第十八話 バカ
私は親を知らない、そこら辺にいる
ただ女の子。
ただのアオイ。
それに、
誰がつけた名前なのかも分からない。
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ここには今三人しかいない。
そう、私とドロスエグフと、ヘルネスのリーダーであるルーズニルだけ。
他にはいない。
ルーズニルは先程上の階から戻ってきたて、今は天井に空いた穴から月を見上げている。
何やら上の階が騒がしくなっているような気もするがよく分からないのが正直なところだった。
ーーーーーーーヘルネス。
というが何なのか話しておいてもいいのかな
元々ヘルネスというのは、特異ライフ共有者の解放運動を目的として結成されたものだった。
特異ライフ共有者というものの説明もしておきたい。普通の人間であれば元々体にライフが巡っているが、そうではなく、外部から吸収しなければライフを扱うことの出来ない者達のことだ。それは不便ではないのだが、一々ライフを使うためにかなりの体力を使うから、かなり効率が悪く活動しにくい。そのため、他の種族からは最弱の種族とまで言われているわけなのだ。
話を戻すと、そのような人々を解放するために結成されたものがヘルネスなんだけれど、最近メンバーが増えたことによりそれぞれによって活動のズレが出来てしまった。その結果が半年前に起きた殺害事件。メンバーであるスナッチとバロンとその部下達が隣町の酒場を潰して、その中にいた全員を殺してしまったのだ。
それでヘルネスは追われるようになってしまった。
これはヘルネスの方針ではない。
何度もそう怒った。もう二度とこんなことが起きないようにするために。
だが、彼らは制裁を止めなかった。そのあとも何回か暴力事件や窃盗事件など起こした。そして何よりも許せなかったのが、二代目のヘルネスリーダーであるルーズニルがそれについて何も追求しなかったことだった。
こんなところにはいられない。そう考えた私は、ヘルネスを脱退した。
それをよく思わない者達はやはりいた。その中の誰かが役所に私の居所を告白し、私は捕まった。
ヘルネスの幹部として。
だが、捕まったその場に居合わせた一人の女性によって私は無様にも助けられてしまったのだ。
サラ・ホーリーグラビティ・カイサホーン。彼女がいた。彼女はその場で役人を説得し、この生きていてもしょうがないような小娘を引き取った。
これからは胸をはって名乗るのよ
私の妹として名乗るのよ
アオイ・ホーリーグラビティ・カイサホーン。
それが今日からのあなたの名前
自分には血筋を表すような後ろにくる名前は今までなかった。それを聞いたとき初めて違う種族の人に認めてもらえたような気がして、嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
それからしばらく二人で暮らしていた。話そうとするが、恥ずかしくてサラと積極的に喋ることが出来なかった。笑うのも苦手だった。というか笑うことを知らなかったのかもしれない。
そして、しばらくたったある日のこと、懐かしいひとが自分を訪ねてきた。
ドロスエグフ・ベルフェン。彼は初代ヘルネスリーダーがいたときからヘルネスを支えてきたエリートだった。彼は言った。
ヘルネスに戻ってきてくれ、と。
実のところ私はヘルネスのなかで数人しかいない魔法を扱える類の者だった。その数人の中でもかなり魔法が使えるほうだったため、幹部にまでなりあがったのだけれど。
かなり粘り強く頼み込まれ、断るにも断れずサラに黙ってヘルネスに戻ってしまった。
複雑な気持ちでヘルネス戻ってみるとみんなの様子が一変していた。
