第十話 要塞生活③
夜を日に継いで
俺は今お風呂に入っている。風呂場に響く女子の声は気にしないでほしい。もちろん一緒に入っているのではない。だが、言わせてほしい。
「......飯ぐらい黙って食えぇえええっ!!!」
先程テラは夜ご飯を作ったあと女子があがってくるまで風呂を待っていた。しばらくして彼女たちがあがってきたため、自分も風呂に入ったのだが......
キャキャキャ ウフフが風呂場まで聞こえてくるのである。
「ったく。」
風呂をあがり身体を拭いて洗面所を出ると、彼女たちはテラの分まで食べていた。
「......クソ野郎ぉぉおおおお!!!」
「わぁー怖いよぉテラあー」
シラが棒読みで反応した。ノラはお腹を抱えて寝転がっている。
「もう食べれないわよぉ。ユサちゃん、残り食べちゃって!」
「無理ですっ!こんな量は!」
ユサもお腹いっぱいそうな顔をしている。どうやらまだ余っているようなので、それを食べようではないか。
「いただきます。」
「 「召し上がれ」 」
シラとノラが声を揃えて言った。
色々言いたい。
「ところでソレイユって場所にはいつ着くんだ?」
テラはふと思ったことを口にした。ちゃんと考えていなかったのだ。
「明日の朝には着くと思われます。夜のうちに用意を済ませておいてくださいね。」
ユサが流れるような軽い口調で言った。
明日の朝に着くとは知らなかった。早速食べ終わったら用意をしなくてはならない。
「わかった。シラとノラは一緒に来るのか?」
テラの質問に二人はまた顔を見合わせて言った。
「うーん。僕達はここに残るよ。あぁーでもね、呼んでくれれば君のなかにいつでも飛んで行くよ。」
「そうそう!テラ君の視界は私達の視界だもの!」
二人の畳み掛けるような声に少し狼狽えながらも言葉を返す。
「なんかノラが言うと色々意味深で嫌だなぁ...。」
「何よ!それっ!!」
シラはテラの背中を叩いて高々と笑っていた。ノラは不満そうな顔をしている。
こうしていると、昨日のことがまるで嘘のようだ。この生活も悪くないように思える。
「.........もう、絶対に何も失わない。」
テラは小さな声で呟く。
その声はテラの中だけに響いて消えていった。
深夜、テラは支度を終えたあと、布団に寝転がっていた。
明日から行ったことも見たこともない地へ降り、知らない人、知らないもの、知らないことと出会うのだろう。それが自分にどのような利益があるのかは全くわからない。しかし、自分は今そこに行かなくてはならない。
知らないのは、もう、
「ごめんだ。」
今は目的がなくては狂ってしまいそうなのだ。何かに走らないといけない。そして、今ならそれができるような気がする。世界に飛び出して、何が待っていても向き合おう。自分にしかできない事だ。
「見てろよ神様。一般人が翼を生やすとどうなるのかを!」
「こらこら。年頃なのは分かるけど独り言はもっと静かにやりなさいよ。」
「っ!?ノラっ!?」
扉の方を見るとそこにはノラがいた。月の光に照らされていつもよりも更に美しく見える。
「何見とれてるのよぉー。もうっ」
「うおっ!」
ノラは近ずいてきたかと思うとテラの上に乗っかった。
本当に綺麗な...
「...ノラ。」
「......何よ。」
ノラはどこかいつも寂しそうだった。シラといる時は感じにくいのだが、一人でいるときはまるで
「何かあるなら言ってくれていいんだぞ。仮にも一緒に暮らして仲だしな。」
ノラはテラの身体にゆっくりと抱きついた。
「......テラ君は酷いね。どうしていつもそんなに優しい声を出すの?」
彼女は震えた声で言った。
「今までずっとあなたのことをあなたの中から見てきた。お友達といる時も、優しい声をしてた。いつかその声が私に向けられることをずっと待ってたのに...。こんなに苦しくなるのね。」
人とは儚い
「友達なんていねぇよ。ずっと一人だったよ...。あの"島"では」
テラは夜空を見ながら呟いた。
恐ろしいことを口にしているとは知らずに。
「.........可哀想に。テラ君...。」
ノラは泣いていた。
「ノラ、泣くなよ。」
顔を上げた彼女はとても美しかった。神様の芸術品のように。
「私はあなたを守る。だから私を......」
やめろ
「......助けて。」
そんな顔するなよ
「...わかった。とりあえず、今日は寝よう。」
テラはノラを身体から離そうとする。だが、彼女はそれを拒んだ。
ただ何も言わず泣いていた。
「ったく。」
もうこんな顔は見たくない。学校で襲ってきた女の子も、死ぬ間際にこんな顔をしていた。 黒いマントの男も泣いていた。
ラズトやラズミも。
何故みんなこんな顔をする。世界に裏切られて絶望し、ただ泣くか悟るか。
何がそうさせるのか。誰がそうさせるのか。厄払いか。それとも軍の奴らか。それとも全く違う何かか。
分からない。でも、それを見つ出さなくてはならない気がする。
まずは明日。"ソレイユ"はどんな場所なのだろうか。
何とも言えない香りがする。海の匂いだろうか。風が心地いい。
月は眩しいくらい輝いている。
テラはその夜眠れなかった。ノラやシラ、ユサやラズミ、ラズト。彼らの顔を一つ思い出す。みんなの笑ってる顔。
笑ってる顔
悲鳴。血の匂い。冷たい雪。蹴られた腹の痛み。自分の血。殺意の目。
泣いてる顔
笑い声。ご飯の匂い。暖かい太陽。撫でられた頭の感触。自分の汗。愛の目。
なぜ人はこんなにも。
テラはノラの頭を撫でる。可愛らしい寝息をたてている。
なぜこんな子が自分の前に現れたのか。何か理由があるはず。
テラはまるで遠足前日の小学生のようだった。
「こんな時寝られないのは、ワクワクしてるからさ」
だがやはり疲れて寝てしまうテラであった。
要塞生活は一旦幕を閉じる。
太陽の街"ソレイユ"の冒険がはじまろうとしている。
ーーーその言葉の続きをまだ誰も知らないーーー