第五十二話 頭突き
俺達は背後から警備員に追われているという状況下にも関わらず、立ち止まる事を余儀なくされたのだ!
凄まじい勢いで炎が燃え盛り、灰色の煙が室内に朦々(もうもう)と立ち込み始めている。
思わず東子も進も……そしてもちろん俺も、恐ろしい風景を前に呆然とせざるをえない。
ふと。荒ぶる火炎によって燃やされている無数の白いファイル群が眼に飛び込む。
それらはまさに燃焼している真っ最中と思われた。恐らく、まだ出火してさほどの時間が経過していないだろう。
まあ俺は消防士でも火の専門家でも何でもないので、その認識が正しいのか確かめようもないが……。
くっそ……火なんてどこから。部屋には出火の原因になるモノなど無かったハズ。
……待て。いかにも怪しげなモノがあったじゃないか。
あれだ。場違いな具合に天井四隅から生えていた二本の筒状物体。
これは妄想だが。片方の筒からは……ガソリン? とにかく、火が燃え広がるきっかけとなる何かが。そしてもう片方からは『火炎放射器』のように火が放たれたのではないか?
実際、床の四隅だけ火の手が極端に弱まっている。それは、仮に筒状の物体から〝何か〟が放たれたのだとすると、ちょうど角度的に当たらない〝死角〟となる箇所だったのでは?
「どうする! 先に進めないぞっ!」
焦燥感がありありと滲み出た表情の進が、わずかに唇を震わせながら俺と東子を慌てて振り返る。
だが。そんな進の焦った声が逆に俺を冷静にさせ、意識を現実へと向けさせた。
「待て……足音がする……。もうすぐ来るぞっ!」
東子が階下を覗き込みながら、最悪な状況報告をしてくれる。
…………。
………………。
前方には際限なく熱波を放ち、爛々(らんらん)と輝く炎の壁が広がり……後方からはたくさんの『警備員』達が容赦なく迫って来る。
文字通り〝八方塞がり〟だ。どこにも逃げ道が存在しない。
ここに来て……逃げられない……のか?
「霧白君……君は行け……」
ふと。火炎の波を茫然と眺めていた俺へ東子が話しかけてくる。
「大丈夫だ。お前の力なら地上まで抜けれるはずだ」
その瞬間。
ふっと、俺の心の中に怒りが生まれた。
それは……東子に対してでもない、進に対してでもない。
自分自身に対してだ。
少し前――進が斬りつけられそうになった時。圧倒的な後悔の念で心が埋め尽くされていった。
にも関わらず。ほんの一瞬、諦めの気持ちが自分の中をよぎってしまった。
わずかでも、そんな諦めの気持ちを抱いてしまった……自分自身が許せない。
――諦めるなっ!
まだ、立ち止まるには早すぎるだろ俺!
俺は決意に満ちた瞳で燃え盛る室内を見回していく。見回す見回す見回す……。
炎、白い壁、白いファイル、白い棚、筒状の物体、上へ続く階段……とにかくとにかく、何らかの活路がないか必死に探していく。
‼
咄嗟に、電撃的な閃きが俺の脳髄を貫いていく。
……あるっ! あるあるあるっ‼
方法があるのだ――脱出の方法が。
………………ある……の、だが……。
相変わらず頭の悪い、力押しな方法と言わざるをえない。
「二人とも、俺の傍に寄ってくれ」
訝し気ながら、すぐに二人は集まってくれた。俺は持っていた東子の刀を進に手渡すと……そのまま、俺は二人を両脇に抱え込んで持ち上げる。
「いいかっ! ここからはどうしても苦しい時以外息を止めていてくれっ! なるべく、煙を吸い込まないように……」
「霧白、何をやるつもりだ?」
進の疑問は至極当然だが、今は説明する時間も惜しい。
「とにかく頼むっ!」
「……ああ、わかったよ」
進は大変聞き分けよく、引き下がってくれた。まあどっちにしろ、これから実施する俺の愚かな行動を目撃してくれればわかるはずだ。
この地点から上層に続く階段まで……直線距離だいたい八メートル程か……。
「深く息を吸って……行くぞっ! 3、2、1‼」
俺は自分の息も止めて、二人をけして離さないよう自分の体へさらに密着させると同時、炎の柱が幾本もうねる、高温度の室内へ突入した‼
左斜め方向に部屋の中へ踏み込んだ俺は、すぐさま垂直に――頭頂部が天井に触れるか振れないかの高さまにでその場でジャンプ。
また。跳躍と同時並行で体の向きを縦から横にずらしていき……まるで空中を泳ぐように完全な横向き状態を生み出す。
そしてタンッ! と壁面に両の足裏をつけると……そのまま膝を曲げつつ強烈に壁を踏みしめ――蹴りつけた!
物凄い勢いで、あっという間に向こう側の壁……それも左隅の火がついていない場所目がけ、床と平行になるような軌道のままに『ロケット』の如くすっ飛んでいく。
‼
反対側の壁がすぐ間近に迫った瞬間、即座の判断で俺は二人を庇うように強く抱きしめる。
そのまま首を軽く逸らすや……目前に迫った白亜の壁目がけ――思いっきり〝頭突き〟をかました‼
ゴンッという重鈍な破砕音を奏でながら、その一撃で突進の威力を相殺。壁へと全身、及び宇津白姉弟が激突するのを回避しながら地面へ着地していく。
酷い激痛だ……。まるで脳天から無数の星が出てくるような……。
「っ………」
俺は一瞬、よろけそうになる体を気力と根性だけで踏ん張んるや……すぐ傍にある、上層へ至る階段を直ちに駆け上っていく。
……ああ、わかってるよ。またやるんだろっ!