武装集団かなにかかと見間違えるほど武器が沢山あった。これはまずい事になったと思いドロスエグフに事情を聞いたところ、ヘルネスはほぼ完全に戦闘集団化してしまったらしかった。
これは止めなければならない。ヘルネスはこんな集団ではない。
毎日毎日ヘルネスのことだけを考えていた。どうすればいいのか悩む日々。だが、そんなとき転機がおとずれた。謎の集団、"厄払い"との交渉だった。元々厄払いに関する噂は聞いていたが、実際目の前にして見ると異様な感じだった。漆黒の名に相応しい、者達。
"シリウスという男と引き換えにお前らに住める場所と地位と権力を与えよう"
と彼らは言った。もちろんルーズニルの答えは了承だった。
それからというもの、シリウスという男の詮索が始まった。いつもサラの店の常連であるシリウスがその"シリウス"あることには気づいていた。だが、黙っていた。
自分にできる仕事はなく、ただ呆然と過ごしていた。
だが、やはり運命とは分からないもので。
ある日、サラが経営している店に常連がいつも通りにきた。そしていつもと違う人を見つける。
黒髪に黄色い目をした、175センチくらいの身長の男。
彼は妹を連れていた。自分と同じぐらいの年齢だろうか。普通に女の子が見ても可愛いと思うほど可愛かった。
問題はその兄の方である。いきなり話しかけてくるやいなや、何故か初対面の私にアクセサリーをプレゼントしてきたのだ。それはとても綺麗なアクセサリーで。
まるで自分の好みを知られていたかのようにしっくりときたアクセサリーだった。そしてなによりも気になったのは彼の態度だった。あたかも自分のことを元々知っていような態度だった。。気のせいだったかもしれないが、彼への興味が高まったのは確かだった。ライフが感じられない。話が面白い。優しい。リードが上手い。
そんな印象だろうか。あれは人生で初めての男の人との、デート?とやらだったのだろうか。
その後、彼を仲間に入れれば何かが変わると思って誘ったが、彼は乗ってはくれなかった。それが以外にショックだった。
彼のことを忘れようとした。
忘れようと
その後、彼のことが仲間にバレて"消せ"という命令が出されたが、自分にそれは出来ないことを知っていた。彼を、殺せるはずがなかった。だから、せめて自分の知らないところで知らない人の手によって死んでくれればいいと、そう、考えてしまった。今思えばとても幼稚で粗雑な考え方だったと思う。
だが、彼は死ななかった。それどころか帰ってきたヘルネスのメンバーが震えていた。
悪魔だ
怪物だ
そんなことをずっとブツブツ呟いていた。もっと謎なのは、その光景を見て嬉しくなる自分がいたことだった。何故なのだろう。彼がとてつもなく強いことを知ったとき、とても嬉しかった。
納得してしまったのかもしれない。彼という存在感の理由に。
そして決心した。
自分も強く生きようと。
シリウス・E・エレクトルの誘拐作戦へと出発していった、仲間を見送ったたあと、ドロスエグフと共にルーズニルのところへ向かった。そして、訴えた。
前のヘルネスの方針に戻すべきだ、と。
何回も何回も。しばらくして彼はシリウスが捕まえられたことを聞いて上の様子を確認しに行った。それでも諦めない。彼が戻ってきたらまた言ってやるのだ。
そして戻ってくるなり頼んだ。
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それが今の話。
「ルーズニル!!ヘルネスは元の方針に戻すべきだわ!!!」
「はぁ、君たちもしつこいものだね、アオイ、ドロスエグフ。」
なんでこの人は聞いてくれないのだろう。なんで分かってくれないのだろう。なんで...
