第十一話 種族
ある女が歌っている。
「晴れの良き日に終わらない一日を。眠れよ眠れ、明日よ眠れ。望まぬ明日は君には与えぬ。あぁ、テセウス。あぁ、ペルセウス。あぁ、ヘラクレス。あなたたちに永遠の呪いを。終わらない一日の悪夢を。時間を超えた愛をあなたたちに。」
そこに少女が現れる。彼女は枕を抱いていた。
「お母さん。何やってるの?その歌はなぁに?」
とても透き通った声をした子。
「あら、起こしちゃったのね。」
女は彼女を抱き上げる。そして近くにあった椅子に座った。
「この歌は愛と復讐と欲望の歌よ。世界はこれらが無くちゃだぁれも生きていけないわ。哀れね。でも私は違う。」
風は恋をしているかのように彼女に寄り添い、彼女の美しい桃色の髪を揺らした。
「この世界を変えるわ。何もかも。」
「お母さん?」
少女は女の顔を覗き込む。
女は泣いていた。
「あなたも、いつか私を裏切るのね。......寂しいわ。」
「何を言ってるのお母さん。私はお母さんの味方だよ。ずっーとだよ。」
少女は笑った。
「ありがとう。エリス。」
ずっーと、あなたの味方だよ
朝来る。晴れたいい朝。テラは目を覚ました。身体を起こそうとするが何故だか上がらない。これが世に聞く金縛りというヤツなのか、と思って腹の方を見るとノラが抱きついたまま寝ていた。
「あれぇ、テラはノラと何をしたのかなぁユサりん。」
声のする方向を見るとそこにはシラとユサが立っていた。
「うあっ!!違う違うんだ!!誤解だっ!ノラに聞けば分かる!おいっノラ起きろ!」
「んん。あらっ!私としたことがテラさんと寝ちゃってました。」
ちがァーーーう!!!!!
あぁ......終わった。
「......兄さん。酷いっ!」
ユサが階段を降りて行く音が聞こえた。なんということだ。ユサに失望させてしまった。
「ノラ、覚えてろよぉ...。」
「あら、怖いわよテラ君っ」
ノラはベットを降りてシラの背中に縋るように隠れた。シラは特に何も言ってこないが呆れた顔をしている。
「どうせノラのことだから夜中にテラの部屋に入り込んだんでしょ。全く。私だからいいけど誤解をうむことは辞めなよノラ。」
「はぁい。ごめんなさい。」
ノラは部屋を出ていった。とりあえずシラが察しのいいやつで今は助かったと言える。
「すまねぇ。助かったよシラ。」
「いや、いいよ。でもユサりんの誤解を解くのは大変だよあれは。」
テラは頭を抱える。ユサはあぁ見えて鈍感のようなので、しっかりと話さなくては誤解が解けない。
「あとで話すわ。とりあえず着いたのか?ソレイユに。」
テラは布団から立ち上がりシラの前に立つ。彼女の少しだけ飛び跳ねた寝癖が可愛らしい。今日も綺麗だった。
「まだ着いてはいないよ。でもそろそろ着くみたいだね。何なら展望台に言って一緒に見るかい?」
「ん?ここ展望台あんのか?」
テラが家を調査した時は見つからなかった場所のようだ。
「あるよー。ハシゴを登った上さ。」
言われるがままテラはシラについていった。なんとハシゴは紐を引っ張ると降りてくるもののようだ。
「よし、行こう。」
「おう。」
少し長めのハシゴを登っていく。登り終えると眩しい光が視界に流れ込んできた。
「...うおぁ.........。」
朝の光を浴びて輝いている、大きな街が見える。あれがソレイユなのだろう。
「うん。やっぱり何度見てもいい場所だね。」
シラはいつになく、その金色に光る目を輝かせいる。とても嬉しそうでどこか切ない顔。
「そうだな。」
リビングに戻るとノラとユサが朝ごはんを作っていた。さっきのこともあって恐る恐るユサの方に目を向けると、笑顔を返してくれた。
「テラ君っ!」
「うおっなんだよ。」
ノラが朝ごはんをテーブルに並べるのを途中でやめ、テラに近づく。
「ユサちゃんの誤解、解いといてあげたから。心配しないでいいよっ」
彼女は悪戯に笑った。安心したのはもちろんだが、何かスッキリしない。
「ったく。」
テラはため息混じりに席についた。全くその名通り彼女たちは厄介者である。
みんなが席についたのを見て声を揃える。
「いただきます。」
朝食を取ったあと、ユサに地下に呼び出された。何か言われることは覚悟のうえだが、地下に呼ぶ必要は果たしてあったのか。
「ユサ、来たぞ。」
そう声をかけると、奥からユサの姿が見えた。彼女は何やら手を降っている。
「兄さん、こっち、来て。」
テラは言われるがままユサのところに近ずく。すると、彼女は何やら大きな石の塊を指さしていた。
「兄さん、これ持って。」
「お、おう。」
テラは恐る恐るその石に触れた。
「っ!?なんだっ!?」
その石はテラが触れた瞬間光を放った。しばらくその光のせいで視界が遮られる。
光が止むと、そこには大剣の様なものがあった。
「ラズトから兄さんへのプレゼントだって。大切に使ってね。」
「............。おう。」
彼女もまた、二人育てられただけある。
とりあえず有難く受け取った。しかし、大分重い...。
その時何かずっしりとり音が家の中に響いた。
「......。トランスフォートが着陸したみたいです。準備をお願いします。」
その後テラは部屋へ行き、荷物を持ってリビングへと降りた。ユサも準備を終えて待っていた。
「気をつけて二人とも。ここ出ると僕達はついて行けないからさぁ」
