第一話 普通の日
知らないということはときには平和をもたらし、
ときには恐怖をもたらす。
自分の知っていることが全てだなんて今も思ってない。
そう。
思ってない、はずだった。
時は無情にも僕らを蔑んだ。
いや、それすらもせず
僕らに目もくれずに歩いていった。
そんなことも知らずに
「こんな日々、退屈でしかねぇよ...」
学校裏の陽の当たる丘の上で、彼は憎たらしいほど晴れた空を見あげて今日もそう呟いた。
周りの人間は楽しそうに過ごしている。
高校に入ってからもう三ヶ月が過ぎようとしている。
「どうしたテラ!また、変な顔して。」
そう言って彼はテラの近くで胡座をかいて座った。
「そういうこと言わないの、アル。テラもそんな顔しないの。どうせまた、つまなぁい とか思ってたんでしょ?」
「...カヤナ。本当お前って怖いよなぁ」
見事に脳内思考を当てられたテラは彼女に気だるそうに呟いた。
「褒め言葉として受け取っとくわね。」
彼女そういってテラの隣に座った。
「俺は無視かよぉ...」
「わかったやめろ、アル。」
肩をバンバンと叩くアルをテラは窘める。
すると校舎から絶望のチャイムが鳴った。
「ヤベェ。授業始まるぞ!行くぞ、テラ、カヤナ!」
「ちょっと待ちなさいよアル。ほらテラも行こう?」
テラはまたため息をついて立ち上がった。
「明日の課題、終わらせっかな。」
「コラコラ、内職宣言しないの。」
彼女はそう言うとテラの腕を引っ張ってクラスへと走り出した。テラはそれに流されていった。
クラス。
先生がいて、みんな暑さと眠気に項垂れながら揺れている。テラは堂々と明日提出のワークをフィニッシュさせた。隣の奴は前のデカイ男に隠れながら寝ている。
「寝るくらいなら、これやる方が賢い。素晴らしいぞテラ君。」
そう呟いてテラはヘラヘラと窓に目を向ける。
しかし太陽がある。
「ぐっ。貴様は今日も俺をその暑さとフラッシュで俺のナイーブな肌を刺激しようというのか...!っ!痛い!」
「ブツブツ何言ってるのテラ。キモいわよ。」
「だからってシャーペンの先を刺す必要ないだろ。」
「じゃあ黙って内職して。」
「ほいほい」
カヤナはそう言うとテラの背中に隠れるように寝だした。
「救えねぇなぁ。」
「なんか言った?」
カヤナがテラを見上げて言う。
「なんでもねぇよ。寝てろ。」
「そう。」
彼女はまた伏せて今度は完全に眠る。
「にしても、暑いな...。太陽さんよぉ...。」
この世にはこんな奴らしかいない
学校が終わったあと、テラは独りで下校していた。
アルやカヤナは部活動をやっているが、テラは学校でも両手で数えきれるほどしかいない帰宅部の独りであるため、この状況は免れない。アルに部活を誘われたが入る気は湧かなかった。
楽をして生きる
それこそ彼のモットーである。
「今日はそのまま帰るか。」
テラは自転車を走らせた。
彼の家は学校で一位二位を争う位の遠い場所であった。
緩やかな坂を上がり、丘の上をずっと真っ直ぐ。
坂を下り橋を渡り、殺風景な田んぼ道をずっと真っ直ぐ。ここらで唯一の信号を右に曲がり、また真っ直ぐ。しばらするとバラの様な花が咲いた天然のトンネルがあり、そこを潜って抜けた所にある。
いつも通り自転車を降りて、花に水をやる。
その後家に入るのだ。
「ただいま。ラズミ」
「あら、おかえりー!随分と早いわね。」
「今日は一回も消費活動を行わなかったからな。」
「そう、まぁいいわ。ラズトもそろそろ帰ってくると思うし、先にお風呂入っちゃいなさい。」
「ラジやー」
ラズトが帰ってくるまでにまだ少し時間がある。
市街地で商売をしている三人家族の大黒柱であるラズトは今日も美味しい残り物の果物を持ってくるに違いない。といつも通り少しワクワクしながら風呂に浸かる。
三人とも血は繋がっていないが、大好きな家族である。いつか二人にもなにかできれば良いが...。とテラはぼんやりと考えに耽っていた。
元々自分は孤児院にいたらしいがラズトとラズミが引き取ってここまで育ててくれたのだ。何かしらの家族孝行はしたい。
「何もしてあげられないなんてな。」
テラは長く伸びきった髪をぐしゃぐしゃと洗った。
風呂をあがってしばらくするとラズトが帰ってきた。
彼は今日も残り物の果物を掲げて、
「たーだいまー!売れ残ってしまったぁ!」
といつもの調子で笑いながら言った。
「また残ったのかよラズトぉ。どんな客商売してるんだ?ったくぅ、今度俺も手伝おうか?」
「いやいや、俺だけで十分だ。それに、消費専門のお前に商売は向いてないぜ。」
親指を立てながらラズトはテラにウィンクを送る。
「ぐおっ...。それを言ってくれるな...。」
「二人共楽しそうなのはいいけどね、ラズト。しっかりやりなさいよ。」
「...ラジや。」
ラズミから投げられた眼光にラズトは項垂れた。
その間テラは林檎にかじりついていた。
「あ、そうだテラ。お金出すから、その無駄に伸びきった死んだ細胞を明日切ってきなさい。もう夏なんだからさっぱりしなよ。」
「サラッと俺の髪の毛を死んだ細胞っていうのやめて。」
「事実よっ」
彼女も親指を立てながらテラに言った。
「ったくぅ。.......。あ...。」
ラズミがお金を出そうとしたのを見てテラは言った。
「分かった。でもお金はいいよ。自分でそれくらい出せるし。お小遣い貰ってるのに悪いよ。」
テラは手払いながら拒否しようとするが、
「気にしなくていいのよ。それにそんなに多くお小遣いもあげられてないし。ね?」
とラズミがテラに優しく言った。
「テラ。有難く貰っておけ。お前の優しさも有難いが、ここは素直にいただきなさい。」
ラズトもそう言ってくれてしまった。こうなると貰わないのも悪いように思えてくる。
「...分かった。ありがとう。」
「いいのよ。こちらこそありがとう。テラ。」
顔が赤くなりそうだったのを必死にこらえた。
「別に赤面を隠す必要はないのだよ。テラ君。」
「...っやろう。ラズト。覚えとけよ...。」
テラは軽くラズトを睨んだ。
「おおう。怖い怖いっ!」
「じゃあ、ラズト。さっさと風呂入って寝なさい。」
「ほいほい、ラズミたん。」
そう言うとラズトはそそくさとラズミとテラの視線から逃げるように風呂場へ逃げていった。
「テラも早く寝なさいよ。」
「あぁ。うん。」
テラはベットに入って今日を思う。アルとカヤナと一緒に購買部でパンの争奪戦をしたことや、昼寝したこと。ラズトとラズミと過ごした夜を。
「意外といい一日だったかもなぁ。」
しばらくしてテラの意識は落ちていった。
また長い長い一日が終わる。