「大体なんで君たちの言うことを聞かなきゃいけないんだよ。」
ルーズニルはアオイのことをニヤニヤしながら見つめている。その顔が気持ち悪く歪んでいるような気がして、アオイは顔を歪めた。
「あぁ、ごめんごめん。そんな顔しないでアオイ。君の笑顔が僕は一番好きだよ。」
相変わらず変なことを言ってくる人だ。自分が話しかけるといつもこんなことしか言わない。だが、いつもと違う言葉が発せられた。
小さな声で囁かれた言葉。
「でも、うるさい奴らはやはり最初から消すべきだったかな。」
「ぐ、ガはッ!!きざま何を......」
一瞬だった。
ルーズニルの小太刀だドロスエグフの首を掻き斬った。というか、それすらも分からないスピードで彼の頭がぼとりと地面に音を立てて落ちた。アオイは恐怖のあまり動けなくなる。
「さぁ、次は一番うるさかった君だアオイ。あぁ、でもすぐ殺したりはしないよ。ちょっと楽しんでからにするからね。」
これが魔法だと気づけるのは、アオイだけだろう。
滅気魔法。ルーズニルだけが使える状態異常魔法。これはかなり厄介な魔法だ。魔法だと分かっていても体が言うことを効かなくなる。
「ッ!!クッッッ!!」
ルーズニルがアオイの髪の毛の匂いを嗅ぐ。
ドロスエグフの血がついた小太刀を頬に宛てた。その血は生臭い。
「んん、やっぱり君は綺麗だねぇ。よし、変えよう。僕の傍にずっといてくれるって言うんなら見逃してあげてもいいよ?ねぇ、どうする?どうしたい?」
顎をいじった後、彼の手がアオイの体をなぞる。舌をだして耳のあたりを舐めまわしてくる。
嫌だ。気持ち悪い。
抵抗したいのだが、抵抗できない。完全に体がうごかなくなってしまっている。抵抗したら多分、殺される。
「はぁ、んん。いいねぇ。前から君のことが気になってたんだよぉ。君がヘルネスからいなくなったとき僕がどれほど寂しい思いをしたか知っているかい?もう辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて堪らなかったんだのよぉ???でもさ、今はこうやって近くにいるんだ。あぁ、アオイ。いい匂いだァ。はぁ。はぁ。」
「やめ、て......」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
「はぁ、我慢出来ないよぉおおっ。ああ、どうしようねぇ?ねぇ?ねぇ!!」
誰か、助けて。助けて。
もう嫌だこんな世界は嫌だ。
こんな自分は嫌だ。
こんな終わり方は嫌だ。
ねぇ誰か。ねぇ
「助けて......テレス。」
「気持ち悪ぃんだよてめぇええええ!!!!」
「ぐはぁっ!!??!!!!」
何が起きたのか。
ルーズニルが奥の方へ吹き飛んでいく。
最初はよく分からなかった。だか、はっきりと分かったのは。
「テ、テ...レス?」
「大丈夫かっ!アオイ!」
テレスだ。彼だった。来てくれた。
彼が自分のところに駆け寄ってくる。そして、膝をついて顔を覗き込んできた。
「おいっ、泣いてんなよ!相当酷いことされたんだな。許せねぇ。あのや、ろう......」
アオイはテラにしがみついた。そして泣いた。
「......怖かったぁ。うぅ...テレスぅ。ううう...。」
テラは彼女の頭を撫でた。優しく撫でた。そしてその分だけさきのリーダーへの憎しみが増していく。
「うわ、派手にやったなテラ。ん?っておい!!アオイちゃんじゃねぇか!!何でここに?」
シリウスがあたりまえの反応を見せる。いつも店にいる子がヘルネスの武装服をきて、しかも目の前で号泣しているのだからしかたない。
「シリウス、あとで事情は話す。とりあえずあいつだ。この狂った組織を潰すんだ。」
そう言ってテラはアオイをユサに任せて立ち上がり大剣を構える。シリウスも同様に双剣を構える。
「うっは、誰かなぁ?僕と、僕とアオイの大事な時間の邪魔をしたやつはぁ!!」
狂っている。完全に頭がおかしい。頭からの出血だけが原因ではないだろう。彼はフラフラしながら何から小さい刀のようなものを構えた。何なのだろうか。
次の瞬間
「ぐっぶっ?!」
シリウスが呻き声を上げた。その彼の方をみると、腹から血を流していた。
「シリウス様っ!!!」
クワイアが倒れたシリウス近づいて傷を癒し始める。だが、その傷は塞がらない。何故だ?
