら、謎の黒い影が一つエウリュアレを抱えて立っていた。
「ごめんねーうちの奴がうるさくしちゃって。ここからは手を引くからさ、ちょっと黙っててくれないかな君。」
「おいっ!!エキドナ!何するだ!!僕はこいつを殺さなくちゃなんないんだよぉ!!!」
バタバタの騒ぐエウリュアレをエキドナと呼ばれた男がたしなめる。
「もう怒らないでくれよ。ほらガーゴイルも何か言ってやって。」
さっきエウリュアレと共にいた奴だ。相変わらずの無表情。
「エウリュアレ。デッドターミナルがほかの場所になった。ここに要はない。それとアルヤツド様からの伝言だ。"テセウスから手を引け"だとさ。」
「っ!!くそ......。」
「てぇ、ことだよ。街の皆さん騒がせて悪かったね。終わり方はスッキリしないかもだけどさ、」
彼は少し息をついて言った。
「死ななくてよかったね。」
テラは動けなかった。体固まって、何もできなかった。
「厄払い諸君撤退だっっ!!!...あぁそれとテラ君だっけ?」
彼の目がまるで
「近いうちまた会おう。」
悪魔のようだった。
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厄払いが去ったあと、皆が緊張から解放されたためか、吐息をこぼした。テラはシリウスのもとへと走った。
「大丈夫か?シリウス。」
「あぁ、すまねぇテラ。...何もできなかった。」
申し訳なさそうに呟くシリウスは、ほんとうに疲れきった顔をしていた。
「いいよ。でもよかった。呪いが溶けたみたいだし、ほら見ろよ。もう次の日だぜ?」
テラはポケット時計をシリウスに見せる。
今はちょうど0時を回ったところだった。
「..みたいだな。」
二人は揃って笑った。
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その後のことを話させてもらおう。
厄払いである、彷徨いの使徒エウリュアレと忘却の使徒ガーゴイル、そして謎の男エキドナの三人の襲来は予想外だったためか、シリウスが役所の本部にソレイユ国全体に警戒情報を流して貰えるよう頼みに行った。
捕らえたヘルネス軍の運送のため、テラたちと離れていたユサとガルディはこの話を聞いたあと酷く落ち込んでいたが、とりあえずメンタルケアは済ませておいた。
そう、ヘルネス軍は一応"捕らえた"口実なのだが、シリウスによると"極秘に俺の国持ち帰ってエレクトル騎士団に入れやる"らしい。
クワイアさんは反対していたが、シリウスの粘り強い懇願についに折れてくれた。
その後はアオイの元へと向かった。テントの中に入るなりサラさんに先ほどことでさらに心配させてしまっていたようだった。
怪我はないか、疲れてないか、大丈夫か、などなど、ずっと言い続けてきたので、流石に疲れた顔を見せてしまった。そしたら、「やっぱり疲れてるのね!ほらここで寝なさい!」と膝をポンポンしていた。膝枕なのだろうか。一回やってみたいとは思ったが遠慮しておいた。
アオイのほうはまだ寝ているようで、喋ることはできなかった。
起きた時にはいつもの笑顔をみけてくれるのだろうか。
街もしばらくしたらだいぶ落ち着き、みんながそれぞれの家に帰って行った。また、観光できていた人たちの安否確認が行われていたが、全員生きていることが確認されたようだった。
さてさて、どうしたもんか、ここでまで色々終わって頭が回らなくなってきたテラはとりあえず、あの懐かしの我が家に戻るわけだなのだが。
「テラくぅぅぅーーーーーんん!!!!」
「おわあっ!!!」
ドアを開けるなりノラが抱きついてきた。
「なんで読んでくれなかったの!呼んでくれないないと助けに行けないじゃん!!!」
「あぁ、ごめん。忘れてた。」
そう言うと、彼女はほんとうに怒った顔でテラを睨んだ。頬を膨らませていかにも怒ってます感をだしている。
「ふん、もういいもん!今日は寝るまでノラと一緒だからね!」
「そ、それはダメですよノラさん!兄さんは疲れているんです!」
ユサが必死にノラを説得している。
彼女も疲れているはずなのだが...。
「そう言えばユサちゃん、いつまでそんな格好してるの?」
「っ!あっ、...もう!!」
ユサは武装したまま家に帰ってきていた。その姿はかっこよかったのだが、彼女はあまりお気に召していないようで、着替えに行ってしまった。それも、ノラを引きずって。
「酷いよぉーユサちゃん!テラ君助けてぇー!」
「いってら」
「もう!!」
しばらく二階に上がっていく二人を見送ったあと、テラはシラを見つけた。というかそこにいた。
「やぁテラ、おかえり。色々大変だったね。」
「おう。...そう言えばシラ、澄美恋のときはどうして出てきたんだ?」
彼女もまた謎の多い女の子である。
「右昇殿が悪いんだよ。あの人口が軽いからさ。」
花言葉は"小さな恋"
「誰の口が軽いって言ったのかな?ネオンハート。」
これは、また厄介な奴が来たようだった。
右昇 澄美恋。彼女が玄関に寄りかかってこちらを眺めていた。
「なんでここにくるんだ!右昇殿!」
「なにー、僕ここにきちゃ悪いの?」
「ダメ決まってるだろ!」
「ヤダなぁネオンハート。」
「その名前で呼ぶな!!」
二人の関係がどのようなものであるかはよくわからないが、きっとそれも昔の話なのだろう。話してはくれないと思う。
「とはいえテラ氏ぃ。うまくコウモリ遣えてるみたいだね。その調子で頑張ってねん」
「あぁ。澄美恋はこのあとどこ行くんだ?」
彼女はシラの頭をグリグリと撫でながながら応えた。
「とりあえず、ほかのメンバーと合流してチョッくら鬼退治してくるよ。かなり騒がしくなってきちゃったみたいだから。」
鬼退治。また、変なことをいう人だ。
「そうか。」
「うん。じゃあテラ氏ぃ、ネオンハート。またいつか会おうではないかぁ。」
「二度と来るなぁ!」
シラが叫ぶのをさらっと受けていく澄美恋。
「はいはい、また来るよ。」
「おう。」
「来るなよッッ!!!」
こうして、
右昇 澄美恋は月夜の中へと消えていった。
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眠い。
テラは疲れていた。久しぶりな感じだ。
自分のベッド。
一気に眠気が襲ってくる。それで少し怖くなってまた起きた。
「昨日に戻らないよな?」
テラはしっかり体があることを確認し、また寝転がる。
「大分寝ることが怖くなっちまったよ。」
とは言っても眠くなれば人は寝るものなのだが。普通に寝れることの喜びを感じずにはいられないテラであった。
そういえば、コウモリとあの女の人はどこへ行ってしまったのだろう。なんとなくまた会いたいような気持ちもないわけではない。
心中でコウモリに話しかけてみるが応答は全くない。
気まぐれなやつだ。
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誰しもときに明日に対して嫌気がさす時はある。だが、明日来ない世界よりはまだマシなのだ。
今を生きていること、これからを生きること。それは同じようで全く違うことである。
いつからか、進むこと忘れていたのかもしれない。
心の弱さに呪いは漬け込んでくる。
終わらない一日がようやく終わった一日になった。そしてまた、新しい日を迎える。
オワラナイイチニチヲオワラセルノハアタラシククルアシタダケ。