シラはユサの頭を撫でながらしんみりとした顔で言った。
「テラ君っ!気をつけてね!何かあったら呼ぶんだよ!」
「はいはい。わかったよ。」
テラは近づいてくるノラを拒む。全く懲りない女の子だ。
「では、行きましょう。兄さん。」
「うおっ?!」
ユサはゆっくりと扉を開けながら言う。
振り返るとシラとノラが笑顔で手を振っていた。
視界が明るくなり、テラは目を細める。
テラはユサに手を引かれ外へと飛び出した。
「うわぁ...」
そこは見たこともない世界だった。
中世というのだろうか。今まで見てきた世界とは全く違った。なんというか、時間が止まったような場所だった。
車ではなく、変な動物が荷台を引っ張っているし、何より誰もスマホをいじっていない。
「兄さん。口が空いてますよ。」
「......なんだここは。」
テラは周りをグルグルと見渡す。
人々の笑い声、話している声。子供がはしゃいで遊んでいる声。
こんな光景はあまり見たことがない。ゴッツォにあったら、こういうところはみんな黙って歩いて過ぎていくばかりの酷い雰囲気のある場所になるだろう。
エルフみたいな容姿の人や、虎のような顔をした人。一言では言い表せないようなピーポーが沢山いる。
「すげぇ...。色んなやつがいる...。こんな場所があったのかよ」
「よぉー兄ちゃん。見ねぇ顔だな。どーしたいきなり現れて。」
こちらもいきなり声をかけられてびっくりする次第。
目の前には二人の夫婦のような男女がいた。
「随分と楽しそうな顔してるわね僕。初めて来たなら案内してあげるわよ?」
「あぁ、いやぁ大丈夫です。すみません。」
テラは咄嗟に謝った。なんとも優しい方々だ。それにどちらもカッコイイし、美しい。
「そうかぁ。まぁ楽しんでいけや。」
二人とはそこで別れたが、全く。見たことのない目の色だった。
テラは今素直に感動している。今までゲームでしか見てこなかったような世界がそこにはあったのだ。
「ふふっ。兄さん驚いてますね。この世界には例外を除けば八種類の種族がいます。そして、それぞれ違う属性を持っているんです。」
そういえばこれはシラが説明を面倒くさがった部分にあたる。ユサが知っていたとは。
「種族に名前とかあんの?」
「はい。あの角を生やしている種族はイフリートです。確か炎を扱えるとか。あの少しエルフに似たような耳をしているのはシルフです。緑の目が特徴的で、風を扱えるそうです。......」
「ちょっと待ったぁ!立って話すの止めよう。どっか座って喋ろうぜ。」
テラはペラペラとしゃべり続けるユサを遮り、近くにあったカフェのようなところに連れ込んだ。
ユサによると種族は八つに分かれており、さっきも言っていたように二つの種類と、他に水を扱えるウンディーネや、氷を扱えるフェンリル。雷を扱うトール。土を扱うノーム。闇を扱えるシェイド。光を扱えるウィプス。なとなど。
他にも何種か例外があるようでこの他に数種族いる。
公に知られている種族は八つのようだ。
また、魔法は種族によってその属性が特化しているだけであり、ほかの魔法も鍛えれば使えなくもないらしい。
「なるほどねぇ。で、例外ってのは何なんだ?」
テラはコーヒーのようなコルフという飲み物を飲みながら言った。
「例外というのも八属性外のもののことを指します。数はよく分かりませんが、一つは鬼神族。彼らは他の種族の肉やライフを喰らって無尽蔵に増え続ける者達です。あまりいい話は聞きません。能力もはっきりとは分かってませんし何より普段は姿を見せないです。二つ目はジャルラ族。これついても私も分かりかねますが、音を操れるとか。」
「へぇ。いっぱいあるんだなぁ。他はもう分からないか?」
かなり難しい質問だったのか、ユサは少し難しそうな顔をして答えた。
「ライフ族というのがあります。素性は分かりませんが、この世では最強の種族と謳われていました。」
「いましたって、まさか...。」
「はい。"滅びた"と言われています。」
種族が滅びるケースもあるのかと驚いた。全くこの世界はどうなっているのか。
「それがきっかけで今世界は混乱しているんです。」
「混乱?」
ユサはゆっくりと頷きながらテラの目を見直した。その目はどこか、苦しそうな目でこっちも申し訳ない気持ちになる。
「この世界では常に族王がいなくてはならないんです。戦いを抑えるために。今までそれを請け負っていたライフ族がいなくなったせいで、どこの種族が王になるかわからない状態なんです。」
とりあえず今は世界が混乱の中にあるということなのだろう。族王選に立候補する種族が多いのだろうか。だとすると、世間はなぜこんなに穏やかなのだろう。
「みんな族王選に興味はないのかなぁ。みんな違う種族の人と仲良くしてるし。」
「ですね。あんまり興味がないのは仕方ない事だと思います。今までこんなこと無かったですし、実感がないと言ったところだと思います。」
「...なるほどねぇ。」
「兄さん。それさっきも言ってましたよ。」
ユサが笑いながら言った。本当に可愛らしい妹である。
せっかくこの街に来たのだから、いつものお礼に何かしてやりたい。
「ユサ、街見てこようぜ!」
テラはユサの腕を引き立ち上がる。一瞬びっくりしたようにユサは反応したが、笑顔を見せてくれた。
「......はい。」
ユサは顔を赤くして下に向けた。