「テレスそれはリーダーが使ってる小太刀鬼毒よ!気をつけて!!」
アオイが叫んだ。
毒。それはかなり厄介である。シリウス大丈夫だろうか。彼の方をみるとなんでか知らないが彼はグーサインを送っていている。これは早急に戦いを終わらせなければならない。
「俺もやるぞテラ。」
ガルディが横にたって言った。
「すみません。ガルディさん。」
「いいんだいいんだ。俺はイフリートだから毒は効かねぇしな。」
彼はいつも通りにケラケラと笑って見せた。
彼の笑顔をみるとこちらも思わず笑顔になってしまう。
「何をいつまでペラペラペラペラ喋ってるんだァ!!!!」
また来た。今度はテラの方だった。ギリギリのところで大剣で受け止めるかま、かなり反動が大きい。その後ガルディ方へも仕掛けたようで彼もなんとか受けきった様だった。
「どうにかして捕まえてやらないと埒が明かないな。」
「ですね。」
とは言え、彼らヘルネスは動きが早すぎるため、簡単に捕まえるのは不可能だ。悩んでいるとガルディの方から提案があった。
「よし、俺がライフルでやつを誘導するから、どこか隙の出来たタイミングで引っ捕まえてやれっ」
ガルディは、よろよろと動くルーズニルから離れていった。彼が瓦礫の高台でライフルを構えたのを見てテラは動き出す。
「ハハッ...。なにそれ。突っ走って来て勝てると思うなよぉ...。はっ...ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
狂っている。もう彼の目は狂っている。何故だろうか。それほどまでに彼を狂わせるものがあったのか。
「......アオイか。」
彼は多分アオイが好きだったのだろう。証拠も理由もない。ただ、何となくそう思っただけ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!ああ!!君の血が見たい!アオイの血が見たい!!世界の血が見たい!!血は血でしか洗えないんだよ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
彼がさっきと同じように目にも止まらぬ速さで動き出す。テラは目を閉じてなんとなく感じる。
彼の体温。呼吸。
そしてガルディの玉が放たれた。それをかわしたルーズニルは、体制が少しだけ傾く。歩調がズレ、一瞬だけ姿が現れて...
「そこ。」
テラは腕を伸ばす。
「は?」
ルーズニルはテラの手によって首を絞められた。喉仏に当たった衝撃でしばらく嗚咽が止まらない様子だ。
「な、何故っ、わがっだ...。」
「なんとなく。」
「はっははっ......なんだよ、.....それぇ.......」
ルーズニルは気絶した。それを確認してテラは彼を床に下ろし、アオイの方へと振り返った。
彼女はまだ泣いていた。
「テレス...ごめんなさい。私......私っ...あなたのことを見殺しにしようとした...。許されないことをした...。」
テラは泣いている彼女に近づいていく。ユサがアオイの身体を抱きしめて、震えを止めてくれていた。
「いいんだよ、別に。アオイが生きててくれてよかった。」
さらに泣き出すアオイ。これはどうしたらいいものか。
「兄さん、私はシリウスさんを見てくるのでアオイさんを頼みます。」
「え、ちょユサ!!」
任されてしまった。ああ、泣いてる女の子ってどうしたらいいんだろう。テラは悩みながらも屈んで彼女の頭を撫でる。すると、アオイはテラに抱きついてきた。
「......。アオイ。」
二人は動かないでいた。ただ、黙って抱き合った。しばらくしてアオイが小さな声で呟いた。
「ありがとう。テレス。」
だが、テラにはその言葉は嘘になってしまう。これも正さなければならない。俺の名前は
「テラだ。テレスじゃない。テレスは俺の嘘だ。ごめんな。嘘ついてて。」
「.............バカ。」
アオイらそう言ってテラの胸に顔を埋めた。彼女の目は真っ赤だったが、頬はあの輝きを放っている。綺麗で美しい笑顔。
月が綺麗に見えているんだ
「ありがとう......テラ...」
「どういたしまして。アオイ。」
コレカラハジマルイチニチヲマダダレモシラナイ
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月明かりがいっそう強くなってきている。
「ルーズニルが高揚魔法にかかって蒸発したみたいだぞ。こりゃヤバいじゃない?パナイじゃない?ぬはっ」
月夜に棚引く漆黒の名を得し黒き者
「どれどれ、じゃあ厄を払いに行くとしようか。テセウスに逃げられる。」
さぁ
終わらない一日を
終わるべき一日を
終わらせなければならない一日を